第31話

 翌日、錬金塔では朝食がとられていた。昨夜のスープの残りとパン、果実といった質素だが、栄養に富んだ朝食だ。食べている最中に、バックの方に目をやると目が充血していたので、かなり遅くまでチェスをやっていたようだ。


 「バック、昨晩は随分長い事やってたみたいだな。」

 「ははは……熱中してしまって……寝不足ですー。」

 「戦績はどうだった?」

 「5勝3敗でなんとか勝ち越しましたが、かなり危なかったですね。ランドさんはかなりの強さですよ。」

 「何の話だ?」

 「あぁ昨晩チェスをやってな。バックは、それはもう強いんだ。」

 「それで寝不足、か?まぁ働き詰めでは効率もかえって落ちるからな。今日は休みにしてもいいだろう。」

 「マジか!」

 「ああ。イドリスとフラヴィオも好きな時に休むといい。」

 「いえいえ、3食食べられて、寝床があって錬金術の勉強ができる。こんな素晴らしい環境で休むなんてもってのほかです!」

 「そうだとも、そうだとも。わしも生い先が短いですからなぁ。急ぎ錬金術の研究にいそしまねば。」

 「そうか。まぁほどほどにな。」


 朝食後は挨拶もほどほどに王都へと戻る。行きと同じようにまっすぐクライグ伯爵邸へと向かう。


 「オーレリア、待たせたな。」

 「ずいぶん早かったじゃないか。それで、件の魔道具は?」

 「ああ、ばっちり。昔似たような症状の子に使うために作ったんだと。“吸魔の指輪”だ。」

 「これが。」

 「確認はしなくていいかい?」


 相手は大貴族の子息である事を鑑みて、一応聞いておく。ヴィートなりに気を遣った結果だ。


 「うん、いくらヴィートの持ってきたものでも一応必要だろうな。純粋な体調不良で体が悪くなっても、指輪のせいになりかねない。これはつけるだけでいいのかい?」

 「ああ。自動で体内の余剰魔力を吸い出してくれるそうだ。普通の人間がつけても大して効果はないだろうな。」

 「ふむ。それじゃ使用人につけさせよう。サビーヌが適任だろう。」

 「それで様子を見て、問題無さそうだったらまた呼んでくれ。魔力の通る管を治癒して指輪をつけてもらおう。」

 「あぁ、本当にありがとうヴィート。それで報酬なのだが……。」

 「いいよ。結局タダみたいなもんだったし。」

 「いや、そうはいかない。この程度で君への恩が返せるとは思わないが、多少の礼金を用意した。是非受け取ってほしい。」

 「えー?」

 「えー、じゃない。私たちの気が収まらないんだ。受け取ってやってくれ。」

 「それじゃまぁありがたく。」

 オーレリアが使用人を呼び、皮袋が運ばれてくる。えらくずっしりとしている。

 「……これいくら入ってんの?」

 「金貨100枚だ。凄腕の治癒士と探査魔法使い、希少な魔道具の値段には安すぎる位さ。」

 「ふーん。まぁ友情価格って奴だなー。」


 高額報酬も数度目となり慣れがでてきたヴィートなのだった。


 「それで、今日はニコラスの様子は?」

 「昨日に比べれば少し良さそうだがまだまだだな。」

 「うーん。それじゃ今日は帰るかな。ニコラスに会ったら治るのを楽しみにしているって伝えておいてくれ。」

 「ああ、もちろん。ニコラスも喜ぶよ。」


 クライグ伯爵邸を後にした。時刻は昼。いつもの煮込み屋で昼食をとる事にした。


 「ヴィートいらっしゃい。」

 「おぉ、きやがったな?」

 「アルバン。珍しいな。今日はここで昼飯か。」

 「結構来てるんだけど、なかなかお前と時間が合わないな。」

 「とりあえずいつものくれ。」

 「はいはい。すぐもってくるから。」

 「この間、お前何かやらかしたか?」

 「何がさ?」

 「お前に骨董品街を勧めた次の日に火柱騒ぎだ。タイミングが良すぎるぜ。」

 「やっぱり結構話題になってる?」

 「まぁ場所がスラムだったことでそんなには話題になってない。が、知ってる奴は多いだろうな。」

 「あの元凶ってさ、どんな風に伝わってる?」

 「子供が急に身体から火を噴きだして、革鎧の男がそれを拉致した、とな。革鎧の男は冒険者だとか、子供の能力に目を付けた裏組織だとか、いろいろ言われてるぞ。革鎧のヴィート君?」

