第二章 其れはやさしき心の憂鬱―1
それはとてもたくさんの力を秘めた石だ。魔力を秘めていたり、回復の力を秘めていたりと需要は高い。
それを作れる光珠錬成師が極端に少ないため、自然と光珠希少価値も高くなる。
つまりは、手に入れて売ると高い――ということだ。
晶光珠を作るには二つの方法がある。
文字通り、光珠錬成師に作成を頼む方法。
そしてもうひとつは――
(精霊を犠牲にして作ること)
「――よし、捕まえたか」
「万事、問題ありませんよ」
――二人の人間の声がする。
アークは太い木の陰から、それを冷えた目つきで見ていた。
人間たちは晶光珠の中でもレベルの高い、“捕獲”と呼ばれる石を持っている。
それを使えば――
「捕まえたのは地の精霊か?」
「そうですね。でも三匹もいますよ、元は取れるでしょう」
「地は一番安いんだがな……仕方ない」
――そう、精霊を捕らえることができるのだ。
この世には、五種類の属性の精霊がいる。
そして――
それぞれの属性には色んな特徴がある。生息する場所もそもそも違う。
地の精霊はそのまま、大地にならばどこにでもいるのが特徴だ。たとえば海や湖といった、水の精霊の領域でなければ大方の場所には存在する。
地の精霊は、ずんぐりむっくりとした小人の姿をとるものが多い。
何より――地の精霊は、人間でも触ることができる。
もちろん制約はある。それは地の精霊を知覚できる人間のみだ。
そう。
すべての人間が、すべての精霊を見られるわけではない。
ましてやその声が聞こえたりするわけではない。
人間によって違うのだ。たとえばある人間は地精霊だけが見える。ある人間は地精霊と火精霊が見える。見えるだけで話はできない。しかし別の人間は風精霊と話ができる。
人間と精霊との間には、そんな境界があった。
共存している――と言えば、しているのかもしれない、が。
とりわけ人間と触れ合うことのできる地精霊は、人間と仲がいいことも多い。あちこちに当たり前のようにいるので、地精霊が見える人間の場合は、見えない人間よりも人口が倍増しているかのように世界が見えるだろう。
同時に――
(……一番人間の被害に遭いやすいのも、
アークは唇を噛んだ。
“捕獲”の光珠で地精霊を三体捕まえた人間二人組みが、それで仕事を終えたとばかりに林の中から、街に向かって歩きだす。
アークはひゅっとナイフを放った。
ぎゃっ、と悲鳴があがった。光珠を持っていた人間の、その腕にナイフが突き刺さる。
「誰だ!?」
アークは問いかけを無視してさらにナイフを投げ続ける。
矢のように飛んでくるナイフを、二人の人間が避け続けるのは至難の業だった。
二人はうまく急所だけをはずされて次々とあちこちの服を切り裂かれ、肌を薄く傷つけられ、
「――くそっ!」
唾を吐き捨てた。
「命が惜しけりゃ光珠を置いて帰れよ」
アークはナイフをもてあそびながら木の陰で声をあげる。
二人の人間は目を見張った――
「まさか――アークか!?」
「死にたいか?」
「……く……っ」
男たちは口惜しそうに奥歯をきしらせてから、お互いの視線を見交わし光珠を地面に放り出したままその場から逃げ出した。
「やれやれ。名前が売れるとたまにはいいことあるな」
アークはようやく木の陰から姿を現す。
何をやるにもどこかの陰に身を隠しながらやるのは、彼の癖だった。特に意味はない。気がついたらそういう習性が身についていたのだ――物心ついたころから。
林の中を足早に歩む。
そして、転がっていた光珠を拾い上げた。
中に封じられた三体の精霊の気配が、痛々しくアークに伝わってくる。
「……今、助けてやるからな……」
道具袋から取り出したのは――
こちらも晶光珠――“解放”。
“捕獲”より小さめのそれを、“捕獲”にこんと打ち合わせると、それだけで“捕獲”の石は砕け散った。
そして――
三体の精霊が、ぴょんとその場に降り立った。
「無事か? 怪我はないか?」
アークは優しい目をして精霊たちの頭を撫でる。
地精霊の、若い連中だった。ぐりぐり頭を撫でてやると、嬉しそうに笑った。――地精霊は頭を撫でられるのが好きな性質がある。ゆえに自分から、人間に関わろうとする者も多い。
地精霊たちはアークに向かって、丁寧に頭をさげた。
「人間にはああいうのが多いから、気をつけて」
アークはもう一度三体の精霊の頭を撫でてから、精霊たちが自分の持ち場へ戻っていくのを見送った。
「………」
空を見上げる。
今日は……空があまりきれいではない。
――明日は雨だよ。
伝えてきたのは、風の精霊だった。
「雨か……」
アークは目を細めて空を見上げ、そしてひとりの少年を思い出した。
茶色の髪をした、森に住む少年――
「そろそろ食料尽きる頃だと思うんだけどな……」
ちゃんと森を出ようとしてるか? と誰にともなく尋ねる。
――大丈夫だよ。
返答があった。
風の精霊の、独特の歌うような声に、アークはほっとした。
「そうか……」
無事、街まで出て来いよ。
アリム――
口の中で小さく囁いて、そしてアークは次の仕事の気配をさがすため、意識を切り替えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます