6 呪い

 

 朝目が覚めると、既に日が高かった。

 寝坊してしまうのは珍しい。

 ぼんやりとしながら、今日は教会に行けないな……と思う。


 教会に行くのは午前中だけ。リナリアは午後になると学校へ行く。

 街の子供たちは、大抵が十歳になる前に、学校に通うようになる。

 通うにはある程度のお金と、自由にできる時間が必要だ。

 リナリアは一日通うだけのお金を用意できなかったので、午後から数時間だけ通っている。

 彼女のように、少しだけ授業を受ける人もいれば、家業を手伝わなければならなかったり、あまり裕福ではなかったりして、学校に通わない人もいる。

 病弱な母と二人暮らし。母が内職以外の仕事をしているところを見たことがなく、家にお金があるようには思えない。

 母は、貯金があるからと、学校に通って良いと言う。

 リナリアは遠慮しながらも、結局通うことにした。学校に行ってみたかったのもあるが、子供のうちに学んで、大人になったときに良い仕事に就ければ、母と家計の助けになるだろうと思ったのだ。

 母思いのリナリアは、母を支える将来の目標を持って、精力的に学んだ。


 午前は寝過ごしてしまったので、教会には行けない。

 昨日もフリージアとのことがあって、行けなかったので、二日も行かないことになる。

 ふと、自分がいない間、フリージアが余計なことをしないだろうかと、気にかかった。

 ほとんどの人は、リナリアが悪いとは思わないだろうが、肝心のカーネリアンに悪印象を持たれるのは避けたい。


(もっと釘をさしておけば良かったわ)


 あれだけ言われて、カーネリアンに近づく馬鹿ではないと思うが、仲の良い様子を見慣れてしまうと、気が気でない。


 支度を始める時間になって、母が居間から、就寝部屋にいるリナリアに声をかけた。


「リナリア、お寝坊さん。もうすぐ学校へ行く時間よ」


 返事をする前に、母が隣室から顔を出す。


「支度があるから、そろそろ起きたほうがいいわ……あら、起きていたの?」


 母の顔を見て頷く。


 いつもの優しい笑みで、


「おはよう」


 と言われたので、リナリアも、おはよう、と返した。


 つもりだった。


「……?」


 ぱくぱく、と口を動かす。

 当たり前のように、発声しているはずだ。

 しかし、喉の奥からは微かに空気が漏れるだけ。

 声が出ない。


「リナリア……?」


 異変に気付いて、我が子の傍らによると、母はその喉元に触れた。


「声が出ないの?」


 困惑しながらも、頷く。


「風邪で喉を痛めたのかしら……リナリア、今日は学校、お休みしなさい。病院へ行きましょう」


 リナリアは首を横に振って拒否の意を示した。

 風邪の自覚は全くない。寝坊はしたが、体はいたって健康である。わざわざ診察料のかかる病院へ行く必要性は感じなかった。

 母は、見ただけでは、具合が悪そうには見えないリナリアを、迷った末に教会へ連れていくことにした。

 しっかりした診察は受けられないが、些細な手当て程度ならしてもらえる。

 まずは症状を説明して、相談にのってもらうつもりだった。

 原因が分からない不安はあったが、母が側にいたので、リナリアはあまり重く考えては居なかった。



 母と連れ立って行った教会に、人は少なかった。

 本人が知るところでは無いが、リナリアが来ていないので、早々に帰ったというのが大半である。

 教会に来る人は、リナリア目当てが多いのだ。



 神仕えと母が挨拶を交わす。初老の男性の穏やかな目が、リナリアにも向けられた。

 目が合った途端、神仕えは表情を曇らせた。母が要件を言う前に、険しい顔で二人を奥の部屋へ促す。


「これは良くない」


 個室に入り、席に着くと、神仕えが不穏な言葉で切り出した。


「リナリア、最近何か、普段と変わったことをしなかったかい。主に、良くないことで」


「あの、娘は今朝から声が出ないのです」


 話せないリナリアに代わり、母がすかさず言葉を挟む。


「ああ、すみません、焦っていた。声が出ないと……今日はその事で?」


「はい。風邪かと思ったのですが、ただ声が出ないだけで、体が辛いわけではないようですが……」


「……」


 神仕えはますます難しい顔になり、黙りこんだ。

 神仕えになる人は、普通の人よりも、強く神様の存在を感じ取れることが多い。

 彼は少し考えこんで、リナリアの目を見た。

 言葉を選んでいるようだった。


「気を悪くしないでください。といっても難しいと思いますが……貴女を責めているわけではないのです。リナリア、貴女は……神の怒りを買ったのでしょう」


 まだ理解出来ないリナリアへ同情の眼差しを向ける。


「貴女は、呪いを受けています」




 告げる声は、ひどく悲しそうだった。


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