 「なるほど。なぁ、アルバン。その元凶は俺って事にならねぇかな?」

 「……ん?どういう事だ?」

 「いや正直に白状すると、その革鎧の男は俺で間違いないんだ。それでその子供は身寄りのない子で、俺が信頼できる所に預けてる。」

 「やっぱりな。それで?」

 「その子の使った能力は今、俺の元にある。子供の今後のために俺に目を向けさせたい。」

 「……ふむ。本当にお前にその能力があるならやりようあるかもな。流石に王都で火柱をあげまくると王軍に目をつけられるだろうから、王都外になるが戦いに火柱を使えばいい。噂の拡散はこっちでやろう。」

 「ありがとうアルバン。助かるよ。」

 「ふふん。王都で俺の右に出る事情通はいないぜ?」

 「ワイン奢ろうか?」

 「そうだな、一杯だけもらおう。人の奢りで飲む酒はうまいが、訓練があるからな。」


 2人で少しばかりワインを飲み、昼食を終えてアルバンは去っていった。王都は水が豊富で井戸水が普及しているが、ワインやビールも大事な水分補給の1つとして社会的に認められている。あまりに酔っぱらわなければ昼間からワインを飲んでも顔をしかめられることは無い。


 力を使うタイミングと場所は選ばねばならないため、ひとまずは保留だ。ローランドの言ではバックが見せた熱線や火柱程度のことであれば悠々と使えるらしく、いつ事を起こしても安心である。


 昼食を取った後はいつかマリに聞いた“西区の顔無し幽霊”の調査に乗り出した。まずは肝心の西区へと行って現場を見てみることにする。


 昼過ぎの西区は人の通りはそこまで多くない。昼食を食べ終わった聖職者や図書館を利用する若者がぼちぼち歩いている。聞き込みをしてみることにしたヴィートは最も入りやすい兄弟神教の神殿へと足を向けた。


 兄弟神教は父神の3人の息子達を信仰する宗教だ。人類の創造主でもあるし世界を作ったり、英雄神を導いた事が信仰の理由である。現代の多神教に通ずる、節目にはお祝いし、問題があれば祈るといった、かなり緩い信仰だ。ヴィートの故郷の村にも兄弟神教の神官がおり、村の相談役として地位を確立していた。そのこともあり、宗教に関心のないヴィートにも多少馴染みがある宗派だと言える。


 信仰心のゆるい宗教とはいえ、流石に王都の神殿は立派な物だった。重厚な石造りの建物で、大きく間口がとられた両開きの戸をくぐると、巨大な3体の立像が出迎える。左から長男神、次男神、三男神だ。劇で見た3兄弟に(というよりこの立像に似た人物を役に登板させたのだろうが)、そっくりだ。中央の次男神の立ち位置が他兄弟より少し前に出ており、次男神が最も信仰されていることを表している。兄弟神教と言うが、実質次男神教なのだ。


 ゆったりとした服を着た老神官がヴィートに話しかける。


 「本日はどのような御用ですかな?」

 「ちょっと聞きたいことがあってね。その前にせっかくだからお祈りしていくよ。」

 「それは良い心がけです。」


 兄弟神たちの足元に跪き、両手を合わせる。前世の記憶があるヴィートにしてみれば、ギリシャ風神殿で両手を合わせる参拝は非常に違和感がある。これも転生者か転移者の仕業だろうか。ちなみに他教では祈りの所作が異なっており、女神教では自身の胸に手を当てる所作で、御使い教は片手で拳を作り、もう片方の手で握り込む所作だ。


