第18話



 少し早いがいつもの煮込み屋に昼食を食べに行く。約12時間ぶりに見る店構えだ。


 「昨晩ぶりです。女将さん。」


 「ああ、ヴィート。二日酔いは大丈夫かい?」


 「なんともありませんよ。ばっちりです。」


 「へぇ、強いんだね。マリなんてダウンして今も寝てるよ。いつものかい?」


 「はい。お願いします。」


 いつもの煮込みとパンを食べて店を出た。今一度武器屋を見に行く。朝の馬車は止まっておらず、安心して店のドアを開ける。


 「親父―。いるかー。」


 「おぉ、よく来たな。今日は何の用だ?」


 「聞いて驚け!金貨が55枚貯まったんだよ!」


 「やったな、ヴィート!いやー今日の朝なんぞ宵闇を売ってくれ、と剣の価値もわからん小僧がきおってな。大変だったんだ!」


 「あぁ、聞いたよ。なんでもオーレリアにプレゼントしたかったんだって?」


 「まったく馬鹿にしとる!女に贈る為に見た目のいい剣が欲しいとは。まったくもってけしからん!!!」


 「どうどう……落ち着けって。あんまり怒ると血管切れるぞ。」


 「はぁはぁ、すまんな。あぁ……少し落ち着いたわい。」


 「それじゃ金貨55枚ね、数えて。」


 「おう。ひー、ふー、みー、よー……よしよし55枚だな。」


 「それじゃあ?」


 「ああ、持って行け!鞘はサービスしてやる。」


 「いや、悪いよ、それは。臨時収入があったんだきちんと払わせてくれ。」


 「構わん。これを使ってお前が活躍すれば店も繁盛するってもんだ。店の為にも頑張れよ!」


 「普段は店の経営なんて考えてないくせに……不器用だなぁ。」


 「何か言ったか?」


 「いんや、何にも。じゃ、ちょっと腰に差してみるぞ。……どうだ?」


 「うむ。キマっとるぞ。数月前には素人丸出しだったが、今ではいっぱしの剣士様じゃないか。」


 「ははは、ありがとう。それじゃ防具屋行ってくるわ。一度様子見とかないと。」


 「お、何を買ったんだ?」


 「ああ、ワイバーンの革鎧を買って、今調整してもらってる。」


 「ふむ。たまにはわしもキュッパーの茶を飲みに行くか。」


 「お、いいね。一緒に行こう。」


 2人でキュッパー防具店に向う。店に入るとキュッパーが金属鎧を金槌で叩いていた。小気味よい音が店内に響く。


 「じゃまするぞー。」


 「おいすー。」


 「おや、おそろいで。ヴィートさんご注文のワイバーン鎧、仕上がっておりますよ。」


 「お、早かったね。言ってた1週間まであと3日はあるけど。」


 「ええ、あの強化魔法を見たら興奮しちゃいまして。何せ初めて見ましたから。それで色々考えながら弄ってたら、完成してました。ははは。」


 「ははは、って。無理してない?」


 「ま、1週間っていうのは不測の事態に備えて少し長めに言ってたところもあるのですよ。」


 「無理してないならいいんだ。着てみても?」


 「おお、わしも興味がある。」


 「ようがす!それじゃこちらに……。」


 連れて行かれた試着室内で鎧を着こむ。これでぼろぼろの鎧とはおさらばでき、一人前の冒険者に見える事だろう。


 「着心地はいかがです?」


 「ああ、ばっちりだ。戦闘中も邪魔にならないだろう。お、グラニットどうだ?」


 「ほぉー、なかなか味のある鎧だな。革の色合いがよく出ておる。」


