3.吐息の魔法

第27話 ファンブル

 

 

「「「ふぁぁぁ……」」」

 

 私の欠伸に別の欠伸が重なり、さらに別の欠伸が重なる欠伸の輪唱。

 それが終わると、また別の所で欠伸の輪唱が始まりました。

 今朝の教室はゆるやかな空気がゆるゆると流れ巡り。

 教室内のどこかで、誰かしらが欠伸をしています。

 

 皆がこうなっている理由は一緒、昨晩の儀式です。

 儀式の影響で身体が火照り寝付けなかったり、精神消耗による疲労が残ったり。

 症状は皆それぞれに様々だけど、気だるさが残るのは皆一緒。

 体力や耐久力に優れる、鬼人オーガ丑人タウラスの血を引く子達も今朝はぐったりと机に突っ伏しています。

 

「むにぃ……」

 脱力しそうな声を上げたのはコロネ。振り返れば伸びた猫の様になっていました。

 いつもなら、前に伸ばした指が私の髪を弄ろうと動いているのだけど。

 今朝は動くのも面倒と言う空気を、もやもやと周囲に振り撒いています。

 この状態は寮の食堂からなので、今更私に何か出来ると言う事はありませんが。

 むしろ私の方が体力を分けて欲しい。あ、また欠伸の気配が。

 

「ふぁ……」

「シルファも眠そうだねぇ~」

 欠伸する私に声をかけて来たのはクロワ。

 ルキアのルームメイトで相方、そしてコロネと故郷を同じにする森妖精の少女。

 

「…このまま寝たい。ふぅ、クロワは元気ね……」

「うん、なんか朝から妙に調子良くて~」

 普段は半分寝ている彼女が今朝は妙に元気です。半眼が標準になっている瞼も今朝はぱっちりと開いているし。

 彼女の隣で、皆と同じ様にぐったりとしているルキアと入れ替わったのでは?なんて思えてしまう。

 で、その相方のルキアはと言うと。

 

「委員長の仕事をしないと…しないと…セルティス先生から連絡が…でも……」

 クロワの隣で机に突っ伏したまま、何やらぶつぶつと呟いています。

 彼女の気質的に、自分の状態を許せない様ですね。

 

 でもルキアは普段頑張り過ぎな所があるし、多少怠惰な姿を見せたとして。誰も咎める者は居ないはず。

 むしろ多少こんな姿を見せてくれた方が親しみやすいし、なにより可愛いくもあります。

 私がにこにこ考えていると、ルキアの頭がもぞりと起き上がりました。

 

「…シルファ、温かい視線は嬉しいのだけど…でも皆に連絡しないと……」

 やはり眠いのか、何度も落ちそうになる瞼がピクピクと痙攣しています。

 本当に彼女は委員長気質すぎます、こんな姿を見せられたら放っておけません。

「じゃあ私が……」

 同じクラスの仲間として友人として、委員長を手伝うのは当然の事。

 ルキアには色々と助けられる事も多いし、こう言う時くらい。

 そこへ不意に立ち上がる姿。

 

「大丈夫だよシルファ、ルキアから連絡の事はは聞いてるから~」

 クロワです。クロワがすっくと立ち上がりました。

 不敵な面構えで腕組までして、なんだか彼女がかっこ良く見えます。

 こんな威風堂々とした佇まいも出来たのですね。思わず見惚れてしまいました。

「むふふ、私に惚れるなよ~?…アイタ」

 あ、ルキアに頭をぽこりとされましたよ?やはりクロワはクロワでした。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

「ぬおぉー」

 背中合わせとなったコロネが、身を大きく反らしながら唸り声を上げた。

 背に体重を感じる姿勢で止めると数秒停止、そして姿勢を戻す。

「んー……」

 今度は私がコロネに体重を預けながら身を反らし、そのまま停止。

 空が蒼い。飾る様に散る雲がふわふわと蒼い空を流れていく。

 数秒のお楽しみの後、コロネが姿勢を戻すと反っていた背は真っ直ぐに。

 そしてまた私がコロネを反らす番に。

 

「ぬおおぉー」

 私が前方向へ身を逸らすと、背中のコロネが再び唸り声を上げ始めましたよ?

