第23話 おぼろげに

さて、このキツネの娘。どうやら俺のために揉み治療をしてくれる腹積もりらしい。果たして嫌な予感しかしない、とは言ったものの、それはあくまで体裁である。


「では、お客様。どこからお揉みしましょうか」


言われるがままされるがままに押し倒され、しかし不安とは裏腹に多少の期待もあり、心境は至って複雑だった。

理由は単純だ。相手が芙蓉であるということ、そして結局俺も男であったということ。

出で立ちとしては、ソファにうつ伏せに寝そべる俺の背の上に芙蓉がまたがる形となっているわけだが、このシチュエーションがなかなかどうして緊張してしまう。今までならこうはならなかっただろう。しかし今日の一連のこともあり、いつの間にやら俺は芙蓉を『女の子』として意識し始めているらしい。



「えっと。お、お任せ、します。」


「おうけい。任された。」


特に悪あがきすることもなく芙蓉のやりたいようにやらせようと受け入れることにした。


甘かった。甘く見ていた。はっきり言って侮っていた。

芙蓉はその見た目からは想像もできないほど、実は力が強い。街のチンピラをいとも簡単になぎ倒した時のことをよく覚えているが、それだけならただちょっと格闘に強いだけの少女だと思うかもしれない。

 問題はそこではないのだ。あの時、彼女が手に持っていた和傘があっただろう。最近知ったことだが、あれはただの和傘ではない。あれはなんと石で出来ていたのだ。玄関先にほったらかされているのを見て試しに手に取ってみたことがあるのだが、とてもじゃないが片手で振り回せる重さではなかった。その重さはゆうに70kgを超えていた。

 つまりこの娘は、体格のいい成人男性一人を片手でぶん投げることができるぐらい容易い腕力を持ちえているということである。有り体に言ってしまえば『馬鹿力』や『怪力』に該当する。

 加えてこの大雑把な性格。力の加減を間違えて脱臼なんてギャグ漫画にしかなさそうな出来事も有り得そうではないか。実際、この娘は不器用である。雑である。

だからこそ見誤った。この目は節穴だった。人は見かけで判断してはいけないと、今この身を持って再確認させられた。


芙蓉は俺の肩に触れた。凝り固まったところに触れたその手は少女の柔らかさそのものだった。齢200と芙蓉は言ったが、実の年齢がウソのような繊細な指だった。そしてその指使いも、俺の思っていたものとは天と地ほども差があった。


「っふっ…………お、ぉぉぉっ~~…!?」


そこから先は天国だった。思わず声が漏れるほどに、丁寧で巧みな指の動きで石のように硬かった肩こりが揉み解されてゆく。力の入れ具合は絶妙で、少し痛いぐらいなのが、寧ろ心地良いくらいだった。

 親指の腹で円を描くように、時に強く押し、時に拇指球ぼしきゅうとすべての指で包み込むように。そのわざの一つ一つが、まさに神業と呼ぶにふさわしい所業だった。


「おーおー・・・・未成年の体とは思えないくらいガッチガチじゃねえか。可哀想に。どれぐらい酷使してきたのか、触ってみるまでわかんなかったよ」


「そ、そんなに硬い…?」


自分では、なんとなく凝ってるかなあ、と思うくらいでそこまで言われるほどの自覚はなかった。だが芙蓉がそう言うならそのくらいひどかったのだろう。


「こりゃそもそも血行が悪いな。結構長い時間椅子に座ってたりするだろ、良くないぜああいうの。自覚がないのは家事の肉体疲労が上回ってるせいだろうな。あとあまり揉みすぎると筋肉を痛めるから、こうやって・・・・」


「くふぅんっ」


 芙蓉の指は這うように俺の背を蠢き、肩から肩甲骨周り、背中、腰へと徐々に下がりながら体全体をまんべんなく揉みほぐしてゆく。なんだかただそれだけなのに、肉体的な心地よさのみならず心の奥までもがじんわり温まってゆくような気がした。

 ・・・・・・ただ、指の動きが艶めかしいというか、気持ちが良いんだけど、気持ち良すぎて変な声が出てしまうのでそこだけどうにかできないだろうか。


「贅沢な注文だな」


「ですよね。」


「ま、自分で体伸ばすときも気をつけろよ。変にやると神経ヤッちゃったりすることあるし」


さらりと芙蓉は最後に空恐ろしいことを付け加えた。どこぞで聞いたことのあるような情報だが、改めて聞くとゾッとしないものがある。俺は素直にコクリと頷いた。


「というか・・・随分お上手ッスね」


「へへへ、昔にちょっと習ってな」


それから芙蓉は黙々と手を動かした。俺も黙ってその快感を楽しんだ。どこでこんなことを覚えたんだろうとか、そもそもなんだか芙蓉のキャラ違うくない?とか色々とツッコミどころ…もとい疑問に思うことはあるが、それもすぐに至福の海に溶けていってしまった。

 ああ、極楽極楽。なんて、じいさんみたいに呟いてまぶたを閉じる。それを聞いて、くすりと芙蓉は笑った。いつしかそのうち睡魔の波に攫われつつあった。


 ところで、今でこそ生温い泥に溺れているわけではあるが、菜丘蓬には一つの懸念が有った。それ自体は大したものではなく、それ自体には意味もない。それは文字通り蓬の身体に『刻まれた』、例えるなら切り株の年輪のようなものにすぎない。しかし、もしも芙蓉がそれを見たら、彼女はどのような反応を示すだろう。知られて困るものではない。もとより隠すようなものですら無いのだ。事があればその時はその時だと、彼女の良心に甘んじたというのに。

 だからこれは、確信的な不運ともいうべきものかも知れない。


 そんな時、芙蓉がそこに触れた。



(・・・・・ん?なんだこれ。このへん、少しヘコんでる・・・・?)


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