4★☆.復讐の夜

 一条和佐を編入生のルームメイトに託した風月は、そのままご主人様の部屋を訪ねた。ノックをして呼びかけると用心するかのごとく扉が開かれる。


 一条黎明はこれからベッドにもぐり込むところだった。


 彼女は短期大学時代から在宅で仕事をしており、海外勤務の多い両親を影ながら支援していた。聖黎女学園へ赴いた際に後回しに分の仕事がようやく一段落ついたのだった。


 このときの黎明は白いドレスではなく寝間着の姿だ。だが妹のようなネグリジェではない。フリルの大好き聖花さまはこのとき、キャミソールとズロースという、きわめて薄手の格好をしていたのだった。

 妹をしのぐ極上の身体つきで、ショートパンツ型のズロースから伸びた脚も非常にしなやかだ。岬が見たら変態淑女の血が瞬時に沸騰すること間違いなしで、ファンたちの求めるスペシャルなブロマイドについて意見を求めずにはいられなかったろう。

 あられもない姿だが、就寝前はいつもこのくつろいだ格好をしているので、メイドは特に驚くこともなく、淡々とした調子で頭を下げた。


「ご主人様、お休みのところ大変申し訳ありません」

「ふうちゃん、エミリーはどうなりまして……?」


 ベッドに腰かけて黎明が尋ねる。ロビーでの喧噪をこの聖花さまは密かに聞いていたのだった。知っていながら、彼女は妹のもとへと駆けつけなかった。できなかったのである。

 ベッドの傍に立って風月は慇懃に応じた。


「お嬢様は岬様にお任せしております。当て身を入れてお嬢様を大人しくさせてしまいましたが……もしかしたら、失敗だったかもしれません」

「なっ……エミリーに何したの!?」


 血相を変える主人に、風月はやんわりと首を振った。


「お嬢様の止め方を失敗したわけではありません。お嬢様を止めたこと自体が失敗だったと申し上げているのです」

「えっ……?」

「もしお嬢様を止めなかったら、このまま姉妹仲良く、絶望の果てまで叩き落せたかもしれませんのに……お嬢様の容姿を惜しんだあまり、あなたへの復讐の機会を逸してしまったようです」


 驚愕を浮かべたまま、黎明の顔が髪に負けないくらい白くなっていく。メイドの態度の変容に恐怖を抱き、無自覚に後ずさった。

 風月は本心をあらわにした。車内で本心を吐露したときよりも殺意が濃く、表情にも声にも毒があふれている。


「まあいい。岬様にお嬢様をなだめる技量がおありだというなら、私はそれに賭けさせていただきましょう。いっそのこと、お嬢様の心からご主人様への想いなど完全に消え失せてしまえば重畳ちょうじょうというもの」

「ふうちゃん、あなたまさか……」

「申し上げたでしょう? 私は五年前からずっと、このときを待っていたと。あなたに思い知らせることのできる、この瞬間を。とりあえずお嬢様には未来永劫、ご主人様のもとから離れていただきましょう。岬様と幸福な時を過ごし、取り残されたあなたはただ一人、誰の救いも来ないまま、私からの虐待を受け続けることになるのです」

「ふうちゃ……ッ!? や、やぁっ!」


 次の瞬間、風月は疾風にも似た素早さで主人の動きを拘束していた。お嬢様をたやすく昏倒させた彼女にとって、薄着の主人をベッドに押さえつけるのはわけもないことだった。

 メイド服の美女は実に涼しげな顔で独りごちている。


「……ああ、そうだ。お嬢様が手をつける前に純潔を奪ってしまうというのも悪くないアイデアですね。お嬢様は絶望なさり、全力で殺しにかかるかもしれませんが、私の相手にはなりますまい」

「だめぇ!! エミリーには手を出さないで!!」

「むろん、心得ております。火影の件はあなたの罪。彼女の苦しみをご主人様にも味わせることができれば、それで十分なのです」


 こうして、五年前に起きた出来事の序章が再現された。

 相違点は時期が春の夜であることと、風月のメイド服が脱がされていないことだけだ。


 嫌がらせのキスは激しかったが、黎明は早く終われとばかりに風月の接吻を受け入れようとしていた。自分から意識を快楽に委ねようとしていたのだ。いったん唇が引き離されたとき、白髪の聖花さまはかんばせをピンク色にとろけさせながらあえいだ。


