2.お昼の秘密の作戦会議

 翌日、岬は昨夜のことを報告するために、昼食の時間を見計らって一条和佐を廊下で待ち伏せした。


 和佐はここ数日、ずっと円珠と一緒に昼食を摂っている。後輩の妹が誹謗を食らっていないか確かめるためであり、そのような者がいれば牽制する狙いもあるらしい。

 その気遣いを少しはこっちに向けてくれてもいいのにと思いながら、岬は一年二組の教室から現れた白髪少女に魅力的な笑顔で手を振った。


 このときの一条和佐は、当たり前だが岬と同じ制服姿であった。ライラック色のワンピースに紺のボレロ、胸元の臙脂色のリボン。唯一違うのは、紺のハイソックスの代わりに黒のタイツを履いている点である。

 普段ロングスカートではお目にかかれない膝の下半分とふくらはぎ全体を拝むことができ、岬としては心が浄化される思いである。


 浄化の化身とされた白髪美少女は編入生の存在にすぐに気づき、意味ありげなプルーン色の瞳に早くもうんざりしたようであった。


「……何しに来たのよ」

「えへへ、待ち伏せの理由なんて、お昼のお誘い以外ないじゃないですか~」


 雪葉の件もあるというのに、岬の笑顔は実に清々しい。

 和佐は自前の白髪をかき上げて力強く拒絶した。


「嫌に決まっているでしょう。これから円珠と昼食を摂るのだから」

「もちろん彼女も一緒です。今後の方針も立て直さなきゃいけませんし」


 美しいかんばせに疲労感をたたえつつも、和佐は編入生の同行を認めた。


 幼馴染どうしの喧嘩は白髪少女にはどうでもいいことだが、これが解決されない限りは二人の友人である円珠の問題も解決しないのである。

 面倒と思いつつも、雪葉のクラスメイトである岬の新たな情報は必要だと判断した。


 移動の途中、中等科の教室で円珠と合流を果たすと、三人になった一行は、一階の屋内テラスへ向かった。


 聖黎女学園の昼食は、業者から届く弁当と、購買のおにぎりやパンやデザートを買うのとの二通りが主流になっている。中には家庭科室で自分で作って食べる猛者もいるそうだが、岬も和佐も円珠もそれには該当しない。

 三人とも弁当を受け取り、岬と円珠はさらにデザートを追加購入して窓際のテーブルに腰を下ろした。


 最初はそれぞれの健啖けんたんで弁当を食べ進めていたが、デザートに取りかかるところで円珠が不安そうに切り出した。


「あの、岬姉様。春山先輩の様子はいかがでしょう……?」


 ピーチゼリーを食しているとは思えない渋い顔で岬は応じる。


「かなりまずいね。付き合ってそれほど経ってないけど、あそこまでふさぎ込んだ雪葉を見るのは初めてだ」


 岬としては昨晩送り出した後の展開を聞いておきたかったが、最初はそれすらもためらわれたものだ。

 なんやかんやで寮母の計らいでどうにか幼馴染との仲直りできたことは引き出せたが、本当の解決になっていないことは雪葉の沈みきった表情からでも明らかだ。


 コーヒーカップに口を付けていた和佐が、中のコーヒーよりも苦い口調でぼやく。


「まったく迷惑な話ね。円珠の問題が解決されるどころか余計にこじれるなんて。昨夜は泊めてくれと駄々をこねてきたし」

「そんなことがあったのですか⁉」


 円珠の声は必要以上に大きかった。それは湿っぽい羨望の裏返しであった。あえて言語化すれば、


「わたしも姉様の部屋にお泊りしたい!」


 ということになるであろう。


「円珠?」


 不審げな白髪の姉様の呼びかけに、円珠は慌てて我に返った。

 ほとんど無自覚に姉様との夜の世界に引きずり込まれていたようである。ミルクプリンをすくうためのスプーンを危うく取り落とすところだった。


「はっ! 失礼いたしました。少し物思いを……」

「そう……? まあいいわ。それよりも岬、寝る前に何か思いついたのではないの」

「あのときの顔、見てたんですか?」


 プルーン色の瞳を見開かせるも、すぐに華々しい笑顔がはじけた。


「えへへ、一条さんも抜け目がない。お望みとあらばもっと刺激的なのを見せて差し上げてもいいですよ?」


 そうだ。編入生の姉様は毎日、姉様とお泊り状態にあるんだ……。

 そう思うと、円珠の中で『恋敵』としての感情が再燃しそうになる。


 白髪少女はすっかり呆れながらルームメイトに言い放った。


「御託はいいから、さっさとその案を語りなさいよ」

「ええ、ええ、いいですとも。お二人とも、少し顔貸してください」


 和佐と円珠はこの提案にやや尻込みした。円珠の場合、二人の姉様の顔を間近で見て平気でいられるかという心配であり、和佐の方はひそひそ話をする名目で変態淑女が何かしでかすのではないかと警戒していたのだった。


 なかなか動き出そうとしない二人に岬は小さく首を傾げた。


「どうしました? えへへ、何もしやしませんって~」


 そういう言い方がかえって怪しまれる要因になるわけだが、円珠が覚悟を決めて動き出したのを期に、和佐も仕方ないという思いで二人の近くまでかんばせを寄せた。


 岬は小声でその作戦を打ち明けたが、引っ込められた二人の顔は呆れと当惑の感情を隠せずにいた。


「み、岬姉様、さすがにそれは……」


 和佐の反応は円珠よりも遥かに直接的で攻撃的だった。


「どう考えても真面目な発想には聞こえないわね。社交辞令で聞いておくけれど、それで本当にうまくいくと思っているの?」

「お二人がその反応だと、自信無くすなあ」


 岬が肩を落とす仕草をとる。もっとも、彼女の表情は彼女自身の言葉を否定するものであった。


「まあ、最終的な判断は幼馴染の二人しだいということになりますが、一条さんたちの場合も丸く収まったんですから、今度もうまくいきますよ」


 当事者の二人は気まずげに押し黙った。そのことを否定されると、あっけらかんとした岬の態度に口出しすることもできない。

 和佐は表情をごまかすようにコーヒーをすすり、それからぶっきらぼうな口調で独語した。


「とにかく、さっさと決着がついてほしいわね。他ならぬ円珠のためにも」

「円珠のためって言うなら一条さんも多少は活躍してほしいなあ。あたしにばかり働かせる気なら、あたしも姉様と呼びましょうか?」


 かつて姉様の使い走りをつとめていた円珠が気色ばみ、その姉様はさらにげんなりした表情で窓に視線を向けていたのであった。

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