暴動

 騒動のなか、現れた片足の男が右手に持っていたのは、拳銃だった。

 その拳銃――TT55――は、かつて共和国陸軍で採用されたもの。彼は元軍人である。その時から持っていたのか?

 手に銃があると分かり、彼の周りから人が離れて行く。

 荒事が日常茶飯事の住人でも、間近で銃を見れば当然の反応だ。

「おい、落ち着け! そんなもの、こんなところで出すんじゃない!」

 警察官の一人は、男をなだめようとした。

「うるせえ! 俺に命令するな! さっさとニカ坊を放せ!」

 男は拒否をする。坊と呼んだニカの解放を要求した。

 別の歳若い警察官が、舌打ちをする。

「ちっ……クズが。あんな物を持っていたなんて、やはりこの辺りの連中はさっさと連行しておけば良かった。それに、型の古い銃だ。どうせ弾も入っていないし、当たりやしな……」

 彼が言葉を言いきる前に、銃声がぱんっと鳴った。

 ひゅん――と、弾が空を裂く音が聞こえる。

 幸いにして、弾は誰にも当たらず、遠くへ。

 男の拳銃から弾が、俺と先生、警察官側に向けて発射された。

 その事実を遅れて認識し、心胆が冷える。

「――」

 往来の全員が硬直する。声も、出せなかった。

「俺がクズだとぅ!? あいにくだったな。手入れはしてるし、片足が無くとも命中出来るように訓練はしてるんだよ! こういう時のために!」

 その中で唯一、男だけは声を高らかに説明していた。

 無茶苦茶だ。いくら訓練していると言っても、もしニカに当たっていたらどうするつもりだったのか。

 要求と行動がちぐはぐになっている。

「こ、こいつ……何を考えているんだ!?」「俺たちにもいつ向けらるか分かったもんじゃない!」「に、逃げろ!」

 彼の凶行に住人たちは、逃げる。

 自分が助かりたいと他人をおしのけて、散った。そのために、転び、泣き、悲鳴を上げる者もいた。

「エレーナさん! ソーニャ!」

 俺は二人の安否をたしかめるために、大声で呼んだ。

「マルスさんっ! こちらです!」

 エレーナさんの声が聞こえた。彼女は先程までいた場所から動いていない。ソーニャを自らの体で覆っている。

「動かないで! 下手に動くと、危険です!」

 俺は二人に指示をした。

「は、はいっ」

 エレーナさんは従ってくれた。

 今すぐ二人の元に駆けつけたい。しかし、ニカも心配だ。警察官の側にいるとはいえ、安全は保障出来ないのだ。

「先生……」

 俺は隣の先生に声をかける。

「……今は待ちましょう。機会が訪れるはずです」

 彼は冷静だった。先程の怒りは消えているように見える。

 銃弾が飛び出しても、この落ち着きよう。よほどの修羅場をくぐっているのだと感じた。

 だから、俺も頭を冷やす。状況を分析して、好機を待つのだ。


 数分後、往来から人が消えた。ここにいるのは、警察官5人とニカ。彼らと対峙する片足の男。俺と先生は警察官たちの近くに。エレーナさんとソーニャは男の少し離れた場所に残っていた。

 ほかには、建物の影や、窓から住人がのぞいている。

 片足の男はいまだに銃口を警察官に向けていた。彼らを強く睨み、絶対に意志を曲げないという頑なさで。

「……分かった。この子を解放しよう。だから、お前も銃を手放せ」

 ニカを捕えていた年長の警察官の男は言った。つまり、警察官側が男の要求を呑んだのだ。

 それが一番の上策だろう。

 このまま睨みあっても、良いことは何もないのだから。

「いや、それだけじゃねえ。さっき俺をクズって言ったやつ、お前、いつもいつも俺を見ては嗤ってやがったな。さっきもよう……。そのせいでニカ坊があんなことをしちまった。だから! 元はと言えば、お前のせいなんだ。その詫びに、俺とニカ坊に謝れよ! 誠心誠意、頭をこすりつけてな!」

 しかし、男は要求をもうひとつ増やす。

 自分をクズと呼んだ若い警察官に謝罪を命令した。

 彼の言葉から察するに、ニカが石を投げたのは男のためだったのか?

