目指せ樹高634m! 〜杉に転生した俺は歴史を眺めて育つ〜

石化

第1話 転生したら木だった件

 喚声と怒号が飛び交っている。


  眼下の戦いを見下ろしながら、俺は身動き一つできなかった。




「新皇様万歳!!!!」


 戦乱の狂騒は燃え上がる。


  関八州を支配下に収め、朝廷に仇為そうとする平将門たいらのまさかど

 彼を大将にした軍勢は俺の住処のすぐ下に陣を構えた。

 何考えてるんだ。


 不味まずいとはわかっていたが、俺にそれを止める手段は皆無だった。


 新皇討伐の勅命を受けた俵藤太たわらとうたこと、藤原秀郷ふじわらのひでさとの大軍が囲む。そんな状況になっても俺は何の動きも取れない。


「放てー!!!」




 ひゅーん

 ひゅーんひゅーん

 ひゅーんひゅーんひゅーん


 初めは一つだった火矢はその数をどんどん増やしていった。



 着弾。


 それ一つの火種は弱くても、なんども重なるとぱちぱちと炎が弾け始める。

 軍勢が俺の周りに食料を積んでいたのだ。燃料を得て炎は勢いを増す。


 どうしようもなく熱い。メラメラと炎が舞い上がり、俺の体を包んで燃やしている。


 焼き討ちなんてものを実際に体験するとは思わなかった。



 火は体を舐め、俺を構成する要素が一つずつ炭化していく。


 燃えて消えて無くなって、これまで積み上げて来たものが灰になる。


 必死に伸ばした寿命も高さもすべてを失って、俺は倒れる。

 バリバリと。雷様のように高所から。巨大な破壊音を伴って。


 そうして、俺=200mの高さまで成長した世界一の大木は倒壊した。






 ●


 未だに体を包む熱が引かない。


 大きく大きく成長した俺を傷つける存在など、ここ3000年は存在しなかった。

 その最後の記憶が焔に焼かれるものなのだから俺が幻の熱を感じているのも頷ける。


 というか、俺は確実に二回目の死を経験したはず。




 なぜまだ意識があるんだ。ひょっとしてあれか。死に戻りというやつか。




  木が死に戻りして何になるんだろう。俺はそういう根本的なところを問いただしたかった。


「おうおう。戻ってきやがったか。俺の言いつけさえ守れないなんざ助けてやった意味はなかったなあ、おい!」




  ひどく攻撃的な言葉が俺に向かって投げつけられた。

  イラっとした。何でこいつはこんなに偉そうなんだ。


 正直3000年であのレベルの巨木になったのは褒められていいと思うんだが。行動できない木の分際で他者による介入を防げるわけないだろ。


 ばかだなあ、全く。


  俺はそちらに意識を向けた。




「あん?  何だよその反抗的な目は。」




 長い藍色の髪に豪華な花飾り、着物は着流しでゆらゆらと揺れ、帯の結びは複雑怪奇な美しさ。


 総じて優美という言葉が似合う美人が俺を見ていた。




 その目は他の全てを裏切ってギラギラと乱暴な光を宿している。


 端的に言って目つきが悪い。ついでに言うと口も悪い。


 俺にあんな無茶ぶりをさせおってからに。許さんけんのう。


 っと、こっちも同じように口が悪くなる。悪循環すぎてやめたい。



 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯




 あれはひどく暑い夏の日だった。




 まだ俺も木なんて面妖なものじゃなかった。


  普通の林学校出の職員で、とある神社の境内の曰く付きの木を伐採するか何だかで集められていた。


  まあ、俺は祟りなんて信じていなかったし、仲間たちも「だりー」とか「あちー」とか適当にグダを巻いていた。


  神社なんてそんなもんだ。伊勢神宮には本当に神様がいるみたいな噂、誰が信じるんだ。


  しかもこんな神社、鳥居の表札すら剥げて読めなかったぞ。




 だが、そう言ってられなくなった。あんなことが起こってしまったから。

  どうにもその噂は本当だったらしい。


 俺が操作していた高性能林業作業機械(正式名称は知らない)の方にその御神木だかなんだかが倒れてきてガラスを貫いて、ついでに俺まで貫いた。


 あの痛烈で鮮烈な痛みは忘れようとしても忘れられるもんじゃない。


 


  そして、気がついたらこの不思議空間にいた。自分の手足が空間に溶けてふわふわと意識だけで漂っている感覚だ。


 何度も経験したいもんじゃない。むしろもう二度とごめんだ。回想してる場合じゃないのではないだろうか。



 そして、そこにはこの女がいた。神様だとか名乗った。異世界転生だと思った。思ったんだよ。そう口に出したのが間違いだった。




「はあ? まだそんなこと夢見てんのか。お前は俺の庭を、俺の崇高な子供を切り倒したんだぞ。誰がそんな面倒なことするかばか。」




 鈴の音のように綺麗な声で、そんな暴言を吐かれた。



 ひどいやつだ。名前を聞く気も失せた。もうどうにでもなれと、そんな心持ちで俺は無言を貫いた。


「あん、なんだよ。シカトかよ。俺を前に随分えらくなったなあ、おい。」


 そして、こう、この神様っぽい人はめんどくさい。どうにもこちらを気遣うという思考回路が欠如しているみたいだった。




  一方的に押し付けられた条件を整理すると、こうなる。

 近頃、建築物を司る神様が増長していてうざい。

 だから、この日本で一番高い建物を超える木を作ることになった。


 お前は木に転生してそれを成し遂げてこい。そしたら生き返らせてやらんこともない。



 私怨だった。シンプルだった。そして、復活を確約しているわけでもない外道だった。思えば俺はここで実家に帰らせてもらいますとでも言っておけば良かったんじゃないだろうか。


  だが、俺には未練があった。


  冬コミに初参加することになっていたし、最後まで読み終えていない漫画もエロゲも家に積んであるし、今日のガチャ更新で欲しいキャラが来るはずだし、何より童貞だし。


  やり足りなかったのだ。なんてったって俺は花の20歳だ。

 これから先色々な可能性が残っているに違いない。


 だから、生き返る可能性を追いかけることにしたんだ。木という生き物になるということがどういうことなのかを想像することもなく⋯⋯。

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