王都後編

第22話

 王都に戻ってきたのは大体昼前位の時間帯だった。一番最初に行う事は、宿をとる事だ。一度引き払ってしまったので、再度取り直す必要がある。もちろん“星光の誓い亭”だ。


 「おかえりヴィート。無事だったかい?」


 「もちろん!また宿を頼むよ。」


 「いつもの部屋が空いてるよ。」


 「それじゃ……とりあえずこれで泊まれるだけ。」


 そう言って金貨を2枚取り出す。


 「お前さんは金払いがいいねぇ。冒険者ってのはそんなに儲かるのかい?」


 「ふふふ。こんなに儲けられるのは俺だからさ。」


 「調子に乗るんじゃないよ。可愛い顔してるんだから、謙虚におなり。」


 「はーい。とりあえずギルドに帰還報告するから。」


 「はいよ。これが鍵ね。」


 女将から鍵を受け取りギルドへと向かう。王都には初冬に入りちらほらと雪が舞うようになってきている。遠征も春になるまでは厳しいかもしれない。そう考えながらギルドの扉を開けた。


 カウンターに見知った顔を見つけその前に座る。受付嬢のレアだ。


 「ただいま。レア。1週間ほどだったけど変わりないかい?」


 「ええ。特には何も。あ、そうだ例のアステリオス、無事に落札されたようですよ。」


 「お、それはいいニュースだ。後で顔出すわ。」


 「あと、ヴィートさんは銀ランク試験を保留なさってますね。いつが都合がよいでしょうか?」


 「うーん。ダンジョン遠征も終わって特に急ぎの用は無いなぁ。」


 「それでは明後日などどうでしょう。」


 「それじゃその日に。」


 「かしこまりました。ヴィートさんの方はどうでした?ダンジョンで得るものはありましたか?」


 「まあ、色々だな。学者先生の錬金術は凄く勉強になったよ。ダンジョン自体は、こんなもんかって感じだ。大した収穫はないかな。」


 「煮え切りませんね。ヴィートさんの戦闘力なら未踏破階層まで進んでくれると期待していたのですが。」


 帰り道でイドリスと2人、最上階まで到達した事は隠すことに決めた。錬金塔を上りきったという事が知られれば貴族、王族、他国の間者などから接触があるのは間違いない。塔をこれからも研究所として利用するシモーヌとイドリスの事を思えば隠すのが最良だと考えたのだ。