 背中合わせになった私からは見えないけど、きっと良い顔をしているのでしょう。

 それにさっきよりも長い。

「…少しうるさい……」

「だぁって、この方が気合いが入るし」

 声を上げると気合いが入るのはわかります。でも私が恥ずかしいのです。

 さっきから視線も感じるし、誰かに見られています。

 

「シルファ上げるよー」

「あ、うん…んー…」

 これは唸り声ではありませんよ?視線は気になるけれど、今はこっちに集中。

 コロネに体重を預け身を反らせば、また視界一杯に蒼空が。

 左右をちらりと見れば、私達と同じに背中合わせするクラスメイト達の姿。

 

 本当に今日は良い天気です、外に出て何かするには最高の日和。

 まだ春の残る風は、『短衣装束』から晒した肌をそっと撫で。

 呼吸する度に、澱んだ空気を空の彼方へ運び去ってくれる。

 

 もしあのまま教室に居たら、転寝をしていたかも?

 ううん、確実に間違いなく寝ていたと思う。

 それでセルティス先生に恥ずかしいお仕置きを。

 そうなっていたのは私だけで無いはず。だって教室は欠伸の合唱状態だったし。

 本当に一時間目の授業が座学から屋外実習になって本当に良かった……

 

 

 いつもの時間割り通りならば今の時間は座学。でも、新しい知識を学ぶ前にやる事があります。

 それは私達が得た物の確認。魔王アルカナロードとの契約によって、私達がどんな魔法とどんな力を得たかの確認。

 実際、私の中に新しい『何か』があるのはわかります。でも、それをどう使えば良いのかはさっぱりで。

 ならば使い方を学ぶしかない訳で、だけど始めて使う力には暴発の可能性が。

 そんな訳で私達は、校庭の片隅にある魔法実習場に来ているのです。

 

 

「んー…うん?」

 コロネの背に身を預けること五度目、また視線を感じた。

 ここまでにいくつか視線は感じたけれど、その中でも特に強い視線が一つ。

 その視線の主は多分右の方。誰だろう?流石に気になります。

 気になるならば確認するしかない。

 相手に感づかれない様、目を細めためたまま瞳を右の方へと。

 すると……

 

 ライラです!私に視線を向けていたのはライラ。

 私と同じ姿勢のライラがこちらを見ています。

 なんとなくそんな気はしていました、昨晩の件もありますし。

 でも、私を見ているのは確かなのだけど、視線の向きが若干ずれている様な?

 見ているのは私の顔でなくて……、あ?気付いたみたいです

 

「!!」

 ライラは一瞬だけど口を開きかけて、そのまま顔を背けてしまいました。

 流石に気付かれるのは当然の事なのだけど、複雑な気分。

「…シルファなにかあった?」

 コロネからの問い掛け。私が何もと返答をするとそれ以上は聞く事はせず。私の背を戻しました。

 彼女のこう言う所がなんだかありがたく、コロネと友人で良かったと思ったり。

 今度は私の番とコロネの背を逸らそうとすると、ぴこぴこと愛らしい足音が。

 

「はーい、皆さん身体は十分に解れましたかー?」

 

 セルティス先生です。私達のクラスを受け持つ担任の先生、可愛い尻尾の先生。

 その可愛さが今日はさらに五割増しになっていますよ?

 普段のだぼだぼのローブ姿も可愛いけれど、今日の先生は私達と同じ『短衣装束』

 もし生徒達の中に混ざったら、先生とわからないかも?多分わからない。

 

「んふふ、先生は今日もかわいいねー」

「うん、そうだね」

 先生の元へと集まりながら、コロネと短く言葉を交わす。

 コロネがにやにやとしているけれど、気持ちはわかります。

 可愛い物は可愛い、先生の可愛さはクラス皆の共通認識なのです。

 だから先生がやってくれば、指示を出さずとも皆先生の元へと集まって行きます。

 

 生徒達が揃っているのを確認すると、先生は後を付いて来ていた自走式魔導踏み台へ上がりこゃんと咳払い。

 そして、背伸びをすると狐耳をぴこぴこと揺らしました。

 先生の耳が揺れるのは楽しい時、機嫌の良い時。

 だから、続く声も楽しげに弾んでいます

 

「うんうん、皆さん元気な顔に戻りましたね。

 それでは早速、皆さんが得た力を試してみましょうか?」

『得た力』とは勿論『魔王アルカナロード』との契約で得た力の事。

 いよいよ試す時が来たのです。

 

「ではでは、誰から行きますか?」

 そう告げて微笑むと、先生は集まった生徒をぐるりと見渡しました。

 

 こんな時、皆のやる気を優先するのがセルティス先生流。

 その一方で引っ込み思案な子には考える余裕をくれるのも先生のやり方。

 私はどちらかと言うと後者。積極的になった方が良いとはわかっているのだけど。

 あ、早速、何人かの生徒の手が上がりました。

 当然の様にルキアの手も上がっています。流石は委員長。

 

「おお?これは…ルキアさんとライラさんがほぼ同時かな?」

 先生はルキアとライラを交互に数度見た後

「でも…ライラさんが少ーし早かったかもしれませんね」と、告げました。

 

 どうやら一番手はライラの様ですね、ルキアよりも素早く立候補するって、何気に凄い気がします。

 あ、ライラが一瞬こちらを見た様な?

