第55話呪われし赤子
「ふたりの命が一度に……か」
痛ましい話にカシアが心を痛めていると、予想に反してルカは首を横に振った。
「ミリアムはね、咄嗟に自分のお腹へ移動魔法をほどこしたのよ。攻撃されぬよう強力な繭みたいな結界を張って、子供ごと移動させたの。せめて子供だけでも生きて欲しいと願ってね」
命をかけて子供を守る……捨てられ子だったカシアには、そんな親の気持ちがよく分からなかった。
ただ、胸の奥にチクチクとした妙な痛みが湧き出てくる。
これはなんだろうとカシアは考えようとしたが、ルカが語る話の続きに気を取られて思考をとめた。
「子供は無事に外へ逃がせたわ。だけど、その魔王は繭から自分たちの身を危険にさらすものが出てくると思ったんだろうね。繭を破壊しようとしたんだろうけど、できなかったから遅延の呪いをかけてしまったんだよ」
長息を吐いて間を空けてから、ルカは話を続ける。
「あたしたちが駆けつけて魔王は倒したけれど、呪いのせいで子供の成長が極端に遅くなっちゃったわ。だから、今もまだ子供は生まれていないんだよ……そこにある繭がそう。子供をその場から移動させることもできなかったから、あたしたちはやむを得ずこの地に住み着いたんだよ。いつ生まれるのか分からない子供の誕生を待つためにね」
ルカがわずかに後ろを向くと、今まで口を閉ざしていたオスワルドが話し出した。
「ただの遅延の呪いならば、解呪することはできたのだがな。あの憎き魔王は、エナージュの杖という特殊な道具を使って強力な術をほどこしたのだ。その杖を使えば、ほぼ素人でも容易く解呪できるのだが、魔王が死ぬ間際にそれをどこかへ転移させてしまった……おかげでこの四十年、私は解呪の方法を見つけるために膨大な時間を費やすことになったが、それでも未だに有効な手段を見つけられぬ」
悔しげにオスワルドは目を細め、両の拳を強く握る。
「なにせ相手は赤子、しかも胎児だ。遅延の呪いに対抗できるだけの力を持った道具や呪法はあるが、力の加減が難しい。加えて繭は強力な結界……より複雑な状態になっている。少しでもしくじれば赤子が消滅するかもしれぬから、賭けに出る訳にもいかん。確実なのはエナージュの杖を使うことだが、肝心の道具は行方知らずだ」
「オレたちも探してはいるが、現物どころか噂さえ見つからないんだ。本当にお手上げ状態だ」
ランクスの声にオスワルドとルカが同時にうなずく。三人の顔は一様に沈痛な面持ちで、どうしようもできない状況を悔しく思っていることが伝わってくる。
ストラント村に住むようになってカシアが気づいたことは、ともに戦う相手ということもあってか住人同士の結束は強い。住人全員がギードの子供が生まれることを心待ちにしていることが容易に想像できる。
実の親に必要とされず捨てられた自分。
親どころか村人たちにも望まれている子供。
その事実を突き付けられ、自分が惨めに思えてならない。ぎゅう、とカシアの胸が締め付けられた。
(チッ、なんでアタシがこんな気分にならなくちゃいけないんだ。面白くない)
奥歯を噛みしめて不快さを堪えていると、不意にある考えがカシアの頭に浮上してきた。
(待てよ? 村の連中がお手上げ状態ってことは、アタシがエナージュの杖を手に入れてガキを生まれさせることができたら、ギードたちを見返せるってことじゃないか。ギードのガキっていうのは気にくわないが、生まれたらアタシの舎弟にして、ギードを悔しがらせてやる)
初めてギードを見返せる道を見つけて心は浮かれそうになるが、場の雰囲気は重いままなのでカシアは己を抑える。なるべく場に合わせて神妙な顔を作り、多くの情報を得ようとルカに尋ねた。
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