勝負のゆくえ ―チャーチフ пять―
朝食後、俺とマイラは無音響低圧室の施設に歩く。中に入り、モニタ室のタチアナの元へ。
「おはよう。良い顔してるじゃないか。戦に臨む戦士ってところだね」
彼女は勝負のことを知っているかのような挨拶をする。
俺たちは互いに顔を見て、頷いてから頼む。
「タチアナ医師、今回はマイラも部屋に入らせてください。もちろん、彼女とは一言も口にしません。何か喋ったと思ったら、その時点で中止にしてください。あと、この件をチャーチフ候補生にも」
昨晩マイラが俺に告げたのは、一緒に部屋に入りたい、ということなのだ。
「……よろしい、ボクの権限で許そう。中尉には今から連絡するよ」
タチアナは早速、別の訓練を受けているチャーチフに電話する。
彼からも了承は得られ、俺たちは準備を整え、訓練に臨んだ。
俺は隔離室に入る前、マイラに伝える。
「マイラ、無理だと思ったらすぐに教えてくれ。その時は俺も一緒に出る」
それにマイラは軽く首を振り、
――大丈夫、あなたとなら。
と、目で言葉を贈ってくれた。
俺たちが隔離室に入れば、ドアが閉められ、遂に訓練が開始される。
俺とマイラは、これ以降、何も喋るつもりはなかった。
音が無くなり、闇が訪れる。僅かに聞こえてくるのは、エアコン、換気扇の作動音、そしてマイラの呼吸。
……すぅ、……すぅ。
ただ、それだけの音が、今の俺にとって一番嬉しかった。自分が独りじゃないことを確かめられたから。
時間が流れるなか、突然の点灯、課題の取り組み、反応の無い質問、意味不明の指示、不意の消灯が繰り返される。俺はそれらを素直に受け止め、粛々と遂行する。
どれだけ時間が過ぎたかは、もはやどうでもよかった。
俺は気づいたのだ。今、ここがどこなのかを。
この空間は、宇宙。俺、いや、俺たちは宇宙を旅している。
孤独? 闇? そうじゃない、目を凝らして見れば無数の星があり、耳を澄ませば星々の息吹が聞こえる。ほら、すぐ側にもあるじゃないか。
そのうちの一つの星に、俺とマイラは降り立った。赤い荒野が広がる大地。一見すると、無味乾燥で、寂しい星かもしれない。けれど、それでがっかりするにはまだ早い。
ここには俺たちの想像すら超える素晴らしい出会い、体験があるかもしれないのだ。
たった一つの星でもこんなにワクワクできる。それがこの先、無限に繰り返されるなんて。
でも、こんなに楽しいのは隣に立つマイラがいるからだと思った。きっと、俺独りなら楽しさは半分にも満たなかっただろう。
俺はマイラと手を繋ぎ、先へ行こうとする。旅をもっと続けるために。
……が、ある予感が頭に浮かんだ。
あの夢が、現実に起こるかもしれないと。
あれを回避し、彼を救うため、俺は旅を一旦停め、後ろを向く。
「タチアナ医師、チャーチフ候補生は?」
俺は声を出し、質問する。
『え!? 突然、どうしたんだい? せっかく……』
「いいから! 彼は今どうしているんだ?」
『えっと、彼なら二号室で同じ訓練を受けている最中だけど』
「警告してくれ! 火に気をつけろ! アルコールを火に近づけるな!」
『はぁ? 何を言って……っと、んん!? チャーチフ候補生! 火! コンロ近くにそんな燃えやすいものを……! まずい!!』
俺の予感通りのことが起きそうになっている。それはタチアナの慌てふためいた声で分かった。
「たちあな、消火器のボタンを押して!!」
直後、マイラが叫ぶ。
『あ、消火器? そうだ!』
その声に従ったためか、スピーカーからけたたましいベルの音が鳴る。
緊急警報。訓練途中、外部で危険な事が起きた時の音だった。
『二人とも、悪いが訓練は中止だ。今ドアを開けるよ!』
タチアナの指示で職員がドアを開け、俺たちを外に出す。
警報が鳴るなか、職員も大声でわめき、右に左に走り回る。施設内は大騒乱となっていた。
俺たちは職員に誘導され、施設外に飛び出る。
チャーチフは、まだいない。
「チャーチフ……」
彼の安否を心配し、気持ちが焦れた。先程までは時間の流れなど気にしなかったのに。
「まるす」
と、マイラが服の袖を引っ張ると、施設の出入り口からチャーチフが現れた。
両肩を職員に抱きかかえられ、足を引きずりながら。
俺は彼の元に走る。
「チャーチフ、大丈夫か!?」
「……何とか、な。……お前が、俺を助け……ごほっ、げほっ!」
彼は言葉を紡ごうとするが、激しく咳き込んでしまった。
「チャーチフ候補生! 喋るな! すぐに担架で君を運ぶ」
用意された担架で彼は運ばれて行く。
勝負の結果どころではない。訓練はとんでもない結末となった。
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