 「ま、学術的調査の同行だしこんなもんじゃないかな?」


 「……なんだか怪しい。これ以上の詮索はしませんが。」


 「ははは。助かるよ。それじゃまた明後日ね。」


 そう言ってギルドを後にし、裏手の解体所に向かう。


 「おーっす!親方、オークションはどうなったかい?」


 「ヴィート!遅いぞお前!こんな大金、盗られたらと思ったら気が気じゃなかったぞ。とにかく事務所に来い。」


 解体所には接客応対用の小さな事務所が建っている。粗末な小屋だが、血と脂にまみれた解体所に比べれば幾分マシだ。


 「それじゃ、オークションの結果だ!」


 親方が奥の金庫から書類と皮袋をテーブルに投げ出す。随分小さい……。


 「……こんだけ?」


 「……中見て見ろ。」


 言われたとおりに袋をあける。見たことない柄の金貨だ。いや、金貨にしては随分色が明るい。


 「なんだこれ?まさか、魔金貨?」


 「そうさ。落札価格魔金貨60枚、そのうち2割、つまり12枚が俺たち解体所の取り分で残り48枚がお前の分だ。」


 「ま、魔金貨って初めて見た……。」


 「金貨の方が使い勝手がいいからな。さ、確認してくれ。確認が終わったらこの受取証にもサインを。」


 魔金貨を積んで確認する。確かに48枚ぴったりだ。金貨の様に積みあがる訳ではないため、金貨480枚分だという実感がいまいち持てない。


 「うん丁度だ。それにしても魔金貨60枚か……どうしたらそんなになったのさ?」


 「ははは。普段、武具や防具を買い付けるクライグ伯爵家とストラウス侯爵家が競ってな。結局ストラウス侯爵家が競り落としたが、相当のデッドヒートだったぞ。」


 ヴィートはニコラスの姿を想起した。病弱なニコラスの為に買い取ろうとしたのだろうか。顔を出した時に話を聞こうと思った。


 「ふーん。書類はこれで間違いないかい?」


 「ええーと……よし、大丈夫だ。」


 「それじゃそろそろ行くわ。親方、世話かけたね。」


 「いや、気にするな。こっちも随分稼がせてもらったからな。また何かあったら呼んでくれ。」


 解体所を出ると昼時だったため、帰還報告もかねていつもの煮込み屋に向かう。


 「おーす。いつもの煮込み頼むわ。」


 「ヴィート。帰ってきたのね。すぐ用意するわ。」


 すぐに煮込みとパンが運ばれてくる。いつもの温かい味だ。


 「お土産は?」


 「ダンジョンだぞ。お土産はない。」


 「ダンジョンってお宝とかがざくざくなんじゃないの?」


 「あー、俺が言ったところは錬金術師が作ったダンジョンだからな。出てきたのは錬金術の素材、水銀とか、塩とかだ。」


 「ふーん。随分地味なのね。」


 「一緒に行った錬金術の先生にしたら、お宝の山だったみたいだけどなー。」


 「こんどダンジョンに行くときはお土産を忘れないでね。」


 「はいはい。まぁ、これから寒くなるからしばらく遠征は無しだけどな。次があれば覚えとくよ。」


 「ふふふ。楽しみにしてるわ。」


 マリは何故か嬉しそうにヴィートが食事を食べる様を見ていた。前回の事もあり、意識しだすとなんとも居心地が悪い……。煮込みを食べ終わると、次は錬金術研究所へ様子を見に行った。


 「こんにちはー。イドリスいるかー?」


 いつものようにぼろぼろの扉を抜け、研究室に顔を出す。すると以前相当ごちゃごちゃしていた研究室はほとんど物が無く、スッキリとしていた。


 (もう荷物をまとめ終わったのかな?)


 仕方ないので帰ろうとしたところ、ばったり戻ってきたイドリスと出くわした。フラヴィオも一緒だ。


 「ああ、すみません。少し昼食を食べに出てました。」


 「いや、こっちも勝手に入って悪かったな。誰かいると思って。」


 「ヴィート!おぬし、あの塔を踏破するとはやるのう!」


 「イドリスが援護してくれたおかげさ。まぁ俺も頑張ったけどな。爺さんは塔に行くのかい?」


 「もっちろん!この歳になって錬金術の秘奥を学べるとは長生きはするもんじゃ。」


 「ははは。元気な爺様だ。」


 「ヴィートさん、師匠が“シモン”が女だって聞いて何て言ったと思います?“ほーん。さよか。”ですよ?凄くないです?」


 「いやいや、わしが子供の頃はそういう説もあったんじゃよ。今は男派が主流だがな。女だった、と言われたから“あ、女説が正しかったんだなー”と思ったんじゃよ。流石に、いまだ存命なのは驚いたがの。」


 「へぇー数十年前くらいまできちんと伝わってたのか。男派の主張も分かるけどな。あのアホみたいな文があんな豪勢な金属板に刻まれてるなんて思わないでしょ。」


 「……そうですよね。」


 いまだにイドリスはショックから完全には抜け出せていないようだ。偉大な錬金術師シモンが生きていたのは受け入れられても、お婿さん探しのために人々を試していたのは受け入れがたいようだ。


 「それで、塔行きの護衛は大丈夫なのかい?事情を知ってる俺が行ったほうがいいんじゃ?」


 「いえ、幸いヴィートさんに持たせてもらった金貨がありますから。馬車をチャーターしようと思います。流石にこれ以上お世話にはなれませんよ。」


 「別にいいのに。まぁ道中の危険が無いなら良かった。」


 「馬車の用意と買い出しは済んだからな、明日の朝出発する予定なんじゃ。」


 「明日の朝、って随分急だな。帰ってきたばっかりじゃないか。」


 「ははは。師匠がすぐ行くと言って聞かなくって。もっとも、新たな知識を前に心が急いているのは私も一緒なんですが。」


 「じゃあ次会うのはしばらく先だな。王都から旅立つときには一度塔に顔を出そうとは思ってるけど。」


 「そうですか。寂しくなりますね。」


 「嘘つけぇ。錬金術の事で頭がいっぱい、って顔だぞ。」


 「あ、ばれました?」


 「まったく。それじゃ、またな。」


 「ええ。次は錬金塔でお会いしましょう。」


 「ヴィート、お前には返しきれん恩が出来たな。何か困った事があればいつでも来るがいい。待っておるぞ。」


 住人の2人が揃って出るのならここは廃墟になるのだろうか。そんなことを考えながら、王都錬金術研究所を後にした。


 次に向かったのはクライグ伯爵邸だ。帰還報告ついでに例の治療院行きの話を詰めないといけない。ニコラスにもダンジョンの話を語ってやりたかった。前世の物語と違い、自身の体験であるため自信を持って語る事ができる。


