間章 聖女の街
間章1 ミヤミとドゥーガル
東との領地境の街に、聖女があらわれたといううわさだった。
王都タマリスから東へ四リーグほど離れた小さな街だ。交易路沿いにあるので、人口の割には賑わった印象がある。正午を知らせる庁舎の鐘が鳴ったので、少女は思わず足を止めた。
かしこそうな顔立ちの、黒髪の小柄な少女である。かたわらに、なかなか立派な
食べながら、さりげなく周囲のうわさ話を聞いていた。
……東の領地では、灰死病の流行を恐れて外部との交流を絶つ街が増えたそうだ……そりゃ、お貴族さまだけがかかるっていう流行り病だろ、俺たち庶民になんの関係がある?……おおありさ、こうやって積み荷を街に入れるにも、何日も待たされて門前払いなんて日にゃ、食べ物の
(なるほど)
うわさ話を聞きながら、少女はひとり合点した。
(出戻りの隊商たちが、日持ちのしない食材を安く売りさばいたのかもしれないな。それで、田舎町にしては妙にうまい屋台物が出るのかも)
数人でひとつの卓を囲む、隊商らしき男たちも近くにいたが、用心深そうに小声でしゃべっているので話しかけるのはやめた。大都市で売りさばくはずの荷が売れずに引き返してきて、いら立っているのかもしれない。だとしたら、関わりあいにはならないほうが無難だ。地元の人間がいい、それもできれば女性……
少女、ミヤミがそっと首をめぐらせると、ちょうど条件に合いそうな女性たちが集まっているのが見えた。薬屋の前あたりで井戸端会議中だ。ミヤミは急いで食事を済ませると、竜をつないでいた手綱をはずしてそちらに足をむけた。
「もし」話しかけると、うわさ話がぴたりとやむ。既婚女性たちはおしゃべり好きなものだが、よそ者には口が堅い。だから、単に話を聞きたいだけなら男連中のほうがいいのだが、ミヤミの知りたいことは地元女性のほうが知っていそうなので、あえての選択だった。
「お邪魔をして、申し訳ない。主人の使いで、薬屋を探しておりまして」と、やわらかい口調で話しかける。
「こちらの薬屋の評判はいかがだろうか? 主人は胸の病で、よい薬を探しているのですが、なにしろこの町には着いたばかりで……」
主婦たちは顔を見合わせるばかりだ。ミヤミはその反応を見つつ、「よい店は女性に尋ねよ、と、母が言っていたものですから」とつけ加えた。その言葉で、女性たちの警戒がややとけたのがわかった。『得体のしれない小娘』よりは『母の忠告を大切にする小間使い』のほうがずっと心象が良い。
思った通り、リーダー格とおぼしい女性が口を開いてくれた。
「『二本の象牙』って薬屋は、やめときな。ここの主人は人を値踏みするんだ。あんたみたいに身なりのいい使いのもんは、足元見られてふっかけられるよ」
「そうそう。うちの母も腰の薬を買おうとしたら、一包五ギーって言われたんだ」
「信じられないよねぇ」
「そんな金、タンスの隅まで引っかきまわしたって出てこないだろ? だけど、今はほら、治療師さまがいらっしゃってるじゃないか。そっちに連れてこうと思ってさ」
「ああ、それがいいよ」
「治療師?」少女が興味を引かれたように、しかし軽い調子で尋ねた。「〈
「そうだよ」女性たちはそれぞれにうなずいた。
「タマリスのほうからいらっしゃったとかでねえ。青竜を連れておられて、どこぞの名のあるライダーさまだと思うよ。治療費もタダ同然だし、本当に徳の高いお方だよ」
「聖女さまなんて呼ぶ男たちもいてね、まあそれもしかたないさね、ひと目見ただけで寿命が延びるほど、お美しいって言ううわさだよ……」
読みが当たった、と少女は思った。丁重に礼を言い、治療師さまを訪ねてみますとその場を去った。
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