 なんだか熱のある視線で、えっと、どう言う意味ですか?

 心の中で聞いても彼女へ届くはずも無く、ライラは強く返事をすると、凛と背筋を伸ばし『魔法実習場』の中央へ。

 

 

 ライラが立つのを合図に、実習場の周囲を覆う様に縁から無数の光線が。

 光線は互い違いに交差しながら網となり。

 網が完成すると。今度は網目が光で埋め尽くされ

 完全に埋め尽くされると、淡く輝く光の半球ドームが完成しました。

 

『魔法障壁』です。見学者を魔法の暴発から守るための『防御壁』。

 これにより周囲への被害を気にする事なく魔法の練習をする事が出来ます。

 念のため補足すると

 もし、実習者に何かあった場合は先生が即座に助けの手を差し伸べます。

 

 

 不意に静かになり全ての声が消えた。皆がライラに注目したからです。

 ライラがどんな魔法を使うのか、『魔王アルカナロード』との契約によってどんな事が起こるのか。

 これからライラがする事は自分達がする事で、これから彼女に起こる事は自分達に起こる事。

 

「ライラさん、では始めてください」

「は、はい…何をすればよろしいのかしら?」

 一番手に名乗り上げたライラだけど、流石に初めてな事すぎたのか。

 何をどうすれば良いのかわからず、先生の方へ戸惑いの表情を向けています。

 すると先生は踏み台の上でぴょんぴょんと跳ねながら。

 

「イメージですよ!貴女の中にあるイメージを形にするのですー

 それが貴女の中の魔王アルカナロードの力を引き出してくれるはずですー」

 

 先生の言う様に、魔法においてイメージは大事。

 魔法はイメージを形にし行使する力だから。

 熟練した魔法の使い手は、複雑なイメージも一瞬で形に出来るらしいです。

 

 ライラは先生の言葉に頷くと、すっと目を閉じました。

 意識の集中。心を静かにし、心のイメージを形にするための準備。

 外部からの感覚を経ち、内にある魔力に接触アクセスする。

 魔力を粘土の様に捏ねながら、形にする。

 

「すぅ…はぁ……」

 ライラの深呼吸だけが聞こえる。

 吹いていた風さえ、邪魔をしてはいけないと立ち止まってしまった様です。

 あれ?風は無い、なのに何かが揺らめきました。

 

 ふわふわと揺らめき漂う何か。最初は目を漂うゴミなのかと思ったけれど。

 やがてそれは、小さく輝く事で姿をはっきりさせました。

 炎の粒子。ライラを周回する様に、幾つもの揺らめく粒子が浮かび踊っています。

 粒子が舞い始めた事で、彼女の集中は次の段階に移る様です。。

 

「すぅ…はぁ……、…!」

 呼吸を繰り返すライラの両手が上がり、閉じていた目が薄く開いた。

 陶酔する様な表情。

 上げた腕を胸の前で交差すると片足を軸に屈み

 今度は両手を広げながら立ち上がる。

 それは舞い踊っている様にも見え、その表情は少女とは違う色香さえあって。

 場にいる全ての生徒達がライラの姿に見惚れてしまっていました。

 だって、今の彼女は本当に綺麗で艶やかで……

 なんだか目を離すのが勿体ない。あ?

 今一瞬。また、ライラと目が合いました。と、その次の瞬間。

 

「…炎の艶舞!フレイムダンス

 ライラが大きく回転し手を突き出すと同時、炎の粒子が放たれました。

 突き出した手の先にあるのは魔法練習用の丸太の標的。

 炎の粒子は捩れ絡み合いながら突き進み。

 絡み合う程に輝きを増し、輝きが頂点へと達した瞬間。

 命中。

 標的は閃光と爆音の中へと消え去りました。

 

 その光景に私達はもう驚くしかなくて、でも一番驚いているのはライラ自身。

 彼女は手を突き出した姿勢のまま固まってしまって

 口だけが、魚の様にぱくぱくと動いています

「…こ、これが…私の力ですの…?」

 小さく呟く声が聞こえたけれど、まだ驚きから冷めぬ様です。

 同じ状況だったら私だってそうなります。

 

