2.マオウ様がみてる

第14話 教えてセルティス先生

 

 

 灯りが消えて、室内が闇と静寂に包まれた。

 暫し闇の時間が続き

 時折聞こえる小さな息と衣擦れの音が室内に人の気配を感じさせる。

 

 不意に光が降りた、丸く照らし出す光。

 光が照らすのは小さな人形。

 シルクハットを被ったボタンの目を持つ少女の人形。

 少女の人形は会釈すると物語を始める。

 それはいにしえを今へと伝える物語。

 

 

 むかーしむかし、世界には沢山の怪物がいました

 

 鋭い牙と爪を持ち火や毒を吐く恐ろしい怪物です

 怪物はヒトの家を壊し、ヒトの作った畑を荒らし

 時にヒトを襲う事さえありました

 

 ヒトは剣と盾を作り怪物を退治しようとしました

 でも怪物の硬い皮にヒトの作った剣は折れてしまいました

 でも怪物の熱い炎にヒトの作った盾は燃えてしまいました

 困り果てたヒトは天に祈る事にしました

 

 ヒトを代表して

 男の王と女の王が山に登りました

 空に一番近い山へと登りました

 

 空に近き場所で二人は祈ります

 

 男の王は「戦うための力が欲しい!」

 女の王は「生きるための力が欲しい!」

 

 二人の祈りに応え空から光が降り注ぎました

 魔雫マナの光です

 その光はヒトに力を与えました

 

 力とは「魔法」です

 ヒトはこうして魔法の力を得て怪物を倒したのです

 

 めでたしめでたし

 

 

 ボタン目の人形が頭を垂れ、照らしていた光が消える。

 そして部屋は再び闇と静寂に包まれた。

 

「…と言うのが、皆さんの良く知る創世神話の一節ですね。

 地域によって多少異なるかもしれませんが、大筋は同じでしょう」

 

 聞き慣れた声が闇に響くと同時に部屋に灯りが戻った。

 先まで人形が語っていた場所に立つのは狐耳の少女。

 ここは教室、人形を操り語っていた狐耳の少女とは勿論セルティス先生。

 先生は両手にはめたマペット人形を顔の横でぴこぴこと踊らせている。

 遊んでいた様にも見えるけれど、今の人形劇は授業の一環

 

 むむぅ、でも先生の足元が気になる。

 先生の足元に置かれた箱からは大勢の人形達が顔を出しているし。

 竜と女騎士、姫と色違いの姫、人魚と魔女。何の授業に使うのか気になる。

 気になるけれど、先生の話はまだ続いているし授業に集中しないと。

 でも、やはり人形に目が行ってしまう。集中集中。ん、動いた?

 

「シルファさん、授業に集中してくださいね?」

「わ?は、はーい」

 うう、注意されてしまった。後ろでコロネが笑ってるのが聞こえるし。

 

「さて続きですけど、創世神話は皆さん知っての通りに長ーい長い物語、なので他の部分は別の機会に触れるとして……

 今回重要なのは、ヒトが魔法の力を得た時に『二人の王がそれぞれ別々の願いをした』と言う事です。

 この願いの違いは、魔法の性質の違いや契約する対象の違いにも繋がりました」

 

 セルティス先生は説明しながら黒板に古びたタペストリーを張りつけた、杖を掲げた女性の絵と剣を掲げた男性の描かれたタペストリーだ。

 女性の方は『魔法を司る女王神』、男性の方は『魔法を司る英雄神』と呼ばれ伝えられる高位の存在。

 しかし、長くて呼び辛いのと響きが良いからという事で、女性の方は『魔王アルカナロード』、男性の方は『魔神アルカナチャンピオン』と省略された名の方が一般に定着している。

 それと神と呼ばれてはいるが、どちらかと言うと祖霊や英霊に近い存在らしい。

 

「上位の魔法を使うためには契約が必要なのですが……

 ルミナス魔法学院には女の子しか通っていないので、貴女達が契約するのはこちら…『魔王アルカナロード』ですね」

 