 「でしょ?ちょっと手を入れまして、手甲の皮を分厚くしてます。強化魔法で硬質化しますので素手の戦闘でも剣やメイスに打ち負けませんよ。」


 「ちょっとやってみるか。」


 そう言って強化魔法を纏う。手甲同士をぶつけるとコン!コン!と硬い音が鳴る。確かに並の武器なら大丈夫そうだ。


 「おお、これは凄い。」


 「アンドレさんがうちに来て、おっしゃったんです。ヴィートの鎧に手を入れるなら素手でも戦闘できるようにしたほうがいいと。」


 「はぁー、師範はずるいよ。なんだかんだ面倒見良いんだもんなー……。」


 「ふふふ。随分嬉しそうだぞ。」


 「そう見える?」


 「ああ。見える。」


 「ちょっとお茶にしましょか。グラニットがうちに来るときはお茶が飲みたい時って決まってますもの。」


 「はっはっは。よくわかってるじゃねえか。」


 「ふふふ。ヴィートさんもお寛ぎ下さい。」


 「あ、お茶出してもらってばっかりだと悪いから、コレお土産ね。」


 麻袋から出すふりをして異次元収納から蜂蜜の小壺を取り出す。ルイスの町で買って入れておいたものだ。


 「俺の故郷の蜂蜜。結構うまいよ。」


 「ほっほっほ!これはどうも。それじゃビスケットと一緒に出しましょか。」


 キュッパーはお茶の用意をしに店の奥に消える。


 「意外と気が利くんだな?それで、わしには何かないんか?」


 「えぇ……催促してきたぞこのおっさん……。」


 「ええじゃろがい!大幅に値引きして鞘までつけてやったんだぞ!ほれ、蜂蜜が特産の所にはアレがあるだろ?ドワーフがだぁいすきな?」


 「蜂蜜酒?結構あるからあげるよ。世話になってるし。」


 「話がわかる!わしはお前の様な男と知り合えて幸せだ!」


 「(テンションがおかしい……どんだけ酒好きなんだ。)じゃ、はい。」


 蜂蜜と同じように蜂蜜酒の瓶を取り出す。


 「故郷の品と言っとったがお前の故郷はルイスか?」


 「ああ。知ってるのか?」


 「宿場町ルイスと言えば年寄りは皆わかる。わしも王都に来て長いからなぁ。」


 「はーいお待たせしましたー。」


 お茶のトレーをもってキュッパーが戻ってくる。


 「グラニットは紅茶にラム酒を入れた奴が好きでしたね。」


 「おお、これこれ!ほほー!たまらん!」


 「これって紅茶飲みに来たのか酒飲みに来たのかわかんねーな。」


 そう言いながらお茶に口をつける。前回と違いお茶らしい、オーソドックスなお茶だ。香り高く渋みと深みがバランスよい。


 「よかったらヴィートさんもラム酒を入れてみます?今日の茶葉はラム酒に合うように選んでますから、おいしいですよ。」


 「へぇ、じゃもらおうかな。」


 そうして紅茶にラム酒を注いで飲んだ。なんとも言えず甘い風味で、心の底から温まるような味がする。最近王都は冬が近づいてきており、少し肌寒い。今の王都にはぴったりの味といえる。

 紅茶を楽しみながら横目でグラニットを見るとたっぷりと蜂蜜を付けたビスケットをほおばっている。前世に比べて肉体労働が多いこの世界では男でも甘い物を好むことが多い。特に高カロリーな蜂蜜は皆好物なのだ。ヴィートもそれにならい蜂蜜をつけたビスケットをかじる。脳に直接染みてくるような甘さがあり、素朴なビスケットの味とよくマッチしている。