 祈りもほどほどに神官に話を聞く事にした。


 「神官さん、最近冒険者が見たっていう顔無しの幽霊について調べてるんだけど、何か知らない?」

 「顔無しの幽霊、ですか。最近話題ですな。図書館脇の道をまっすぐ行った居住区との境が件の冒険者が見つかったところだそうですよ。その後、冒険者は復帰してまだ王都にいるそうです。なんて名前だったか……確か、タイムとかティムとかいう名だったと思うのですが……。」

 「結構詳しいんだね?」

 「幽霊が本当にいるかどうかはわかりませんが、不安に思う方が多いのです。皆さんの話を聞いているうちに事情通になってしまいました。」

 「そのおかげで調査が捗ったよ。これは運営の足しにしてくれ。」


 そう言ってヴィートは金貨10枚を老神官に手渡した。


 「これはありがたい。神殿の補修資金に当てさせていただきます。」

 「それじゃ、また何かあったら寄らせてもらうよ。」

 「おや、もうよろしいのですか?」

 「ああ。聞きたいことは充分聞けたからね。」


 神殿を後にし、事件の現場へと向かった。現場は往来の多い宗教施設が立ち並ぶ区域とその関係者が住まう住居区域の境である十字路だ。


 『ローランド、何か感じるか?』

 『ふむ……感じることは感じるが神力では無いような……?』

 『なんだかすっきりしないなぁ。』

 『すまん。霧がかったように判然としないのだ。何らかの残滓の様なものはあるがあまりに薄く何かはわからん。』

 『うーん。時間が関係あるのかも。確か夕方って言ってたな。一度例のタイムだかティムだかを探してみて、出直すか。』

 『それが良かろう。』


 ローランドとの会議の結果出直す事にしたヴィートは冒険者を探すなら冒険者ギルドだろうと、ギルドへ向かった。


「おいーす“怪力”!こんな時間に依頼探しか?朝早く来ないといい依頼は残ってないぞ!」


 テンション高く話しかけてきたのは先日昇格試験の相手を務めた“餓狼”ザビットだ。ザビットの後ろにはパーティメンバーだろう4人が様子を見ている。


 前衛の戦士がザビットを含め3人、後衛の僧兵と魔法使いが合わせて2人とバランスの良いパーティだ。戦士も軽戦士2人と重戦士1人と役割が分かれている。


 「いや、いくらなんでもこんな時間に依頼探しには来ないよ。暇だもんでね、1つ幽霊騒ぎの調査してるんだ。それで件の冒険者を探してる、って訳。」

 「幽霊騒ぎ?」

 「西区に出るって言う顔無し幽霊の話さ。知らない?」

 「知らねー。」

 「……そうか。それじゃ、タイムだとか、ティムだとかいう名前の冒険者の事は?」

 「うーん……結構昇格試験とか、冒険者の素行調査とかしてるけど聞いたことないな。」

 「あんまり等級が高くないのかもな。とりあえず聞き込みしてみるわ。」

 「おう。それで、いつにする?」

 「何が?」

 「また戦おうぜ、って言ったじゃんかよー。」


 次は負けない、とは言われたが戦おうとは言われていない。ザビットの適当さが光る掛け合いだ。流石にヴィートも数日前の一言は覚えていない。


 「言ってたっけな……?」

 「言ったぞ!ちゃんと。」


 何度も言うようだが言っていない。


 「そうか……まぁしばらく暇だから、幽霊事件が片付いたら顔見せるよ。」

 「よし、絶対だからな!」


その後ザビットと別れ、しばらく聞き込みを行ったところ、それと思しき冒険者の情報を手に入れた。名前はティモ。老神官はかなりニアピンだった。鉄級で、王都外側の安宿を拠点にしているらしい。今日は即席パーティに参加し、魔牛の楽園に行っているようだ。宿の場所も聞いたので、時間を空け夜にその宿まで行ってみることにした。

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