今、愛される時

 マルぼんが寝ていると、ヒロシ……ではなくてナウマン象が泣きながら部屋に入ってきました。



 理由を尋ねてみると、なんとナウマン象を「悪魔崇拝者」「家の周りのドブでフナが大量に死んでいた」「好物は幼児の足の裏の皮」などと中傷するビラが町中に貼られていたというのです。



 深く傷ついたナウマン象は、マルぼんに犯人を見つけ出すように依頼してきました。



 幸いにもマルぼんは、未来の世界を出発する時に「ひょっとしたら、21世紀でナウマン象という名前の少年が中傷ビラで苦しめられているかもしれない」と思って、21世紀到着と同時に町中3800ヶ所に監視カメラを設置していたので、犯人捜索は容易にできました。



 マルぼんとナウマン象は、さっそく監視カメラの映像をチェックしました。



<以下、監視カメラの映像>



男「あ、山本さん。こんばんは」


女「あら、こんばんは。今夜も寒いですねえ~」


男「ええ。なんでこんな寒い中、中傷ビラなんか貼らないといけないんだと思いますよ」


女「仕方ないですよ~町内会の役なんですから~」


男「そうですね。がんばりましょう」



他の人たち「お2人さん、こんばんは」


男「ああ。みなさん。こんばんは、よし。がんばりましょう」


女「今夜中に、町中に貼らないといけませんね」



<以上、監視カメラの映像>



 ナウマン象中傷ビラ事件の犯人は、町全体でした。



ナウマン象「うちのオヤジも映ってた」




 そして



「愛されたいの! アタシは愛されたいの!」



 町中の人々(含む、親)に中傷ビラを貼られたショックで、思わず精神が女性化してしまったナウマン象の悲痛な叫びが、部屋に響き渡りました。



「愛されてるって。ナウマン象はみんなに愛されてるって」



 そう言ってナウマン象を慰めているのは、部屋の主であるヒロシです。



「ホント? ホントにアタシは愛されている? 答えて。答えてよ、ヒロシお兄ちゃん!」



「お兄ちゃんとか呼ぶな! 尊い命を奪うぞテメー」



「アタシを見て! アタシを愛して! ヒロシお兄ちゃん!」



「よ、よるな! よるなぁ! ズボンを脱ぐな脱がすなー! いやー! いやぁぁぁぁぁぁぁ!」



 いいかげんヒロシの貞操も危なくなってきたので、マルぼんはナウマン象を町のみなさんから愛される存在にするべく、人肌脱ぐ事にしたのです。



 愛される存在といえば、マンガのキャラクター。特に子供向けのキャラクターの方がよいはず。



 マルぼんは、古今東西あらゆる子供向け作品を研究し、ナウマン象に最も適したキャラクターを探すことにしましたんで、色々と調べた結果、マルぼんはナウマン象の頭をパン(取り替え可能)に改造しました。



 ナウマン象はこれから、毎日のように町を徘徊し、お腹をへらしている人を見つけたら顔のパンを提供するという、マザーテレサのような慈善活動を行なうのです。



 これなら、キャラクター性+みんなの感謝の心で、ナウマン象の愛され度もうなぎ上りのはず。



 マルぼんは改造ナウマン象を連れて町へと飛び出しました。



 少し歩くと「腹減った~」と呟いている太くんと遭遇。



ナウマン象「僕の顔をお食べ」



 太くんの前に飛び出したナウマン象は、自分の頭を掴むと、そのまま力まかせに角の部分(パン)を引きちぎりました。



 べチャ。



 切断面から噴出す赤い液体(注・イチゴジャム)が、目の前の太くんを赤く染めます。



ナウマン象「食え! 俺の顔を、食え! 食え! 食え!  食え! 食え! 食え! 食え! 食え! 食え! 食え! 食え! 食え! 食え! 食え! 食え! 食え! 食え! 食え! 食え! 食え! 食え! 召し上がれ♪」



 切断した自分の頭(パン)を、いやがる太くんの口に無理矢理詰め込みながら、ナウマン象が叫びました。



 ナウマン象も、これでみんなの人気者です。マルぼんはナウマン象を連れて町を徘徊し、腹を空かせた子供たちや、公園で暮らす生涯アウトドア主義者の方々に頭パンを配りまくりました。



