第24話  明かり

アスカと騎士団は、予定通り夕刻に村を出て中央の国へ向かった。


第五王子ダンは、大きな黒い馬に乗って一足早く城に向かう。


相変わらずアスカは1人、窓のない馬車に揺られていた。


日が当たらないせいか、馬車の中は外よりも肌寒く感じる。


風が吹いて、湿った空気が混ざるようになって来たから、もうすぐ雨が降るかもしれないな


とアスカは思っていた。


暗い馬車の中で時間だけはあるので、色んなことを考える。



ボクはこれからどうしたらいいのか



ずっと泣いて過ごすなんてゴメンだ、と。



実の母親が亡くなってから、ずっと、殻に閉じこもっていたような日々だったような気がする。


辛くても寂しくても、そして楽しくても殻の中で生きてきた。


このまま殻の中で泣いて過ごしていたら、いつか涙で溺れてしまうだろう。



13歳になって、男になったら、レオンと旅することで殻から抜け出すことを夢見ていた。


だけど殻は外から歪な形で割られて、望まない世界に引きずり出されてしまった。



(でも…レオンが生きている世界だ)


レオンが生きていれば、アスカは世界にとどまれる気がした。


そうだ、こんな自分でも、いつかレオンの役に立てることがあるかもしれない。


どうせ投げ出そうとした命。


(今からのボクにできることはなんだろう)


朝、騎士たちの話し合いの場に参加してみて、色んな情報が聞けたことを思い出す。


ジェイドのそばというのは、もしかしたら大変貴重なポジションかもしれない。


人魚の村で、レオンと旅するために、航海士や医者、薬学者から学んだように、


ジェイドの周りに集まる博識な人間から沢山のことを吸収しようと決めた。



「レオン…」

すっかり女の体になってしまった自分を抱きしめるようにしながら呟く。


今となっては、アスカが一番恐れているのはただ一つ…



親友としてではなく、女としてレオンを愛してしまうこと





アスカの指にはレオンの煉獄の剣で切った傷が赤く残る…




騎士団が夜を選んで道を進むのには訳があった。


ここ、虹の谷には何故か昼間によく雨が降る。


しかもそれはスコールのような大雨で、時には川が氾濫し、唯一の道がある谷に流れ込んできて旅人を飲み込んでしまうからだ。


飲み込んだ旅人の数が多ければ多いほどこの後に架かる虹が美しいと言われていることから、虹の谷と呼ばれているのだ。



谷の手前で騎士たちは一旦止まり、手持ちのランプをつけ始めた。


アスカもそっと馬車を降りてみる。


すると、たくさんのランプが揺れる幻想的な場面を見ることが出来た。


アスカの馬車にも小さなランプが2つ取り付けられている。


「先ほどの町はロウソクの生産でも有名なんですよ」


首に十字の傷がある若い騎士が少し照れながら話しかけてきた。


「街灯…花の形の街灯も綺麗でしたよね。手持ちのランプもあそこの町のものですか?」


「我が騎士団が使っているのは中央で作ったものですが、あの町の手持ちランプも有名です。

ただし細工が繊細なので、無骨な騎士の持ち物にはふさわしくありませんが。

中のろうそくはあの町で補給しました。


とても上等なミツロウなんですよ。その分高価ですが、長い間燃えてくれます。」


「そういえば、少し良い香りもしますね」


若き騎士は嬉しそうに笑った。

「私は細かい物資の補給を任されているのですが、このロウソクを見立てるのが一番好きなんです…」


アスカも釣られて少し笑う。


そして、こういう小さな知識もたくさん取り入れていこうと思った。



「そういえば、騎士さんお名前を聞いても良いですか?」


「光栄です。クラウスと申します。」


「クラウスさん。」


アスカはクラウスにニコリと微笑んだ。


その微笑みが彼の人生を変えてしまうことも知らずに。


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