 「んー!あっっまいなぁ!これはうまい!」


 「おお確かに甘い!」


 「うむ、甘いな!」


 男三人で茶を飲みながら“甘い!甘い!”と言う図ははたして他人が見たらどう見えるのだろうか……。本人たちは満足そうなのだが。


 しばらくお茶を飲みながら話をしていたら今後、ヴィートがどうするのかに話が及んだ。


 「そう言えば、何で王都に来たんだったか?」


 「俺?武器を買いにだよ。冒険者としていつまでも素手、ってのは恰好がつかないだろ?」


 「それじゃ目標は達成したのですね。これからの予定は?」


 「えーと……元々は領都に行くつもりだったんだ。防具と言えば領都だって聞いてたから。でももう防具買っちゃったしねぇ。」


 「ああ、防具か。確かに領都では魔物の革鎧が有名だがな。このキュッパー以上にうまく加工できるもんはそうおらんぞ。王都で買って正解だったな。」


 「やっぱり?そんな気がしてたんだよなー。」


 「ほっほっほ。そんなに褒めたってお茶しか出ませんよ。お代わりどうぞ。」


 「ありがと。それでこれからどこに行こうか迷ってるんだよね。冒険がしたくて冒険者になったからいろんなとこ見て回ろうかと思ってるんだけど。」


 「そうか。南のマルティック領に行ったらどうだ?港から他国への定期船が出とるぞ。」


 「船か!悪くないね。どの国がおすすめ?」


 「そうだな。冒険者なら一度人類の最前線、大樹海を見に行ってはどうだ?」


 「それって“ノーバート見聞記”に書いてあった?」


 「そうだ。最も巨大な魔物の領域でその奥地は前人未到!夢とロマンとお宝が眠っておる!……相応の危険も眠っとるがな。過去には古代竜がキャンプを襲った事件もあったそうだ。」


 「大樹海って近い?」


 「いや、かなり遠い。海の向こうの大陸に渡り、アロイス剣国を通って南に行く方法か、南東のアルタ商国まで船で渡り、マリバリッジ山脈に沿うように獣人連合国、小国群を抜けていく方法の二つだ。どちらにせよかなり遠いな。」


 「私はネアトリーデ魔国がおすすめです。王国の東にあるエルフの森を南に迂回して北東にいったところです。大体旅程としては一ヶ月程度でしょか。」


 「ネアトリーデ魔国……たまに聞くけどどんな所なの?」


 「技術屋たちの楽園です!魔法の研究を幅広く行っているのでヴィートさんにも収穫があるかもしれませんよ。世界に名高いダンジョン“ティマフェイ大墳墓”がある国でもあります。」


 「へぇ。興味あるな。魔法の研究にダンジョン。」


 「でしょ?ただ寒いのが難点なんですがね。」


 「なるほどなー。ま、一度ゆっくり考えてみるよ。また相談に来るかもしれないから、その時は頼む。」


 一度ローランドと話し合わねばならない。そう考えて話を切り上げた。


 「お、もう出るんか?」


 「ああ。鎧と剣を手に入れたからな。今度ダンジョンの調査に同行する依頼受けてるから、依頼人と話詰めないといけないんだ。それじゃ、ごちそうさま。」


 「お粗末さまでした。いつでも来てください。歓迎しますよ。」


 「たまにはわしの店にも顔を出せよ。」


 「ま、時間が空いたらな。」


 そうして防具屋を出た。


 『それで、さっきの話なんだけど。』


 『ああ、これからどうするか、だな。』


 『ローランド的には異能探ししてほしいんだっけ?どうやって探せばいいの?』


 『私の力が戻ればある程度感知できるようになるのだが……。』


 『つまり今はしらみつぶししかない、って事ね。』


 『うむ……すまん。』


 『いや、しょうがないわな。それじゃひとまず近くから攻めますか。しばらくルート王国内を見て回ろう。』


 『そうだな。』


 そのまま王都錬金術研究所に向かってイドリスと遠征の話を詰める。準備はほとんど済んでいるため明後日の出発に決まった。


 研究所を出てもまだ日は高い。ニコラスに会いにクライグ伯爵家へと向かう。


 最初の面通しの後、一度ニコラスに会いに行っている。流石にそう何度も冒険に出ているわけではないので、前世の昔話やゲームをいくつか語った所、かなり受けが良く目を輝かせていた。特にお気に入りは緑服の勇者が黄金の聖三角をめぐり魔王と戦う伝説だ。