 いつものように門番に取り次いでもらい、ニコラスの部屋に入る。


 「おっす!ニコラス。」


 「ヴィートさん。いらっしゃい。」


 「なんだか顔色が良いな。元気そうだ。」


 「はい。ヴィートさんが倒したアステリオスも見に行けました!凄かったです!あんなのと戦ってるんですね!」


 「ははは。あれほどの奴はなかなか当たらないけど。そういえばニコラスの家と他の貴族家で競ったそうじゃないか?」


 「はい。父上が凄く欲しがったのですが負けてしまいました……。」


 「(ニコラスじゃなくて親父さんだったか。まぁ鎧や剣を見るにああいった男らしいのが好きなんだろうな。)それは残念だったな。今日は一週間近くダンジョンに行ってたから、その話をしようと思ってね。」


 「聞きたいです!ダンジョンってざくざくお宝が出る魔物の巣窟なんですよね?」


 「うーん。お宝、といえばお宝かなぁ……今回行ったのが“シモンの錬金塔”って所で……。」


 今回のダンジョン遠征について話をした。普通に調査をして普通に帰ってきた話をしてもつまらないだろうからと、ありのままを話している。ニコラスが周囲に触れ回ろうと、子供相手に話を盛ったんだなと思われるから都合がよい。


 「……と、いう訳でシモーヌから自由に塔に来る許可をもらって帰って来たんだ。このネックレスが塔の通行証になってるんだと。」


 「わぁ、綺麗ですね。」


 「沢山収穫があったけど、加工の手間とかを考えてほとんどお金に変えちまったから、一番の収穫はこのネックレスになるな。」


 「いつか塔にも行ってみたいです。」


 「そうだなー。20階ボスの蜘蛛の奴なんて必見の価値あり!なんたってかっこいいからな。イドリスが言うには現代の錬金術ではそこまで精密なゴーレムは作れないんだと。今は魔法技師、ってのがいてネアトリーデ魔国で研究が進んでるって言ってたな。」


 そう話をしていたら、部屋がノックされた。


 「私だ、オーレリアだ。入ってもいいか?」


 「どうぞ。」


 「お邪魔してます―。」


 「ああ、ヴィートが来ていると聞いてな。例の件で話があるんだがいいか?」


 「ニコラスいいかい?」


 「例の件って?」


 「あー、探査魔法の件でね。まだはっきりしたことは言えないけど。」


 「すまないニコラス。大事な話なんだ。また来てもらうようにするからここは譲ってくれないか?」


 「……はい。姉上。ヴィートさん、必ずまた来てくださいね。」


 「もちろん!約束する。」


 オーレリアの後をついて、ニコラスの部屋を後にした。


 「どこに向かってるんだ?」


 「ああ、言ってなかったな。この前言っていた治癒院の件が準備できているから、お前さえよければ例の探査魔法を見せて欲しいんだ。」


 「まぁいいよ。暇だし。」


 「急になってすまない。」


 クライグ伯爵邸を出ようと玄関に進むと、メイドの一人が話しかけてくる。


 「お嬢さま、今は裏から出た方がようございます。サンドラ子爵家のぼんくら……失礼しました、ご子息がお見えになっていますので。」


 「あぁ、あの……。」


 「オーレリアは言い寄られてるらしいな。町で聞いたよ。」


 「ふん。あのような軟弱者に興味はない。結局は親の権力を振りかざすしか能のない、つまらない男だ。」


 「なかなか辛辣だな。」


 「先触れも無く貴族の家に押しかける等、言語道断だ。貴族であることしか価値が無い男が、貴族の規則すら守れないのならどうしようもない。」


 「俺は会ったことないからわかんないけど。そんなもんかな。」


 「とにかく関わる時間が惜しい。裏から出よう。」


 そう言って使用人用の小さな裏口から外へと出た。向かう先は、南区の治癒院だ。

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