第五章 其の心、影に揺らされ―3
「ファバの葉を使ったか」
ヨギの報告に、エルレクは難しい顔で側近を見返す。
「……それほどに錯乱しておりましたので」
「そうなのだろうな」
先ほどの当の少年との会話で、思い知った。
アークは思いの外、アリムの心に染み付いている。
「最後に……母の名を呼んでおりましたが」
ヨギはつぶやく。
エルレクはにやりと笑った。
「それでいい。あの子はあの森にしがみつく存在でいればいい」
それで、と彼は話を促す。
「当の森はどうなった?」
「……“メラン”の言葉は本当でした」
ヨギは静かにそう言った。「風の精霊に報告させました。あの森に限界が近づいております」
「なぜだ!」
「結界が」
結界が一部もろくなっております――とヨギは言う。
「どこの部分だ?」
「川です。川がちょうど森から流れだすあたりで。そして」
ヨギは背筋を伸ばした。「その川から、
「なに……」
エルレクは呆然とヨギの無表情な顔を見上げる。
「そんな馬鹿な……! あの森にハイマが発生する可能性などゼロに近いというのに……!」
「ですが、事実発生しております、支部長」
「……分かった」
エルレクはトントンと机を太い指先で叩いた。
目を閉じ、眉間にしわをよせ。
そして――やがて半眼に瞼をあげる。
「今が好機だ。長年の夢……今が叶うとき」
「そう、おっしゃられると思っておりました」
ヨギはそっと腰を折る。
すべてを了解したと、その意思を伝える行為だった。
■□■□■
白いローブに身を包んだ教会員は三十を超える人数でアリムの森へ――“常若の森”へと進む。
先頭に立つはヨギ・エルディオス――
すでに森の周囲はほとんど調査済みだった。どこが森に唯一流れている川の出入り口かは知っている。
その箇所へ向かって、一団は進む。
「……風精は結界全体がもう限界に近いと言っていたが……」
そこまで弱まっている様子はないな、とヨギはつぶやいた。
あと五百メートルほど先というところになって、彼は軽く目を細める。
と、
「―――!」
ヨギは一団の歩を制した。
「待て。……皆、動くな」
他の協会の者たちは、意味が分からずきょとんとしたままヨギの命に従う。
ヨギの遠くまでよく見える目に――
目的地の場所にいる、ひとりの青年の姿が映っていた。
「――先に来ていたか」
冷たく言い放つ。どうりで風精が伝えてきた『今にも森の結界すべてが壊れそう』という言葉が当てはまらないわけだ。
……あの青年ならば、結界の張り直しも容易だろう。
青年は、ただそこにただずんでいる。おそらくこちらの一団の様子を見ている。
協会員たちがそこへたどりつくのを待っている。
ヨギは薄く笑った。そして、
「行くぞ」
全員を促した。
協会の一団がこちらへ向かって一直線に歩いてくる――
アークは舌打ちした。自分がいることを知っていてそれでもくるか。よほどの決意か。何か策があるか。
ふと一団の先頭にいる人間を遠目に見つめる。
そして目を見張った。――あの男は。
アークは頬を引きつらせた。
「よくよく縁があることだ……」
「それはこちらのセリフです」
長身の男は、アークの前までやってきて立ち止まった。
「覆面はどうした?」
アークは唇の端をつりあげて問う。
ざわり、と一団の背後にいる者たちがざわめいた。
「……素顔を知らない連中まで連れてきたか」
「素顔というならこちらですので」
「ふん。言葉の揚げ足とりってな」
軽い言葉の応酬。それからアークは言った。
「ここから結界を崩そうとしても無駄だ。今張りなおした――ハイマを放置した貴様らにこの森を汚させるものか」
「……放置したわけではない。現に今、ハイマを処分しにこうしてやってきたのですから」
「遅すぎるんだよ…!」
アークは声をきしらせた。「遅すぎにもほどがある! 六日も経っているんだぞ……! おまけに昨日には貴様ら協会は放置を一度決定したというじゃないか。ずいぶんとごたごたと、いったい何をしてるんだよ、ああ!?」
「――六日だと……?」
ヨギの冷静な声が、初めて揺らいだ。
「六日だと? 妖精が生まれてから六日も経っているというのですか?」
「何を――」
アークは目を見開いて目の前の男を注視する。
「何を今さら――! お前たちは知っていて無視したんだろうが!」
「―――」
ヨギはぎり、と小さく歯ぎしりをした。
そして、
「――結界を再び崩させて頂く」
片手を挙げた。
彼の後ろにいた協会員たちが、一斉に手をかかげた。
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