第29話 その手の先に…

 

 

 …

 

 ……

 

 ………

 

 魔法実習場での時間から暫し遡り、再び職員室にて。

 私は先程と同じ椅子に座っています、でも状況は先程とは少し違う。


 私の胸に白い手が触れている、新雪の様な白い手。

 私の前に白い顔がある、白い肌の澄んだ女性の顔。

「………」

 女性の口からは小さな小さな息の音。

 整った顔立ち、腰程に伸ばした銀糸の髪、そして漆黒の給仕服。

 現実からは遠く離れた幻想的な姿。

 なにより薄く閉じられた瞼の間に見える金色の瞳……

 それがますます私を現実から遠ざけしまう。

 もし、知らぬ人が彼女を見たのなら

 精巧な人形と見間違えたとして、不思議ではないでしょう。

 

「…透明です……」

 

 落ちる羽の様な細い声が聞こえました。

 発したのは銀糸の髪の彼女。

 職員室のざわめきに溶け消えてしまいそうな程に小さな声。

 小さいけれど、私の耳はその声を捉える事が出来ました

 特別な音はざわめきの中にあっても聞こえる物だから。

 小さな特別なその声で我に返れば

 瞼の奥にあった金色の瞳が、じっと私を見つめていました。

 

 

 声の主である金色の瞳の彼女は『フェア』先生。

 セルティス先生と同じ一年生の指導担当で、私達のクラスの副担任。

 そして『夜族やぞく』……

 

夜族やぞく』とは闇の魔雫マナ満ちる、森の奥に都を構える一族の総称。

 あまり他種族との交流を持たない一族としても知られています。

 だからなのか、その名を聞いただけで『夜族やぞく』へ恐れを感じる者も多い。

 

 でも、フェア先生は別。

 その幻想的な姿と生徒達への愛情深さから、多くの生徒達に好かれています。

 私は髪色が似ていると言う事から、話す機会を得たのだけど。

 話す程にその人柄が良く分かり、この学園で尊敬する先生の一人となりました。

 でも、後々変わり者であると知って驚いた事もあったけど。

 今では良き思い出です。

 そんな頼れる先生だからこそ、私を身を任せる事が出来た。だけど……

 わからない、わかりません。

 魔法に関する時のフェア先生の言葉は難解です

 これも風変わりと言われる所以の一つ。

 

「あの…フェア先生、透明ってどう言う意味でしょうか?」

「綺麗な透明…まるで水晶の器の様……」

 問い掛けに、フェア先生は詩を紡ぐ様に呟くと

 私の胸に手を触れたまま、陶酔する様な瞳で溜息をしました。

 その姿に見惚れてしまいそうになるけれど

 やはりわかりません、だから私はぽかんっと呆けるしか無くて。

 なのに先生は私の胸に手を触れたまま、金色の瞳でじっと私を見るばかりで……

 見詰めるその瞳、フェア先生の瞳は特別。

 

 

 その金色の瞳は夜族やぞくの中でも特別魔力が高い者のみが持ち。

 魔力の流れや魔雫マナの濃さ、そして状態を視るが出来るらしいそうです。

 さらに先生はそれだけではなくて

 魔力の属性を色としても視る事が出来るそうです。

 例えば…炎なら赤、水なら青とそんな具合に。

 

 だけど、フェア先生が視た色は透明。どう言う意味なのでしょうか?

『無色』では無く、『透明』と言う所に意味があると思うのだけど。

 わかりません。

 疑問のまま、首を傾げる私の耳に別の溜息が聞こえました。

 

「もう、フェア先生は言葉が少なすぎますよ?」

 溜息したのはこの場に居るもう一人の先生。

 セルティス先生です。お馴染み狐耳と尻尾の先生。 

 今の私はセルティス先生とフェア先生、二人の先生を前にした状態。

 先程の状態からフェア先生が加わったのには理由があるけれど、それは後ほど。


 セルティス先生は、こゃんっと咳払いをすると説明を始めました。 

「つまりですね、透明と言うのはシルファさんの魔力にまだ属性が無いと言う事です

 そして、魔王アルカナロードとの契約前は透明と言うよりは…無色…?」

「無色?透明とは違うのですか?」

「違います!」

 私からの問い掛けに、セルティス先生は指と狐耳をぴっと立てると

 椅子から飛び降りて私の方へ寄りながら、説明を続けます。

 

「無色は『無』と言う色なのです、だから色は無いけれど色がある

 この矛盾した概念に関しては、魔法研究でも重要になる要素で

 無なのに有、そもそも無を認識出来る時点で『無』と言う意味があるのか……

 そこが問題なのです!です!」

 

 セルティス先生はずいっと私に顔を寄せながら、語り続けています。

 先生興奮していますね?先生顔が近いです、近すぎます!

