間章 聖女の街

間章1 ミヤミとドゥーガル

 東との領地境の街に、聖女があらわれたといううわさだった。


 王都タマリスから東へ四リーグほど離れた小さな街だ。交易路沿いにあるので、人口の割には賑わった印象がある。正午を知らせる庁舎の鐘が鳴ったので、少女は思わず足を止めた。


 かしこそうな顔立ちの、黒髪の小柄な少女である。かたわらに、なかなか立派な荷運び竜ポーターを連れていた。主人に頼まれて、街へ買い物に来た小姓、という風情に見える。押し売りまがいの露天商にもおじけづくことなく、さらりとかわして何ごともないかのように街を歩いていく。途中、王都でも最近よく見かけるようになった、具の詰まった揚げパンの屋台に入り、羊肉とチーズの入ったパンや卵入りのパンを買った。別の店で熱いお茶も買いもとめ、広場に入った。簡易テーブルと椅子が並べてあるので、同じように屋台で軽食を買った人々でごったがえしている。


 食べながら、さりげなく周囲のうわさ話を聞いていた。


 ……東の領地では、灰死病の流行を恐れて外部との交流を絶つ街が増えたそうだ……そりゃ、お貴族さまだけがかかるっていう流行り病だろ、俺たち庶民になんの関係がある?……おおありさ、こうやって積み荷を街に入れるにも、何日も待たされて門前払いなんて日にゃ、食べ物のあきないなんてできやしない……アジェンあたりまで行ってこっちに戻ってきた隊商もあるって言うよ……


(なるほど)

 うわさ話を聞きながら、少女はひとり合点した。

(出戻りの隊商たちが、日持ちのしない食材を安く売りさばいたのかもしれないな。それで、田舎町にしては妙にうまい屋台物が出るのかも)


 数人でひとつの卓を囲む、隊商らしき男たちも近くにいたが、用心深そうに小声でしゃべっているので話しかけるのはやめた。大都市で売りさばくはずの荷が売れずに引き返してきて、いら立っているのかもしれない。だとしたら、関わりあいにはならないほうが無難だ。地元の人間がいい、それもできれば女性……


 少女、ミヤミがそっと首をめぐらせると、ちょうど条件に合いそうな女性たちが集まっているのが見えた。薬屋の前あたりで井戸端会議中だ。ミヤミは急いで食事を済ませると、竜をつないでいた手綱をはずしてそちらに足をむけた。


「もし」話しかけると、うわさ話がぴたりとやむ。既婚女性たちはおしゃべり好きなものだが、よそ者には口が堅い。だから、単に話を聞きたいだけなら男連中のほうがいいのだが、ミヤミの知りたいことは地元女性のほうが知っていそうなので、あえての選択だった。


「お邪魔をして、申し訳ない。主人の使いで、薬屋を探しておりまして」と、やわらかい口調で話しかける。

「こちらの薬屋の評判はいかがだろうか? 主人は胸の病で、よい薬を探しているのですが、なにしろこの町には着いたばかりで……」


 主婦たちは顔を見合わせるばかりだ。ミヤミはその反応を見つつ、「よい店は女性に尋ねよ、と、母が言っていたものですから」とつけ加えた。その言葉で、女性たちの警戒がややとけたのがわかった。『得体のしれない小娘』よりは『母の忠告を大切にする小間使い』のほうがずっと心象が良い。


 思った通り、リーダー格とおぼしい女性が口を開いてくれた。

「『二本の象牙』って薬屋は、やめときな。ここの主人は人を値踏みするんだ。あんたみたいに身なりのいい使いのもんは、足元見られてふっかけられるよ」

「そうそう。うちの母も腰の薬を買おうとしたら、一包五ギーって言われたんだ」

「信じられないよねぇ」

「そんな金、タンスの隅まで引っかきまわしたって出てこないだろ? だけど、今はほら、治療師さまがいらっしゃってるじゃないか。そっちに連れてこうと思ってさ」

「ああ、それがいいよ」

「治療師?」少女が興味を引かれたように、しかし軽い調子で尋ねた。「〈癒し手ヒーラー〉の方ですか?」

「そうだよ」女性たちはそれぞれにうなずいた。

「タマリスのほうからいらっしゃったとかでねえ。青竜を連れておられて、どこぞの名のあるライダーさまだと思うよ。治療費もタダ同然だし、本当に徳の高いお方だよ」

「聖女さまなんて呼ぶ男たちもいてね、まあそれもしかたないさね、ひと目見ただけで寿命が延びるほど、お美しいって言ううわさだよ……」


 読みが当たった、と少女は思った。丁重に礼を言い、治療師さまを訪ねてみますとその場を去った。


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