 男をクズと呼んだ若い警察官に、視線が集まる。

 彼ははっとして、集まった視線から顔を逸らした。

「若いお前は知らねえがよぅ、俺だって好きでこんなおかしくなったわけじゃねえ! 戦争だ。戦争のせいなんだよ! 祖国を護れと銃を手にして、戦った。人をいっぱい殺した。敵も俺のダチ、仲間を殺した。そうして足が無くなって帰ってみれば、みんな死んじまってる。片足の俺には居場所、何の価値もねえ。どうしてこうなった!? 何が富の分配だ? 平等の世界だ? そんな理想の世界、どこにもありはしねえよ!!」

 男はありったけの声で叫んだ。戦争、国への恨みを。

「……」

 彼の訴えを聞いた者たちは、押し黙ってしまう。彼の言葉に、少なからず共感するものがあるからだ。

 俺も、同じだった。彼とユーリ父さんが重なる。父さんがもし、俺と出会わなかったら……と考えてしまったのだ。

 

「……おっちゃん、もういいよ」

 大人たちが無言を貫くなか、幼い声が漏れる。

 ニカだった。彼は男をまっすぐに見て、涙をこぼしている。

「俺が悪いんだ。警官がおっちゃんをいじめてるのを見て、ガマン出来なかったから……。謝るよ。だから、もう……」

「ニカ坊……。みんなが俺をクズと見るなか、お前だけは俺を気にかけてくれたな……。ありがとうよ」

 男の言葉は俺に突き刺さった。俺も彼を社会の落伍者として扱っていたのだ。

「だがな、お前が謝る必要はないんだ。これはもう俺だけの問題じゃない。俺はもう我慢したくないんだよ。俺みたいな社会の落ちこぼれは黙っていても何も変わらねえ。だったら、こうして行動するしかないんだ!」

 黙っているよりも、行動をする。たしかに、その理論は分かる。しかし、暴力で訴えるのは、違うのではないか。力によって社会が変わるなど、ありえない。

 彼は間違っている。それを訴えたいが、今は焼け石に水だ。むしろ、火に油を注いでしまうかもしれない。くわえて、ある懸念があった。俺は彼の話をおかしいと思ったが、住人たちは何を感じたのだろうか。 

「……そうだ。あんたの気持ち、俺にも分かるよ」

 と、同意する者がいた。

 建物の影から、姿を見せた住人だ。

 男で、歳は片足の男と同じほど。従軍経験者と推察する。

 出てきたのは、彼だけではなかった。他にも、二人、三人……と住人たちは現れる。人数は数十に及び、先程よりも増えた。 

「俺だってみんなのためにと思って銃を持ったんだ。けれど、傷つき帰れば、この国は何をしてくれた? 勝利に浮かれ、恩恵を受けているのは、一部の連中だけ。俺たちのような負け犬には何もしてはくれない。これでは、かつての旧皇国時代と同じではないか?」

「そのとおり。50年前に同志レニンスが皇帝専制国家を打破し、革命を起こした時の理想はどこにいった? 今やこの国は西側諸国と同じ。資本と欲にまみれている! アトラスと意味の無い宇宙開発競争などもってのほかだ!」