 改造の副作用で、頭パンが少しでも欠けたり汚れたり濡れたりしたらナウマン象は瀕死になってしまうので、大変な作業でしたが、すべては愛されるキャラクター作りのためで、やりがいのある仕事でした。



 半日くらい配り歩いて「そろそろ、みんなからの感謝の声が山のように届いているのでは?」とドキドキしながら戻ってみると、届いていたのは感謝の声ではなく「息子の下痢が止まらない」「血便でた」「おしっこが虹色になった」といった苦情や、保険所からの警告ばかり。



 愛されるため、愛に殉じるために己の体を改造したナウマン象はショックが大きく、半狂乱の状態。



ヒロシ「ナウマン象が愛されないのは、町のみんなが幸せじゃないからだと思う」



 途方にくれていたマルぼんに、ヒロシが話しかけてきました。



ヒロシ「みんな幸せじゃないから、他の人を愛せないんだ。みんな幸せになったら、ナウマン象だって愛することができるはずだ」



 またルナちゃんに何か吹き込まれたのかと思ったんですけど、そうではないようです。



ヒロシ「ナウマン象の頭パンを、食べた人が幸せになるパンにすればいいんだよ」



 しあわせにするパンと言われても……マルぼんはそんなものを作る技術はカケラもありません。



ヒロシ「大丈夫。大丈夫。さっき、インターネットで注文した『服用した人が幸せになれるキノコ』が届いたんだ。こいつをパンに入れれば……フフフ……みんなに幸せに……エヘへ……エヘ…エヘへ」



 既にキノコを服用したと言うヒロシは、目があさっての方向を向いていたり、ヨダレをダラダラ流したり、

手をブンブン振り回したりと、えらく幸せそうな様子です。



『空を飛んだ気分になる薬』と違って非合法ではないようなので、これを使ってみるのもいいかもしれないとマルぼんは思いました。 



「ゲヘへ」「ウヒウヒヒ」「ピーピピピプペポー」



『服用した人が幸せになれるキノコ』をオニのようにぶち込んだナウマン象の新生頭パンを食べた人たちが、それはそれは楽しそうに笑ったり、踊ったり、他の人には見えない妖精さんを追いかけたりしています。



「俺がみんなを幸せにできた……俺には愛される資格があるんだ!」と、ナウマン象も感慨深げです。



 ナウマン象の愛を求める旅も、どうやらこれで幕を閉じそうですね。



「ウヘへ」「ハヒ……ハヒヒ」「ピーピピピプペポー」



 パンを食った人々が、ナウマン象に近づいてきました。どうやら、もっとパンを食べたいようです。



「まてまて。新しいパンは今作って……おい。頭以外はパンじゃないんだ。噛むなよ、おい」



 徒党を組んで、ナウマン象に襲いかかる一同。



「いて、いてて! やめろ! そこはパンじゃない! やめ、やめて……うわ、うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」



 しばらくすると、ナウマン象の絶叫も幸せに酔う人々の笑い声も聞こえなくなりました。



 ナウマン象。誰よりも愛深き故に、愛に殉じた男。



 マルぼんは彼のことを一生忘れないでしょう(今回の件は明日にでも忘れます)





 幸いにも命を取り留めたナウマン象でしたが、町には「ナウマン象は死んだ」と誤った情報が伝わり、町にはその死を嘆く声が溢れかえりました。



 マルぼんの力なんて頼るまでもなく、ナウマン象はみんなに愛されていたのです。



 マルぼんは嘆く人々に「ナウマン象は生きているよ」と教えてあげました。



 すると皆さん、態度が一変して「生きてるの?」「嘘ぉ……マジでぇ」と露骨に嫌な顔。



 慌てたマルぼんはつい「こ、心の中で生きているって意味だよ」と大嘘をついてしまいました。



「心の中ならいいんだ」「よし。ナウマン象の分まで生きるぞ」と安心した様子の一同。



 こうしてナウマン象は、21世紀の日本ではなく、皆の心の中(正式名称『今は無人のヒロシのじいさんの家の地下にある座敷牢』)で生き、永遠に愛されることになったのでした。

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