擬ギ日記

コオロギ

第1話 アケガタの季節

 弟ができたから至急会いに来るようにと母に言われ、着替える間もなく実家へ向かう。

 出迎えた母はわたしの姿を見て「あら珍しい」と口元を抑えた。

「ヒトの恰好で来るなんて」

「仕事帰りだもん」

「似合ってるわよ」

 いつも通りウルトラな感じのヒーロー姿で母は笑う。母親にそういうことを言われるとなんだか気恥ずかしいけれど、自分も大人になったのだと改めて感じる。

「突然弟なんて言われてびっくりしてるのはこっちなんだけど」

「そうそう、早く上がって」

 招き入れられた家の中で、見慣れないトイプードルの赤ん坊がソファーの上に鎮座していた。彼がわたしの弟なのだろう。真ん丸な黒目がこちらを見上げた。

「目、覚めちゃったのね。この人はあなたのお姉ちゃんよ」

 母がわたしの背後からのぞき込むと、弟はぴこんと尻尾を振り笑顔を見せた。

「どう、可愛いでしょ」

「悪かったね」

「やあねえ、あなたも可愛かったわよ。裏側はまああれだったけど」

「名前、何ていうの」

「モモタロウよ」

 母らしい。

 モモ、とわたしが呼ぶと、弟はわたしに視線を移して首を傾げた。

「お姉ちゃんなあにって」

「初めまして、姉です。よろしく」

 母の通訳にそのまま返事をしたわたしに、『よく分からないからとりあえず笑っておけ』といった風に弟が笑う。

 それを見た母が笑う。

 雰囲気にのまれたわたしが笑う。

 こんな風に笑ってしまうなんてわたしも丸くなったものだと、しみじみと感じる。

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