 往路に出てきた人々は政府への批判、不満を口々に叫ぶ。

 常日頃から溜め込んでいたものを、隠そうとはしなかった。

 俺の心配どおり、男の言葉が彼らを焚きつけたのだ。

 この雰囲気はまずいと冷や汗をかく。

 人間は単独でなく、集団になると行動に抑制が効かない。興奮した状態ではなおさらだ。

 このまま、暴動に発展するのではないかと感じた。

 ニカ、ソーニャ、エレーナさんをこの場から避難させない――あっ。

 俺は、重大なことを思い出す。

 エレーナさんの家は、政府側の人間だった。それに気づく者がもしいたら……。

「……あの女、見たことがあるぞ」

 住人の一人がエレーナさんに指を差す。

「そうだ、最高会議幹部会副議長ブレジネワの娘だ!」

 彼女の正体を高々と宣言してしまった。 

「しまっ――」

 遅かった。

 俺が後悔するよりも先に、住人たちはエレーナさんの周囲に集まっていく。

「ブレジネワといえば首都建設計画を担っていた男。この首都を今みたいな歪な形にした張本人だ。あんた、父親のすることに何も言わなかったのか?」

 強い口調で詰め寄った。父親の行為は、娘のエレーナさんには関係ないのに。

「……わ、私は……」

 エレーナさんは怯えている。彼女に抱えられているソーニャも同じだった。

「おいっ! その人は関係無いだろう!」

 俺は彼女の元へ走ろうとした。

 しかし、俺の前に住人が立ちはだかる。

「お前、あの女と一緒に行動しててな。だったら、お前も同じ政府側か?」

「ち、違う……」

 はっきりと否定出来なかった。住人たちに対して、今、自分が空軍所属の飛宙士候補生であることに後ろめたさがあったのだ。

「今、この場に政府高官の娘がいるのが好機だ。娘を人質にブレジネワに交渉する。俺たちの生活、尊厳を取り戻すんだ!」

「おお、俺たちだけじゃない。他の場所にも同じ志を持つ者たちがいる。彼らと協力し、俺たちの手で革命を再び起こせ! 正義は我らにあり!」

 革命の呼びかけに、人々は手を振り上げ、賛同する。

「みんな、彼がリーダーだ。革命が成功すれば、後の世は語るだろう。彼の一発の弾丸が祖国を生まれ変わらせたと!」

「お、俺がリーダー? そ、そうか……こんな俺にも価値があるんだな」

 住人に煽られた片足の男はまんざらでもない顔をする。

 自分の価値が認められて嬉しいのだろう。

 往来は住人たちの熱狂で沸いていた。みな、革命だ、革命だと声を上げて。

 馬鹿げている。冷静に考えれば、こんな人数で革命など起こせるわけはない。

 しかし、そんな考えに至らぬほど、彼らは鬱屈していたのだ。男が一人訴えたことによって、その不満は爆発してしまった。

「お前たち、いい加減にしろ! 何が革命だ?」

 住人たちに対し、警察官も声を張り上げる。

「大人しく聞いていれば好き勝手言って、暴動を煽るような連中には実力行使もじさない!」

 ついに忍耐の尾が切れたのか、コートの中に手を入れた。

 すなわち、銃による暴徒鎮圧だ。

「やれるものならやってみろ!」

 それに対し、住人はひるむどころか反抗する。

 このままでは、怪我人どころか、死人さえ出てしまう。

 今の光景を見て、俺はリェビジ村の惨劇を思い起こした。

 暴力による蹂躙。住人たちは警察官たちを退けても、いずれは粛清される。

 俺はこんな時、何も出来ないのか? 目の前で再び惨劇が起ころうとしているのに。こんな時、マイラがいてくれれば……と思い、首を振る。今、この場にいない彼女に頼ってどうするのだ。

 俺が、停めなければならない。

 何も出来ないのではなく、行動を起こしていないのだ。

 だから、俺は声を――

「やめなさい!!」

 今まで聞いたことのないような大声が轟く。

 往来にいた全員がぴしりと停まる。

 その様子は、雷が落ちたかのようだった。

 雷を落としたのは、俺ではない、先生だ。

 俺はおそるおそる彼に視線を向ける。 

「せんせ……え?」

 俺の隣にいた先生は、全くの別人になっていた。

 彼は顔を覆っていた包帯を外したのである。

 包帯の下の素顔に、俺は背筋が冷えた。

 俺のみならず、往来全ての人々が彼の顔に目を見開いていた。

 先生の顔は――

   


 


      

  

 

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