 先生の説明の通りに、私達はこれから魔王アルカナロードと契約し新たな力を得る。

 それはこの学園で魔法を学び極める上でとても重要な事。

 世界の誰もが使える魔法の力だけど、使える力には上限があり、いつか限界が来てしまう。それは魔法を使う上で避けられない事。

 だけど、魔王アルカナロード魔神アルカナチャンピオンと契約する事で、その上限を解放し、より上位の魔法を使えるようになる。

 例えば、火を司り得意とする魔王アルカナロードと契約する事が出来れば、火の玉を飛ばす程度だった力が、炎の嵐を呼び炎の壁を作る事が出来る様にもなる。

 だからこれから学ぶのはその契約についての事。

 

「でも契約するのはこの絵の方とは限りません、ここに描かれているのは一般的なイメージですから」

 

 そう、魔王アルカナロードは多数存在する。確認されているだけでも百を越えているとか。

 言い方が曖昧なのは、特殊な方法を用いないと契約した魔王アルカナロードの名を確認する事が出来ないから。

 神秘アルカナの名を冠する通り、魔王アルカナロードの名は秘匿され契約者自身でもその名を認識する事は難しい。

 

「貴女達がどんな魔王アルカナロードと契約し、新たな力を得るのか楽しみです。

 さて、詳しい説明を始める前に、ここまでで何か質問はありますか?

 好奇心を満たすための些細な質問でもいいんですよ?魔法使いにとって好奇心は重要ですからー♪」

 セルティス先生はそう告げると生徒達の顔をぐるりと見渡した。

 この一週間繰り返してきた基本的な授業の流れ。長い説明の後には必ず質問の時間が入る。

 授業に直接関係する事は勿論、あまり関係無さそうな雑学的な質問まで先生は受け付けてくれる。

 それを親切丁寧に時に豆知識等も交えて説明してくれるから、質問するのも楽しくなってしまう。

 ほら、早速質問の声が聞こえてきた。

 

「先生ぇー!ヒトが魔法を授かった山はどこにあるんですかぁー」

「良い質問ですね。良い質問ではあるのだけど、んー…どこの山なのかはっきりしてないんですよ。

 細部の異なる神話が多数ある事や研究者達の解釈違い、その他様々な理由で候補となる山が多数。そうですね…先生の知る範囲で三十くらいはあるかな?」

 そう言ってセルティス先生は肩を竦めながら苦笑すると、学園の北にある『イルミティア山』も候補の一つですよと付け加え。

 

「でもね、あそこ観光の名所なんですよ。説が出たのも近年ですし?」

 温泉はいい感じですけど?と更に付け加える。

 もしかして先生行った事あるんですか?行った事あるんだろうなぁ。

 ほら、先生の狐耳が楽しそうに揺れてるし。わかりやすい。

 

「もう少し付け加えるとですね、神話自体が後付けで生まれた説もあるんです。

 未だに私達がなぜ魔法を使えるのかわかっていませんし……

 わからない物は神様と繋げてしまえば色々と都合いいですからねー

 まぁ、大抵の神話はそんなものですけど!」

 せ、先生、教育者がそんな事をぶっちゃけてもいいんですか?

 関係各所とかに怒られませんか?

 女神象の元で育った身としては気になってしまいます。

 

「興味のある子は図書館等で調べてみるのもおもしろいかもですね。

 さて、他に質問が無ければ契約についての講義に入りますが…大丈夫です?」

 セルティス先生の問いかけに応じ、教室内のあちらこちらから大丈夫の声が聞こえて来る。

 気になる所はまだあるけれど、先に進みたい。

 入学してから一週間、基本の復習ばかりそろそろ飽きてきていたし。

 皆もきっと同じ気持ちなのだろう。

 

「ふふっ、皆さん意欲に満ちてますね。素敵な顔をしていますよ♪

 では、先生もここからは本気モードで講義しちゃいます!」

 セルティス先生の狐耳がぴこっと動き、尻尾がくるんっと回った。

 おお?可愛いけれど、いつもと何か違う?

 これは私達も大真面目に講義を聞かないと。

 いや、いつも真面目に聞いてるよ?もっと真面目にと言う意味で。

 

 そんな事を思う中、先生はタペストリーを剥がすと板書を始めた。

 白墨が黒板を叩く硬い音が教室内に響き、私達の集中を高めて行く。

 黒板に書き連ねられていく文字の一つ一つが私達が前に進むための知識。

 覚えて行くべき事は多いけれど、集中を切らさずに行かないと!

 

 …注意された記憶ばかりを留めたくは無いもんね。思い出にはなるけれど。

 

 

 

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