クズネフォワ家 ―エヴァ шесть―

 夕方、面会時間は終了した。エヴァはまだ祖母の面倒を看たそうであったが、言いつけ通り俺たちを自分の家に案内することに。

「三人も泊まるのは失礼だろう。ボクは適当に宿を探すから」

 と、タチアナは別行動をとった。

 病院を出て、俺とマイラはエヴァにクズネフォワ宅まで招待される。院近くにある彼女の家は、集合住宅の一室。俺が首都で住んでいたものとあまり変わらない。

 エヴァ、アンナさんの上品さからはかけ離れた庶民さに、俺は驚く。

 部屋に向かって階段を登る途中、大柄なおばさんと出会う。彼女はエヴァを見て、肩に手を置いて優しく話しかけた。

「あら、エヴァちゃんじゃない。久しぶりねえ。……もしかして、アンナさんのお見舞いに? 大丈夫よ。あの人はあなたが嫁ぐまで、絶対に死ぬものですか」

「……はい。ありがとうございます」

「で、その子がもしかして……」

 と、おばさんは俺を見てにまにまとする。

「で、では、また今度」

 エヴァはこれ以上詮索されたくないような顔をして、そそくさと階段を登る。

 俺たちも後を着いて、三階にある一室に。

「ここが私たちの部屋です」

 エヴァはドアの鍵を開け、俺たちを中へ手招きする。

 部屋の数、広さは俺の予測通りだった。さすがにあのアパートよりましだが、二人で住むには多少手狭なのではと心配する。

「狭いなんて思ったことはありませんよ。お祖母様はあまり物を置かない生活をしていますから。これくらいが、私たちには充分なんです」

 俺の心を覗いたかのようにエヴァが説明する。

「あ、うん……」

 余計な気遣いだった。生活は人それぞれなのだ。

「では、先輩とマイラちゃんはお祖母様の部屋で寝てください」

 エヴァの勧めで、俺たちはアンナさんの部屋に荷物を置き、ここを宿にする。

「私も荷物を置いた後、夕食にとりかかります。少し待っていてくださいね」

 エヴァが去った後、俺は部屋を見回す。寝台、机と、家具はその程度。先程の説明通り、物に執着しない……というより、あまりにも殺風景で、俺は寒々しさを感じた。

 壁の聖母のイコンに見つめられ、まるで、自分がいつ召されてもいいように……。

「まるす、あれを見て」

 マイラが何かに気づき、指を差す。

「あ、これは……」

 それは、机上の写真立てだった。中の写真には、飛行機の前でエヴァと俺が写っている。たしか、養成校の入学案内のために撮られたものだ。美人で評判のエヴァは広報、客寄せで、俺は彼女からの指名。(後で聞いたが、本来は別の二枚目男が候補になっていた)

「懐かしいな……。エヴァがアンナさんに贈ったものを飾っているのか」

 アンナさんはエヴァが飛行士になることを反対していたらしいが、こうして孫娘の晴れ姿を大切にしてるあたり、素直じゃないと思った。……やっぱり、血は繋がっている。

 孫がいなくなってからの数年、彼女はこの部屋でどんな想いで過ごしていたのだろう。

 改めて部屋を眺めていると、マイラがすんすんと鼻を立てている。

「……マルス、何か変な臭いがしない?」

「……ん? あ――」

 俺は大切なことを思い出す。エヴァは、料理が壊滅的に下手だったことを。

「エヴァ、料理なら俺がするよ!」

 急いで部屋を出て、キッチンに飛び込んだ時には、既に手遅れだった……。


 俺が作り直した夕食を済ませ、共用浴室で旅の埃と汗を流し、俺たちは部屋で歓談する。エヴァが話すこの家でのアンナさんとの思い出は色々と楽しかったが、一〇回鳴った時計の音が終わりを告げた。 

「……もう、こんな時間か。そろそろ寝るかな。明日もお見舞いに行かないといけないし」

「……はい。じゃあ、おやすみなさい」

 俺たちは名残惜しそうに椅子から立ち上がる。

「エヴァ、ここにいつまでいるつもりだい?」

 俺は思い切って尋ねてみた。

「……分かりません。明日になってみないと」

 質問に曖昧な答えを返し、エヴァは部屋に去る。

 俺とマイラはアンナさんの部屋に行き、ベッドに腰掛けた。

「……まるす、えばの側にいてあげないの?」

「え、いきなり何言ってるんだよ? 余計な気を遣わなくてもいいのに……」

 ここ数日のマイラはどうしたのだろう。以前なら「まるす、早くねよー」って無邪気にせがんでいたのに。


 夢の中、俺の前に壮年の女性と幼女が向かい合っている。

 ――お祖母様、お父様とお母様には、いつになったら会えるのですか?

 ――二人のことは……忘れなさい。忘れたほうが、幸せです。

 これは、誰かの記憶。過去に起きた事が再現されているのだろう。

 ――そんな、嫌です。私、二人に会いたい。あの人たちは、絶対に生きてるもん!

 幼女――エヴァ――は涙をこぼし祖母に訴えた。

 その訴えに、祖母は唇を噛み締める。心の内側で、涙を流しながら。

 

 俺はまぶたを開き、目を覚ます。

「……今のは、エヴァとアンナさんの過去?」

 クルスクの時がありえたかもしれない未来を見せたのなら、今度は過去? 俺にこの夢を見せる者は、何を起こせというのか……。

 起き上がり、キッチンに移動すると、エヴァがいた。

「エヴァ、起きてたんだね」

「……はい。懐かしい夢を見て」

「君の部屋で話がしたいな」

 エヴァを見て、俺は先程の夢の件も合わせて話がしたかった。

 深夜、自室に男を入れる。

 それが意味する事を彼女が知らないわけでもないだろうに。

「あ……分かりました」

 俺の誘いを、エヴァは受け入れてくれた。



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