 それになんだか話の内容が脱線していませんか?

 

 その横でフェア先生は、然りとでも言いたげにこくこく頷いていますし。

 フェア先生が楽しそうなのは良いけど、知っているのなら語ってほしかった。

 思いつつフェア先生を横目で見れば、ふっと金色の瞳と目が合いました。

 

「ん?…セルティス先生…シルファさん引いてる……」

「…あ?あらら、先生ったら興奮しすぎましたね?話を戻しますね?

 どこまでだったでしょう?そうそう!無色に対し透明は、器はあるけれどまだ空っぽの状態なのです」

「は、はぁ……」

 フェア先生の指摘でセルティス先生は我に返ったけれど、何かもやもやします。

 でも今は、その事に引っ掛かって居る時ではないです。

 先生の話の続きを聞く事にします、今はそちらの方が重要ですから。

 

「…そう…貴女の魔力は…透明な水晶の器…そこに色が入れば使える……」

「はい!そうです!そこで固有魔法の出番なのです!」

 フェア先生が続け、飛び出す様にセルティス先生が話を繋ぎました。

 さらにセルティス先生の話は続きます。

 

「空の器を満たすには、水やスープを注ぐ必要がありますよね?

 同じ様に、シルファさんの魔力に外から魔法を注ぐ事で…もしかしたら……」

「新しい魔法を使える?」

 私の希望の言葉に、セルティス先生とフェア先生が同時に頷きました。

 身体が震えるのを感じます、喜びで身体が震えると言うのを初めて経験しました

 つまり、固有魔法を使う事で魔法を得る事が出来るかもしれない。

 やりました!可能性が見えてきました。

 これこそ私が求めていた物。あ、目の前が涙で霞んできました。

 

「もう、シルファさん喜ぶのはまだ早いですよ?」

「は、はい…でも」

「焦る気持ちはわかりますが、固有魔法には様々な種類があります」

 セルティス先生は私の口に指を当てると、微笑んでから更なる説明を始めました。

 

 

 固有魔法には様々な種類がある。それは魔王アルカナロードの性質や気質を強く反映するから。

 魔法の力を補助する物、自身の能力を補助や強化する物。

 豪胆な魔王アルカナロードと契約したのなら、強力な攻撃魔法を得る事もある。

 通常覚える事の出来る魔法と似た物もあるけれど、効果や効果範囲が圧倒的に広く大きい。

 さらには契約者の成長に合わせ形態を変化させる物さえあるそうです。

 

 今回期待するのは固有魔法の中でも、魔法吸収系アブソーブマジック魔法複写系コピーマジック等の、魔法を見たり受ける事で我が物する魔法。

 まさに器に魔法を注ぐ力。

 

 なのだけど……

 

「…シルファさんの固有魔法がそれらであるかどうかはまだわかりません

 だから『可能性』であると言う事は忘れないでくださいね?」

 セルティス先生は諭す様に告げると、私の涙を淡い色の手帛で拭ってくれました。

 

 先生の言う通りです、可能性はまだ定まっていない未来。

 やってみるまで何がどうなるかはわからない。

 だとしても今の私には、縋るべき希望。そして先へと進む導。

 

 

「だったら……」

 いつの間にか俯いてしまっていた私の耳に、フェア先生の声が聞こえました。

 

 

「…魔法強奪系スティールマジックの可能性を試す……」

「え?あの…魔法強奪系スティールマジックって?」

 先生は言うが早いが、私の手を取ると自分の胸に押し当てさせました。先程とは逆の状況。

 掌を通し先生の鼓動が伝わってくる。トクントクンと穏やかで先生の言葉の様に静かなリズム。

 でも、ここから何をどうすれば良いのでしょう?強奪と言う事は、相手から魔法を奪ってしまう力なのでしょう。

 

「…私から『闇の霧ダークミスト』を奪ってみて……」

「えっと、奪う…ですか?」

「そう…奪う……」

 魔法強奪系スティールマジックが想像の通りなのはわかりました。でもやはり躊躇ってしまいます。

 そもそも他人から何かを奪うなんて事した事無いし。せいぜい、陣取り遊びで相手の陣地を奪ったくらい?あ、お菓子の取り合いもあったかも?

 思い出されるのはどれも子供の遊びや悪ふざけの範囲に留まっています。

 だから、相手から奪うのイメージが固まらない。

 とっかかりが掴めず悩む私の耳にフェア先生の助言が。

 

「闇色のふわふわを…ぐいっと掴んで…引っ張るイメージ」

「ぐいっ、ですか?」

「そう…ぐいっ……」

 言い方は気になるけれど、フェア先生の言いたい事はなんとなくわかります。

 この感覚が重要。

 

 魔力はイメージを得て形となります。掴むイメージならば『手』かな?

