レベル203
「ちょっとコレを見てください」
「何だこりゃ?」
「請願書です」
なんの?
もの凄い数の封書で、届け元には様々な町の名前や人名が書かれている。
どれもこれもまったく知らない名前なのだが?
……おめえ、一体何やらかしたんだ?
「別に私の所為じゃないですよ? これらは皆、エクサリーに宛てられたものです」
おいっ、そりゃどういう事だよ!
うちのエクサリーさんにいったい何の用事だよ?
エクサリーに手を出そうとするやちゃあ、生かしておかねぇぜ!
「まあまあ、落ち着いてください。これらは皆、エクサリーの歌声をもう一度聞きたいと届けられた書類達です」
ふむ?
そういやエクサリーはオレが居ない間、世界中で歌声を響かせていたんだっけか?
その歌声に感動した人達から、今一度、自分達の町へ来てくれないかと嘆願があったらしい。
しかしながら、グランドピアノのセレナーデさんはカユサルの音楽活動復帰もあり、中々時間を合わせる事が出来ない。
ギターでバラードも中々いいが、ピアノの旋律とはまったく別物で、それを望んでいるお客さんに満足してもらえるかは微妙なところだ。
モンスターの素材で作ったレプリカもあるにはあるが、でかくで運搬に支障があったりする。
そんなところへ、ピアノと同じ機能を果たせる、シンセサイザーが登場したわけだ。
「なるほど、ローゼマリアにキーボードを弾かせる訳か」
「はい、それでカユサル様にローゼマリアに指導をお願いした訳です」
「しかしコレ、全部回るとなるとかなりの時間がかかるだろう」
というかこの数、あの三ヶ月で全部回ったのか?
「それは時空魔法・極を持つエフィール姫のおかげですね」
新都市サンフレア。
旧サンムーンを改良して作られた新しい都市。
そこの太守をする事になったエフィールさん、自分のスキルを生かして都市内部に無数の転移魔法陣を作り上げたのだと。
人類の最西端に位置する聖皇国の飛び地。
人を集めるには移動手段が一番の問題である。
幸い自分には時空魔法のスキルがあり、古代王国の遺産の中に転移魔法陣を強化する魔道具もあった。
サンフレアを中心として様々な国に行き来できるようにして、人を集め、経済を強化しようとしたらしい。
あれだな、所謂、ハブ空港って感じだな。
エクサリーの歌をダシに、各国の主要都市と契約を結び、世界数十ヶ国に行くそれぞれの魔法陣を設置できたようだ。
「色々やってんなあ……まあ、ツアー自体に反対はない、が」
どうするアイツラ、出てこないぞ。
防音室の前で、カユサルの部下らしき人が呼びかけているが反応がない。
シンセを欲しがって、ローゼマリアとバトルを始めたカユサル。
そのうち、なかなかやるな、おぬしもなっ。などと意気投合して、防音室に閉じこもってしまわれた。
もうかれこれ、三日ほど出てきていない。
ローゼマリアはともかく、カユサルの奴は生きているのだろうか?
「ねえクイーズ、私も、望まれているなら歌ってみたい」
エクサリーがそう言ってくる。
仕方ない。
『出でよ! シンセサイザー!』
うん、没収ね。
ちょっとキミ達、頭冷やしなさい。
カユサル、お前仕事あるんだろ? さっさと帰れ。
「そんな! 横暴です師匠!」
「そうじゃ、そうじゃっ!」
「先にやる事やれ。ローゼマリア、お前もあのワイバーンゾンビの面倒みろよ」
毎日オレがブラシ掛けしてやってるんだぞ。
お前が拾ってきたんだろか!
不満そうな顔をしながらもワイバーンゾンビの元へ向かう。
「ところでカユサル様、ローゼマリアは使い物になりそうですか?」
「ああ、あの、鍵盤が光る奴か? あれをすれば問題はなさそうだ。しかし、それなしだとまだまだ修練が必要だな」
「グランドピアノほどの音色はでないでしょうが、その代わり、お坊ちゃまの音楽があれば十分ですかね」
そのうち、外でローゼマリアの悲鳴が聞こえる。
「どうした?」
「コヤツ、まったくわらわの言う事を聞かんのじゃっ!」
外に出ると、ワイバーンゾンビに啄ばまれているローゼマリアが居た。
そのワイバーンゾンビ、オレを見るとスリスリと顔を寄せてくる。
この三日ですっかり懐いてしまったようだ。
「ちゃんと世話をしないからだろ?」
「わらわの眷属じゃろ? ならばわらわの言う事を聞くのは当然なのじゃっ! いだっ、やめっ! いだだだ、すいません、わらわが悪うございましたっ」
弱いなローゼマリア……生まれたてのワイバーンゾンビにすら負けるなんて。
◇◆◇◆◇◆◇◆
凄いな……
ローゼマリアの演奏に合わせて、エクサリーの歌声が響く。
音の世界から戻ってきた日にも聞いたが、本当に、心を締めつけるいい歌声だ。
そんなエクサリーの歌声を聞こうと、近隣の村からも続々と人が集ってくる。
最初は何が始まるんだろうとガヤガヤ騒いでいた人達も、歌が始まれば静まりかえっていく。
エクサリーの声を、歌を聞いて、誰もが安らかな顔をしている。
それは曲が進むにつれて、ますます顕著なものになっていく。
エクサリーの声に合わせて人が波のように揺らめく。
人々は皆、陶酔した顔でエクサリーを見ている。
これがユーオリ様が言っていた、声で世界を支配するということなのか?
今確かに、エクサリーの声は、ここにいる人々を支配している。
何だか少し、エクサリーを遠くに感じてしまう。
「私もね、時々そう思うことがあるの。だから私は歌う、この歌が、あなたと私をつなぐ音の懸け橋になるように」
そう言って微笑むエクサリーの姿に、心の底から感動を覚える。
エクサリーは成長したな……オレだって、何時までもヤキモチを焼いているだけじゃダメなんだ。
よし! 聴かせてやろう、このエクサリーに相応しいと誰もが思う、オレの音楽を!
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