19. 僥倖『菖蒲《アヤメ》』

「――……あれぇ?」


 翌日にゲームへ繋いだ私は、目に飛び込んできた風景に首を捻った。

 昨夜は街からそう遠くない場所で、飛行するための魔法を試みていた。そしてそのまま、その場所にてログアウトをした――はずなのに。

 ここは確か……いっちばん最初の、スタート地点だ。


 他のゲームでもたまにある仕様だけど……ログアウト地点がどこであろうと、ログイン時は毎回ここから――スタート地点から開始される、ってことなのかな。

 それならそれで丁度よかったかもしれない。魔法の練習は、師匠との思い出の詰まったこの地で行うというのも、なかなか乙なものだ。


(……んい?)


 ふと目の端に映った、鮮やかな紫色。

 すらりとした葉。その綺麗な色から『菖蒲あやめ色』なんて名前があるほどの、明るい赤味がかった紫色のお花。

 少し遠目なので断定まではできないけど、あれはたぶん……


(『アヤメ』……かな?)


 ついこの間まではタンポポが咲いていたのに。もう初夏になるのかな。

 時の流れの早さを、季節の移り変わりを感じる。


(確か、花言葉は――)


 ふふっ、と自然と笑みが零れる。お花さんもしてくれてるみたい。



 ――さぁ……作戦、開始っ!



 あれから私は、アニメや漫画の『人型かつ、翼を生やしたキャラクター』を探し、それらが飛行してる姿を片っ端から見て回った。一つでも多く目に焼き付け、胸に刻み込んできた。


 なぜそんなことをしてきたか、と言うと。

 無い頭を馬車馬ばしゃうまごとく働かせ、オーバーヒートしてしまいそうなほど考えた結果。『生やした翼を用いて』飛ぼうとしていたのが、そもそも間違いだったんだと思い当たった。

 鳥が飛べる理由だの、その為の身体の構造だの、そんな科学的なものに愚かにも頼ろうとしてしまっていた。よりにもよって、この『ファンタジーの世界』で、だ。

 この世界での魔法とは、『想像して、創造する』――そう師匠に習った。

 なのに私は、生やした翼の力で……それを懸命に羽ばたかせることで飛ぼうとしていた。これでは胸筋や翼の大きさもだが、なにより『想いの力』が全く持って足りていない。……体重だけは足り過ぎてますよ、えぇ(涙目)。


 故に私は、こう結論付けた。『自分が飛べるのだと、強く信じ、思い込む』――これがきっと、この世界での正しい飛び方なのだと。


 たぶん催眠術とかには掛かりやすい方だと思うし、自己暗示ならば得意分野だ。私は飛べる、やればできる。あい、きゃん、ふらいっ!



 ――……すぅー……はぁー……。大きく一つ、深呼吸。


 翼は、『触媒』。飛ぶイメージを高めるための、単なる装飾アイテムのようなものだ。

 『生やした翼を用いて飛ぶ』のではなく、『翼を生やしたことで飛べる』のだと、より深く『思い込む』。


 ばさっ、ばさっ……。ゆっくり、大きく翼を上下させる。……これは散々目に焼き付けてきた、『飛び立つ姿』を真似ての単なるパフォーマンス。イメージを助けるための、予備動作だ。

 それを数度繰り返した後……軽く、地面を蹴る。


 飛び上がれる。想いが力になる。……そう、強く――『信じる』――。



「――わっ……、わわっ……!?」


 僅かにだが、両足が地面から離れ……浮き上がる。一秒……二秒……ふわり、ふわり。

 喜んだのもつか、慣れない浮遊感に動揺してバランスを崩し……背中から地面にべちゃりと堕ちてしまう。


「きゃぅっ!? ――っ……痛たたた…………」


 体にとってもよく馴染む、懐かしき大の字ポーズ。

 久々に見上げた綺麗な青空。白い雲がゆっくりと流れていく。


 ……でも今のこれは、あの時のそれとは決定的に違っていた。

 寝転んだまま、拳を天に向けてグッと突き出す。まるでその先にいるに見せつけるように、誇るように。しっかりとした手応えを握りしめて。


「ふふっ……あはっ、あははははっ」


 私は感極まり、思わず高らかに笑い声を上げる。それは、快くも響き渡った。

 確かな進歩を感じ取った、清々しい気分に。

 全く別の表情を見せてくれている、この大空に。




 ――『信じる者の幸福』。


 それが、アヤメの花言葉。

 ありがとうね。応援、してくれて。

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