05. 講義『"先生"……? "師匠"!』

 まず、最優先で覚えなければならないこと――そう前置きをした先生(仮)は、さっそく講義を開始してくれる。なんだか本職の先生よろしく人差し指をピンと立てたポーズを取っていて、意外にノリもいいみたいだ。


「あなたの世界との大きな違い――『魔法』について、でしょうか」


 地べたに正座した私は、目に星やらハートやらを浮かべて拍手をする。

 『魔法』――その甘美な響きに、一発で心を奪われた。草がちくちく足に刺さって痛いとか、そんなのすっかり忘れてしまうぐらいに。


「リリィ……でしたね。魔法はどのように扱うか、わかりますか?」


 ふふん先生、見くびらないでほしいな。そんなの当然……!


「はい! さっぱりわかりません!」


 ばっと手を上げ、元気よくそう答える他なかった。

 ごめんなさい、説明書とか読んでればきっと載ってたんだろうね。でもあーいうの読むのって面倒くさいよね!


「でしょうね。そんな気はしていました」


 やや食い気味に頷かれる。早くも私のことを理解してくれているらしい、やったね。


「魔法は……『想像』し、『創造』する――簡潔に言えば、それだけです」

「そうぞう、し……そうぞう、する……?」


 聞いただけでは漢字への変換すら怪しく、全くピンとこない。オウム返しに呟きながら難しい顔をして唸っていると、


「はい。試しに自由に頭に思い浮かべてみてください。集中さえできていれば、誰にでも簡単に出せますから」


 優しく微笑まれる。幼い子供へ向けるような眼で、"あなたにもできますよ"――そう伝えてくれる。

 『集中』。それは私の数多くある苦手分野の中でも上位に位置するものだけれど、『誰にでも簡単に』……そういったうたい文句にすこぶる弱い単純なところは自慢の売りだ。大きく頷きを返して、目を閉じる。


(『魔法』といえば……私ならやっぱり『火』のイメージが強いかなぁ。よしっ、なら……指先に、小さな火を生んで……ぶぁーっと放つ! さぁゆくのですっ、私の初魔法!)


「――《ファイアーボール》っ!」


 …………。


 どうしてこうなった。


 ぐにゃぐにゃした、子供の落書きのような……火(?)が、指先からびよーんと伸びて……その自重で、地面へとぼとり。指から離れて落ちて、すぅーっと静かに消えていく。

 後には妙な物体に乗られていた草が、何事もなかったかのように風に揺れていた。


 私は先生の方を向く。感情がなく表情の失せた、壊れかけのロボットのように……ぎいぃぃぃ……と。ゆーっくり、首だけで。


「…………っ」


 慌てて目を逸らし、こちらへ背を向けた先生……なぜかその肩が震えている。

 堪えきれなかったのか、ふふっ……って声が聞こえてくる。先生ってば上品な笑い方でした。


「何がいけなかったんですかぁ、せんせぇ~……」


 この世の終わりのような、この上なくなっさけない様相ですがり付く。

 誰でも出せる、と言われたのにこの体たらく。激しい無力感にさいなまれ……今しがた消えた火(?)のように、このまま自分も後を追って地面へ溶けていきそう。いやむしろ溶けてしまいたい。


「……しっかりとした、像を浮かべないと……そう、なります……」


 まだ笑いが収まりきってないのか、やや声を震わせている。

 先生は気を取り直すように、こほんと一つ咳ばらいをしてから口を開いた。


「リリィは……『火』を出したかったのですよね?」


 こくこくと頷く。『あれ』を火だとわかってくれるなんて、そこまで私のことを理解してくださってるんですね……。思わず涙が溢れてきそうなのは、嬉しさからか、悲しさからか。

 そんなこちらの心中を知ってか知らずか、安堵あんどさせるように微笑んでくれながら、先生は歌うように語り始める。


「丁寧に『火』を頭に描くのです。思い浮かべやすい姿で。その色、その大きさ……慣れない内は過剰なぐらいに、しっかりと。……ここでは『蝋燭ろうそくの火』としましょう」


 先生は指先に小さな火を生み出した。見覚えのある、オレンジ色の光……まるで指がロウソクで、その先に火が灯っているように。


「次は性質を弄ります。火とは、『熱い』。それはどれくらい? そうですね……『リリィの顔まで、熱が届くぐらい』。

 更に形も変化させてみましょうか。『球のように丸く』、と」


 この距離でも熱を持ち始めたのを頬で感じる。それが、くるんと丸まり……赤くきらめくビー玉のように姿を変えた。


「これを目標へ向かって飛ばせば、先ほどリリィが試みた事が叶うでしょう。ですが、今回は――」


 その指先で宙に円を描くと、ビー玉がぴったりと追従し……その軌跡が残り、浮遊する火の輪っかが出来上がる。

 指を離しても、その輪は宙に浮かんだままで……あろうことか先生は、その火の輪を素手で摘まんでしまった。

 はらはらと心配そうに見守っていたら、「あなたも触れてみなさい」と視線だけで促される。おそるおそる突っつくと、ぶにぶにとした感触で……しかも火のはずなのに、ひんやりと冷たい。

 ますますもって不思議がっていると、急にその輪が収縮していき……指輪のように私の人差し指へとハマる。それを穴があくほど見つめていたら……これまた急に、ぽんっと弾けた。虹色に輝く、小さな花火のようになって――。


 幾度も繰り返し目をぱちくりさせる。処理が追いつかなくなると壊れた玩具のようになるのは、私の癖なのだろうか。

 余りの出来事の連続に、キャパシティが限界寸前のようです。ぷすぷすと頭から煙を吹き出してしまいそう。


「いかがです? 少しはお楽しみ頂けましたか」


 先生の声にハっとして、現実に返った――いや、正確には返ってない――魔法という幻想の世界に、私の心は完全に囚われてしまっていた。

 『魔法』の発動の初歩に始まり、その自由度や魅力までを一遍に……それもこんなスマートなやり方で教えてくれるだなんて。この人は……このお方は……!

 自然と胸の前で手を合わせ、祈るかのように、神様をあがめるかのように。目の前の御仁を見上げ、恍惚こうこつとした吐息混じりに率直な想いをつづった。


「一生ついていきます、……っ!」


 呼び方が変わったとか、そんな些細なことは気にしないのです。

 そしてこうも思う。私の目に狂いはなかった、と。


 この人、やっぱりデキる人だ――!

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