第84話 地下鉄サリン事件
「知れば知るほどひどい組織ね。」
「あの尊師とかいう男、捻り潰してええやろか。」
「我慢して。あいつは、情報を集める上で有用だから。」
銀孤と愛はこそこそと話をしていた。
二人はオウム真○教に潜入している。
色々と大変だった。
やばそうな薬を渡されては修行だから飲めと言われるわ、左道タントライニシエーションと称して性行為を強制されるわ散々だった。
どちらも物理的に潰したが、その結果、尊師と呼ばれる男は警察の介入を疑い始めている。
見張りや密告を行わせ、教団内部に疑心暗鬼が広がっていた。
「ちょっとやりすぎたかもね⋯⋯。」
愛は反省していた。
興味本位で近づいていいものではなかったようだ。
洗脳してるし、拷問してるし、変な薬物を作っているみたいだし。
どう考えてもやばい組織だ。
証拠を押さえたら、警察に任せた方がいい気がしてくる。
だが、指導者の男が自慢げに話していた事によると、警察内部にも信者がいるらしい。
下手に伝えても握りつぶされる可能性がある。
愛は迷っていた。
抜け出すか、このまま残るかである。
情報に関してはこちらにいた方がいいが、そろそろ勘づかれている可能性がある。
指導者の男はともかく、その周りにいる幹部たちはかなり優秀だ。
油断して捕まってしまったら目も当てられない。
愛は決断した。
情報は独自に集めつつ、銀孤との連絡を取れるようにする。
彼女は一旦、教団から離れた。
追っ手が差し向けられたが、やり過ごすことなど愛にとって造作もない。
呪術「変化」で体を変えられる銀孤はまだ潜入を続けるようだ。
バレても変化すれば大丈夫である。
ギリギリの綱渡りだが、まだ疑われはしなかった。
むしろ密告情報が錯綜して、さらなる不安を産む始末である。
指導者の男は我慢できなくなった。
松本にサリンを撒いたあと、警察の捜査は厳しくなっている。
強制捜査が入るのも時間の問題だ。
教団の中の謎の人物の噂も彼の不安を増幅させた。
捜査の混乱を目論むことにした。
地下鉄に毒ガスを撒くのだ。
パニックを起こせば、警察も捜査する能力はなくなるだろう。
無論そんなことはないのだが、今の彼に正常な判断力はなかった。
幹部の一人に実行の指示を出す。
三月十八日のことだった。
幹部はさらに、実行役を集めた。五人である。
5つの地下鉄に撒く計画だった。
その中の一人に銀孤が化けていた。
指示を聞く振りをしながら愛に連絡を取る。
小太郎、輝夜、愛、将門の四人が、迎え撃つことになった。
あらかじめ、阻止することもできるが、その場合、教団は言い逃れの道を見つけるだろう。
実行するところを押さえるのが一番いいという判断だった。
警察にタレコミをして、見張ってもらう。
将門の重い声が役に立った。
深刻な調子に子供のいたずらとも思えなかったのだろう。
各駅に見張りがたてられる。
銀孤の連絡が来た。それぞれの入場駅が告げられる。
さらに、服装の情報も。
マスクをつけ、ビニール傘を持っているという怪しい格好らしい。
毒物を持っていることは確かだ。危ない。
とはいえ、大和杉の愉快な仲間たちに捕捉された以上、もうこの計画が成功することはあり得なかった。
千代田線(代々木上原行)車内。
「技能派生「単体麻痺付与」」
小太郎の言葉で男は痺れてしまった。
危なげなく、警官に引き渡す。毒ガスも確認され、警察内にさらなる緊張が走った。
小太郎は、隙をみて逃げ出した。
多分、捕捉されてるとは思う。紅毛碧眼は目立つ。
有名企業の社長と結びつけて考える人は流石にいないだろうが。
丸ノ内線(荻窪行)車内。
「技能「全体麻痺付与上級」」
輝夜の言葉でそこにいた全員痺れた。まだ単体麻痺付与はできていないらしい。
謎の怪現象に誰もが驚く。
ついでに、とんでもない美少女が怪しげな男の手を捻って確保した。
乗客の心は一つになった。ああ、映画の撮影なんだなと。
カメラが見当たらないのには気づかないふりをするのだった。
こちらも、少しだけトラブルはあったが、無事に確保に成功するのだった。
日比谷線(東武動物公園行)車内。
ここは愛が守っている。
小太郎と輝夜は麻痺付与があったため、安全だった。
だが、愛にはその技能はない。
満員電車の中、動くのも困難な状況。
一番危ないのは愛かもしれない。
とはいえ、愛も1000年以上第一線で戦ってきた人物だ。
この程度で止められるはずがない。
出入り口付近に立つ、実行役の男のそばににじり寄る。
電車が恵比寿駅に到着した。
男は、自らの持っている袋を傘で刺そうとした。
これが噂の薬物だろう。
そんな簡単な手段で撒くとは思わなかった。
愛は、驚いてしまう。
とはいえ、ためらう必要はない。
技能「房中術」を使用して、触るだけで腰砕けにした。
急に力が入らなくなった男は戸惑い、手に力を込めるが、傘を押すこともできない。
そのうちドアが開き、彼は押し出された。
もちろん愛が、巧みに体を操っている。
袋は割れず、彼も動けない。
こうして、この車両でもサリン事件は未然に防がれた。
日比谷線(中目黒行)車内。
ここは将門が担当していた。
彼の持つ技能で現実世界に効果があるのは軍勢召喚のみだ。
ゾンビなので死ぬことはないだろうが、阻止するのは難しい。
そこで、将門は驚きの方法を考え出した。
犯人が乗り込んだ車両を自分の召喚した軍勢で埋めたのである。
当然、乗り込んでいた人々は不審に思ったが、将門の軍勢は一騎当千のツワモノばかり。
端的に言って恐ろしげな顔と体をしている。
聞けるような勇気のある人物は存在しなかった。
こうして、擬似的に満員電車を作り出す。
通勤するはずの客も、その凄まじい乗車率を目にして諦めた。
もともと一人なのに。迷惑である。
サリンのことでいっぱいいっぱいだった実行役の男は、車内の様子に気づかなかった。
秋葉原駅にて散布を開始しようとした。だが、周りの乗客に取り押さえられてしまう。
全員将門の軍勢だ。
周り全員がなぜか自分を狙ってくる状況はかなりホラーだったようだが、自業自得である。
少しだけサリンは漏れ出したが、将門には効果がなかった。
確保に成功する。
こうして、前代未聞の化学テロ。地下鉄サリン事件は未然に防がれたのであった。
実行役の男たちは自供した。
随分前から怪しまれていたオウム真○教についに本格的な捜査の手が伸びる。
常軌を逸した行動が判明し、サリンを撒くように指示したのが、指導者の男だったことも判明した。
オウム真○教の幹部たちは軒並み逮捕されることとなった。
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