 その手で、フェア先生の魔法『闇の霧ダークミスト』を奪う。

 こう言うと、ますますいけない事をする様な気分になってきました。

 

 ちなみに『闇の霧ダークミスト』は光通さぬ漆黒の霧で相手の視界を閉ざし動きを封じる、闇系魔法の中では基本の技。セレーネお姉さまも使えます。

 先生なら上位の魔法を習得していそうですし、奪われても問題は無さそうだけど。

 でも、本当に本当に大丈夫なのでしょうか?

 

「もう一度言う…遠慮しなくてもいい……」

「ですよ?フェア先生がこう言ってるのですから、ぐいっと行きましょう!」

 先生二人がこう言われるのなら、やるしかないですよね?

 覚悟を決めます。

 ここで止まっている時間も、選ぶ余裕も今の私には無いから。

 

 私は先生達に頷くと目を閉じ意識の集中を始めました。

 緩く深く深呼吸を繰り返す。

 深呼吸を繰り返しながら、イメージを形にして行く。

 熟練した魔法の使い手ならば

 一呼吸の間にイメージを固める事が出来るらしいけれど。私にはまだ無理。

 だから今は、確実にイメージを形にする。

 私の中の魔力の塊。

 こねて、丸めて、手で潰す、そこから五本の指を伸ばし手の形にする。

 人差し指、中指、薬指、小指。掌から横へ伸ばし親指。

 出来ました!魔力の手のイメージ。

 

 この手でフェア先生の中の『闇色のふわふわ?』を掴む。

 さらに意識を深く集中すると、今度は『手』を奥へ奥へと進ませるイメージを形にして行く。

 やがて、私の意識が『手』が何か触れました、暖かく柔らかな何か。

 解りますこれがフェア先生の魔力。この更に奥。

 多分これです!

 私はぐいっと勢い良く『ソレ』を掴み取りました!

 

 瞬間、ビリッと何かが破け裂ける音。

「…残念……」続くフェア先生の声。

 

 目を開けたくない、でも開かないと。

 嫌な予感と共に目を開けば、あったのは白い胸元を晒すフェア先生の姿。

 私が掴んだと思ったのは先生の給仕服の胸元。

 それを強く引っ張ったのなら破けてしまうのは当然の事。

 手を広げればそこにあるのは服の切れ端。

 

「駄目でした……」

 言わずとも駄目なのはわかっている、それでも口からは虚しい言葉出てしまう。

 私自身への虚しさ、そして協力してくれた先生達への申し訳なさ。

 もう本当に揚げパンになってしまいたい

 ネガティブな気持ちばかりがどんどん膨れ上がっていきます。

 なのにやって来たのは……

 

「シルファさん!先生さっきも言いましたよね?気を落すのこそ駄目です!」

「セルティス先生の言う通り…一つを試しただけ……」

 先生達の温かい言葉。

 左右から顔がずいっと近付き、私の肩をがくがくと揺らします。

 ああ、こんなにも親身になってくれるなんて、この学園に来て良かった。

 いけない、また目から涙が溢れてきました。

 

「ん…泣けるうちはがんばれる…それにわかった事もある……」

「わかった事?」

 フェア先生は給仕服の袖で私の涙を拭うと、こくりと頷いて言葉を続けます。

 

「…貴女の魔力は優しい…その魔力はきっと貴女を救う……」

「優しい…ですか?」

 フェア先生はこくりと頷くが、それ以上は語らなかった。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

 再び魔法実習場にて。

 私は空を舞っていました。

 

 右から左へと景色が流れて行く。

 木々の向こうの校舎が見え、塀向こうの町並みが見え。

 再び校舎が見え、また町並みが。

 つむじ風に押し上げられ、クルクルと回転しながら

 私は高く高くへと舞い上がって行く。

 踊りの様な優雅さは無く、ただ回転に身を任せクルクルと。

 

 ほんの一瞬だけ見えた地上では、コロネそしてルキアとクロワが私を見上げていました。

 三人にも何かを言っている様だけど。

 ごうごうと言う風の音で良く聞こえません。

 でもその表情で、私を心配してくれている事は良くわかります。

 特にコロネは謝罪の混じった、った表情をしている様です。

 コロネは悪くありませんから、これは私が頼んだ事。

 軽い気持ちで『突然のつむじ風ワールウインド』を頼んだ私の方にも責任が。

 でも、加減はしてほしかったかな?

 

 景色の流れる速度が遅くなってきました

 旋風を保持していた魔雫マナが減り、形を保てなくなったのでしょう。

 形を保てなくなれば私を押し上げていた力はやがて消える。

 そうなると私はきっと……

 

 想像したくもありません。

 

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る