「ライラさんお見事です♪一番手として、皆さんの良いお手本になりましたね♪」

 驚くライラと私達とは呼び覚ましたのはセルティス先生の声。

 ライラの元まで行くと、踏み台からさらに背伸びをし彼女の頭を撫でました。

 

「『炎の艶舞フレイムダンス』は炎で身を守りつつ、攻撃へと転じる魔法です。 極めると自分の身だけでなく、仲間を守る事も出来ますよ♪」

「仲間を…は、はい!精進しますわ!」

 撫でられ褒められ顔を赤くしてしまうライラだけど、先生からの言葉を受ければ凛とした表情と共に大きく頷きました。

 

 

「一番手は取られてしまったけれど、その分良い所を魅せないとね?」

 次はルキアの番。ライラに一番手を取られたのがよほど悔しかったみたいで、右腕をぐるぐると回し気合いを入れています。

 普段冷静なルキアには珍しい姿。

 相方のクロワも彼女の後ろ微笑まな笑顔を浮かべているし。仲いいなぁ。

 

「じゃあ、行ってくるわね?」

 先生の操る魔法人形が実習場の清掃整備を終えると

 ルキアは先程ライラが立っていた場所へと向かいました。

 

 ………

 

 ……

 

 …

 

「行きます、巨人の剛腕ジャイアントアーム!」

 巨駆の少女が叫び、腕を振り下ろすと同時。

 大気と大地を揺らし、土塊の拳が地面に大穴を穿ちました。

 突き立つ拳は私達の背よりも大きく、まさに巨人の剛腕。

 剛腕を顕現させたのはフォルテ。

 鬼人オーガの血を引く、クラスで一番背の高い赤毛の少女。

「…す、凄い事になってしまいました……」

 こんな豪快な魔法を使った少女の口から出たのは、愛らしくも乙女な驚きの言葉。

 乙女とはかくありたい、なんて思わせてくれるのが彼女です。

 

 

 ライラの「炎の艶舞フレイムダンス」、ルキアの「氷結の竜牙アイシクルトゥース」とクラスメイト達が魔法や固有魔法の発動を成功させて。

 フォルテの「巨人の剛腕ジャイアントアーム」で十五人目の成功者。

 クラスの人数は三十人だから、丁度半分です。

 フォルテの次は彼女より少し遅れた手を挙げた生徒。

 

「じゃあ…行ってくるね…?」

 私です。つまり私の番。

 胸の鼓動が少し速いけれど、このくらいの緊張は何かするのには必要。

 それに多少は勢いを出さないと。

「シルファがんばれー」

「うん」

 コロネ達の応援を背に受けながら、私も実習場の中央へ。

 

 あれ?ここに来て、緊張が加速度的に高まって行くのを感じます。

 落ち着かないと、焦る必要はないのだから。

 しかし、実習場の中央に立っても緊張は落ち着かず。

 先程まで外側から見ていた防御障壁の展開形成、それが進むほど私の鼓動もどんどん早くなって行きます。

 なんだか、このまま爆発してしまいそう。

 魔法の暴走?それだけは無しにしたいところですが、緊張は強くなる一方で。

 

「シルファさん?リラックスですよー?ゆっくりと深呼吸からです」

「は、はい……」

 セルティス先生のアドバイスに従い、深い呼吸を繰り返す。

 吸って吐いて、吸って吐いて。

 基本は『契約の儀式』の時と同じ、落ち着いてやれば大丈夫。

 呼吸を繰り返しながら、内にある魔力に接触(アクセス)しイメージを形に。

 魔王アルカナロードとの契約で得た新しい力を形に。

 新しい力のイメージを形に……

 形に…?

 

 もやもやしとした何かが浮かぶばかりで、形になりません。

 そこに何かがあるのだけど掴む事が出来ません。

 

「あれ?…なん…で…?」

 

 魔法の代わりに出たのは空虚な言葉。

 浮かびません、イメージが形になりません。

 イメージが浮かばない、それは新しい力を使えないと言う事。

 魔王アルカナロードと契約すれば使えるはずの魔法が使えないと言う事。。

 新たな魔法のイメージが浮かんできません。

 

 私の背後で皆がざわついている、ここまで成功者ばかりだったのに当然の事です。

 もう一度。もう一度集中してみるのだけど何も浮かびません。

 

 私ことシルファは

 ルミナス魔法学園に入学して、最大のピンチを迎えているみたいです。

 私はこれからどうなってしまうのでしょうか?

 

 

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