「お師匠様から、この件に関して深入りせぬように言われましたが……」


 官能を感じさせないどころか、焼き刃のような声で風月が問いただす。


「その制約を破って、あえてうかがいましょう。火影の耳をどこへやったのです?」


 まどろみにあった黎明の意識が一瞬で覚醒された。氷の塊を丸呑みしたような表情で風月を見上げ、その風月は無意識に逸らされた金の瞳から、ある確信を持った。


「やはり、あなたが召し上がったのですか……!」


 返ってきたのは沈黙だったが、風月はわざわざ主人の真意を確かめようとはしなかった。藍色の瞳がカッと見開かれ、次の瞬間、黎明の身体が大きく揺れた。


「がっ……ぁ……!」


 大きく口を開け、苦悶の音が吐き出される。せり上がった胃液は喉元にまで達した。

 むきだしの腹部に捻じ込むように拳を打ち付けたメイドは激情が冷めることのないまま渾身の第二撃を放った。


「火影に深い傷を与えただけに飽き足らず、その一部を隠蔽するかのごとく腹に収めるとは……この度し難いほどの卑しい女め!!」


 衝動のまま、風月はご主人様の腹を殴り続けた。何度も、何度も。意識を失わないよう手加減はしてはいるが、とてもではないが黎明は反撃するどころではない。


「ぐ、う……ッ……はぁ、あぁっ……!」

「本来ならば、その忌まわしい腹を縦に引き裂いてやりたいところですが、すぐに手をつけてしまっては、火影も決して満足はすまい……。どうせ私はご主人様に好かれるはずもないわけですし、いくらでも嬲ることができる」


 つとめて優雅な口調で言い放つと、メイド服の美女は衰弱しきったたご主人様と身体を重ね、キャミソール越しから極上な乳房を乱暴に揉みしだいた。唇からあふれ出たうめきに色っぽさが加わった。

 だが、その声を出すことすら風月は許さなかった。前触れもなく頬に平手を浴びせ、黎明は何が起きたかわからない様子で引っぱたいたメイドの顔を見上げている。


「困りますね。私ごときで気持ちよくなられては」


 悪意の塊のような笑みで風月はのたまった。


「興奮をおぼえることで私を噛み殺そうとするご算段ですか? それとも気持ちよくなれるなら、恨んでいる私でさえも易々と受け入れられるわけですか? 何にせよ私にとっては気に食わない話だ」


 メイドの責めの苛烈さは、変態淑女の編入生に負けずとも劣らない。一連の行為のあいだで、キャミソールとズロースは脱がされており、黎明の魅力的な肢体は一切の休息が許されないままがくがくと激しく揺さぶられた。


「ご、ごめ……なさ……、ふう、ちゃ……おねが……ゆ、ゆるして……」

「許す? 誰が許すものですか!」


 哀願するご主人様を嘲笑うかのごとく、風月はさらに白い肢体を責め立て、官能に溺れそうになると、攻めを中断して改めて頬を引っぱたく。


「あなたは私の親友を傷つけた! 私から親友の笑顔を奪った! 私の心の拠り所であった火影を、よくも、よくも、よくも……ッ!!」


 風月の暴虐はしばらく続いたが、しばらくして音が止んだ。メイドが手を止めたのは温情からではなく、これ以上攻撃しては明朝まで頬の腫れが引かないと察したのである。

 代わりに魅惑的な小尻を引っぱたいた。


 激しい打擲ちょうちゃくの音と嬌声交じりの悲鳴が再開され、ひとまず鬱憤の塊をぶつけ終えると、風月はうつぶせでシーツにしがみつくご主人様に嘲弄した。


「格別の慈悲をもって、ご主人様の純潔は勘弁して差し上げましょう。……今のところは、ですが」


 彼我の立場を明らかにするかのように言い放つ。黎明さまは汗まみれの肢体を激しく上下させるだけで、振り向くことすらままならない。


「私の復讐はまだまだこんなものでは終わりませんよ。完全に果たされるまで、あなたの美しいお身体はまだそのままにしておいて差し上げましょう」

「あ…………ぁ…………」


 黎明は返答できない。風月はその彼女の後背に貼りついた波打った白髪を一房手に取り、それに接吻した。一方的に嬲った後では、かえって皮肉とも思えるくらい、その動作は優しかった。


「どうか私のことを憎んでいただきますようお願い申し上げます。これからも私に復讐され続けるためにね」


 闇の中で笑みながら手を引っ込めると、一条家のメイドは優雅に一礼をほどこしてから、静かに主人の部屋を後にしたのだった。

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