第44話魔界の世知辛事情
――十分後――
苛立っていた胸の内が落ち着き、ようやくカシアは攻撃をやめる。
足元には青アザだらけで髪を乱したシャンドが床へ転がり、苦しげにうなっていた。これだけ殴られても意識を失っていないあたり、ザコでもやっぱり魔王らしい。
そんなシャンドの腰を踏みつけると、カシアは目を細めて冷ややかに笑った。
「あースッキリした。気分転換もできたことだし……そろそろトドメを刺してやろうかな」
「早まるでない、娘よ……フム、ここで我が宿願を果たせぬのは不本意だ。どうだろうか、私を見逃してくれるというなら、一族の宝を差し出すぞ?」
こんな状態でも態度が変わらないなんて、コイツ筋金入りの坊ちゃん貴族だ。エミリオも「いいカモ」と言ってたくらいだから、お宝をため込んでいるのは嘘じゃなさそうだな。
内心エミリオに賛同しながら、カシアは踏みつける足に力を込める。
「そんなこと言ってアタシを油断させて、さっさと逃げて宝を渡さないつもりだろう? そんな手に乗ってたまるか」
「己の誇りにかけて絶対に嘘はつかぬ。宿願を果たすためならば、宝を失うことなど容易いことだ」
宝よりも宿願が大事だなんて変わってる。
少し興味を惹かれ、カシアはシャンドに尋ねた。
「アンタの宿願ってなに? 宝よりも大切な物って、自分の命以外に想像がつかないんだけど」
途端にシャンドの空気が重くなり、遠い目をして虚空を見つめた。
「話せば長くなるのだが……種族によって異なるが、我ら魔族は何百年、何千年と生きる者が多い。致命傷を負わなければ、際限なく生き続ける魔王もいる。だから魔界では古参の魔王が領地を支配し続けているのだが、そのおかげで後から生まれた者は一旗揚げることが困難な状況なのだ。幸い、我が一族の歴史は長いが――」
クッ、とシャンドは悔しげに顔をしかめる。
「――つい最近私に代替わりしたが、悔しいことに私はまだ若くて力も未熟だ……今の魔界で、若い魔族の立場は非常に弱い。私のように先祖の遺産を受け継いでも、古参の魔王に力づくで奪われるという始末。そして大半は生きるための糧を稼ぐために、涙を呑んで古参の魔王に頭を下げ、手下に成り下がることが常なのだ。中にはそれすら叶わず、野垂れ死にする者もいるぐらいだ。だから若手の魔王は人間界で一旗揚げようとしているのだ」
うわー……魔界って、すごい世知辛いんだな。
人の世界よりも厳しい年功序列に、思わずカシアは「大変だな」と言葉を漏らす。それを受けてシャンドが大きくうなずいた。
「私がこの現状から抜け出すには、一族の領土を取り戻し、力を誇示する必要がある。そのための足場を人間界に作りたいのだ」
「それでアンタもこっちに出てきてるワケか。で、肝心の宿願っていうのは、自分のものを取り戻したいってことか?」
カシアが問うと、シャンドは横たわったまま強く拳を握った。
「それは通過点に過ぎぬ。我が一族の宿願は、全魔界の頂点に立つこと。しかし一族の寿命は数百年……宿願を果たすには短すぎる。だから我が一族は宿願を代々受け継いでいるのだ。この宿願のためならば、宝など惜しくはない」
言い切ったシャンドの顔をカシアは覗き込む。その濃紫の瞳には、外観にそぐわない熱く燃えたぎる意思が宿っていた。
しばらくカシアは口を閉ざし、腕を組んでうなり出す。
ぱんっ。思い立ったようにカシアは手を叩き、表情を明るくした。
「魔界の頂点に立つにはアンタ弱すぎだ。だから――」
カシアはシャンドから足を退かし、しゃがんで彼の肩を叩いた。
「アタシがアンタに仕事を回して鍛えてやるよ。まあ、要はアタシの舎弟になれってことだ」
妙な提案にシャンドの目は点になる。
「な、なんと、由緒正しき血統の私が、人間の下につけと……なんたる屈辱」
「じゃあ宝が尽きるまで賄賂を贈って、強いヤツから逃げる生活を続けるか? アタシの舎弟になって強くなるのと、どっちが惨めなんだろうね」
この一言がシャンドの顔から嘆きを消し去り、希望の炎を瞳に灯した。
「た、確かに……言われてみればそうかもしれぬ。分かった娘よ、そなたの舎弟になろうではないか!」
どうして舎弟になるヤツのほうが偉そうなんだと呆れたが、満足げにカシアは笑い、肩へ置いた手に魔力を送ってシャンドの傷を癒した。
「娘って呼び方はやめろ。舎弟になったら――」
「言わずとも分かっておる。こういう時には姐さんと呼ぶのだろう? そして最大限に礼儀を尽くす……人間の物書きが執筆した本で読んだことがある」
一体どんな本を読んだんだ? と心の中でつっこみを入れてから、カシアはその場を立つ。
「分かってんじゃねーか、しっかり鍛えてやるよ。あ、先に言っておくけど、ちょっとでも疑わしいマネをしたら、容赦しないからな」
「絶対に姐さんを裏切るような真似はせぬ。私の配下の魔物にもさせぬ。そんな卑怯を働いて生き恥をさらすなど、この私には耐えられん」
一瞬カシアは激しい違和感に眉根を寄せる。
だが、尊大な態度でも自分を立てているのは分かったので、そのことにはなにも触れず「行くぞ」と歩き始めた。
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