 未だに建物の大きさになれないが、最初に比べると多少はマシな態度で中に入る。門番からメイド、メイドから執事へと取り次がれ、ニコラスの部屋に入る許可を得た。


 「よ、ニコラス。元気?」


 「ヴィートさん!どうしたんですその鎧?」


 「今日はずっと欲しかった剣と鎧をとうとう手に入れたから、自慢しに来たんだ。」


 「うわぁ、すごいです!」


 「ワイバーン革だからあんまり高い奴じゃないけど、強化魔法が通りやすいんだ。俺が強化魔法を使えるから相性抜群、って訳。」


 「魔法を使えるんですか?」


 「ちょっとだけね。メイドさん、室内だけど抜いていいかい?」


 「……私がニコラス様の側で控えさせていただきます。」


 「ま、そりゃそうだわな。大丈夫。じゃ、抜くぞー。」


 金の装飾が入った鞘から透き通った剣を抜く。刀身は部屋に差し込む光を浴びて煌めいている。ニコラスが息を呑む音が聞こえた。


 「それじゃ、魔力を流すぞ。」


 透明だった刀身に根元から色がついていく黒から藍色を挟んで濃い紫色のグラデーションになっている。星々の煌めきの様にちりちりと光が瞬くのが幻想的だ。


 「王都一の鍛冶屋から買ったもので、“宵闇”という。三本の兄弟剣で、他の二本は騎士団と貴族が買い取ったんだと。」


 「……綺麗。」


 「触ってみるかい?」


 「それは人体に影響はないのですか?」


 「えーとなんだったかな。闇の気を発して魔力を食べるって言ってたな。斬らないと力は弱いはずだが。」


 「いけません。ニコラス様に万が一があればどうします!」


 「まぁ、どうするって言われたらどうともできないけど。」


 「ねぇサビーヌ、いいでしょう?ダメ?」


 「いけません。」


 「その剣の光を見るとなんだか体が楽になる気がするんだ。だから、お願い。」


 「……少しだけですよ。」


 「ありがとうサビーヌ。」


 そうしてニコラスはおずおずと剣に手を伸ばした。


 「少しひんやりしてて、なんだか落ち着きます。」


 「なぁ、メイドさん。少しニコラスの身体を診てみても?オリジナルの魔法があるから多少何かわかるかもしれない。」


 「それは……私の一存では許可を出しかねます。一度お嬢様にお話になって下さい。」


 「そうだな。……ニコラス気が済んだかい?」


 「はい。ありがとうございます。」


 「今日は何したい?」


 「そうですね……また、お話が聞きたいです。」


 「そうか。それじゃ今度はこの前の続きから行こうか。王国に平和をもたらした勇者はその後……。」


 その後、日が落ちるまでニコラスに話を聞かせて過ごした。帰り際にオーレレリアが戻ってきており、ニコラスについて聞いてみることにした。


 「ニコラスの身体はどうなんだ?単なる虚弱体質とは思えないんだが。」


 「王都中の医師に診せたのだが原因はわからんとのことだった。だから生まれつき体が弱いのだと思っていたが……。」


 「そこでだ。俺の探査魔法で一度体内を診せてもらえないかと思って。」


 「なるほど。お前のことは信用しているがその魔法が安全なのかどうかは別の問題だ。そうだな……一度治癒院でその魔法を試してもらっていいだろうか?うちのコネを使って場を整えておく。」


 「了解。しばらくダンジョンに行くからその後一度顔を出すよ。」


 「ああ、わかった。以前あれだけ腫れあがった手を一晩で治した秘密に期待させてもらう。」


 「いや……出来るかどうかわかんないから、駄目で元々って考えてて。それじゃ今日は帰るわ。」


 「待っているぞ。またな。」


 クライグ伯爵邸を出ると、すっかり暗くなっている。


 宿に戻ったヴィートは夕食を取り、いつもの魔法修行を行った後にベッドに横になった。

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