13 来訪者は突然に


 墓前に供えてきたグラスは、明日まで置いておくことにした。宿に入ってすぐレオンと別れ、主人の立つカウンターへ向かう。


「この酒、処分しておいてもらっていいですか。瓶に口は付けていないので、御主人が飲んでしまっても構いませんけど」


「こんな上等な酒、処分するなんて勿体ない。捨ててしまうくらいなら遠慮なく頂きます」


 上機嫌になった主人と軽く言葉を交わし、あてがわれた部屋へ向かった。ところが、なぜかここにも先客がいる。


「どうなってんだよ」


 壁にもたれて立っているのはユリスだ。食事の前に購入した冒険服も、なかなか様になっている。冒険者として街へ溶け込み、びとなどという特別な存在には見えない。


「どこに行っていたんですか」


「フェリクスさんの墓参りだよ。ゆっくり報告をしている時間もなかったからな」


「そういうことでしたか」


 なぜか気まずそうな顔をしている。


「俺がどこかで遊んでるとでも思ったか? 何か話があるんだろ。入れよ」


 上等な部屋を押さえただけあって、清掃も行き届いている。壁一面を洒落た壁紙が覆い、凝った内装だ。


 手前に浴室と洗面室が備えられ、奥は広々としている。テーブルと椅子が一脚。セミダブルのベッドという最低限の家具しか置かれていないが、どうせ風呂に入って寝るだけだ。


「座れよ」


 ユリスに椅子を勧め、ベッドに腰を下ろした。体が沈み込む弾力が心地いい。本音を言えば、このまま眠ってしまいたい。


 腰から短剣ショートソードと革袋を外し、他の荷物を収めている籠の中へ置いた。


「飲み物でも頼むか? 欲しいものがあれば遠慮なく言ってくれよ」


「いえ、結構です」


 なぜか不機嫌なユリスを放って、冒険服の上着を脱いだ。黒のインナー姿だが、彼に見られたところでどうということもない。


「なにをイライラしてるんだ。せっかくの外の世界だ。もっと楽しんだらどうなんだよ」


「こんな状況で、吞気に楽しめませんよ」


「は? どんな状況だよ」


「あなたが親しそうにしている、赤い鎧を着た女性のことです。姉さんの服装も酷いと思っていたけど、あれはもっと酷い」


「あぁ、シルヴィさんか……確かに、あの人の格好は派手だからな。初めて会う人は驚くし、目のやり場に困ってるよ」


「あなたの趣味じゃないんですか」


「そんなわけねぇだろうが。あれは完全に、シルヴィさんの好みだ。でもな、あんな鎧だけどしっかりした魔導武具マジックウエポンなんだぜ。魔力結界を体の周囲に張り巡らせているんだ。魔法攻撃や打撃の威力を軽減できる。この腕輪にも同じような効果があるから、簡単に言えば二重の防御結界があるってわけだ」


「本当ですか」


「嘘をついてもしょうがねぇだろ。深紅魅惑鎧ルージュ・シャルマって名前らしいけど、どこぞの名工に作らせた特注品だって言ってたよ。体を覆うと身動きが取りにくいからって、必要最低限の部分を守るだけに留めたらしい」


「戦士ともなれば、そういうものなんですかね……マルティサン島の女性はむやみに肌を晒しませんから、あの格好には驚きました」


「お子様には刺激が強すぎたか?」


「馬鹿にしないでください」


「悪い、悪い。でも、セリーヌをみんなで取り合うくらいだ。やっぱりユリスも、恋人を探すのは難しいのか?」


 何気なく話を振ったのだが、ユリスは溜め息をつき、顔を曇らせてしまった。


「黒い鎧の戦士たちから襲撃を受け、若い人たちのほとんどが連れて行かれました。そのせいで、労働や結婚に関わる人口は不足しています。姉さんや俺、炎の民のヘクターや、水の民のイヴォンは特別です……島民の協力で、襲撃の魔の手からかくまわれたんですよ」


「そういうことだったのか……」


 話を聞きながら、レオンの姿が重なった。同じような境遇の彼らは、俺よりもわかり合えるかもしれない。


「だけど、襲撃の時に竜はどうしてたんだよ。守ってくれなかったのか?」


「災厄の魔獣と戦った直後でしたから。ガルディア様も傷を負い、竜たちも統制を失って混乱していました。我々に気を向けるだけの余裕もなかったようです」


「そうか……」


「俺と姉さんは神官の子どもということで丁重に扱われましたが、周りには面白くないと感じている人も多かったですよ。家族や子どもを連れて行かれた人がほとんどですから、嫌がらせを受けたことも数え切れません」


「やりきれねぇな……」


「彼らの気持ちもわかるだけに、耐えて受け流すしかありませんでした。姉さんはそんな俺を、よく庇ってくれましたけどね」


 懐かしむように微笑むユリス。その姿を黙って見つめることしかできない。


「姉さんの気苦労は並々ならぬものだったと思います。若い人がいなくなったばかりに、島民たちは姉さんばかりを頼るようになった。弟の俺が言うのもなんですが、美人だし。長老たちに継ぐ導き手、というより女神のように祭り上げられ、島民たちはすがったんです」


「女神か……わからなくもねぇけどな」


 俺も初めて会った時には女神と例えたくなったほどだ。愛嬌のあるポンコツ性能は別として、容姿も完璧な絶世の美女だ。


「姉さんは島民たちの相手をしながら、家でも家事や炊事をこなして、母親の代わりを務めてくれました。今でも頭が上がりません」


「ふたりとも苦労してきたんだな」


「姉さんに比べれば、俺なんて大したことはないんです。その姉さんが、災厄の魔獣の探索隊に加わりたいと言い出した時は本当に驚きました。いつか両親のかたきを取りたいとはお互いに言っていましたが、そこまで思い切った行動に出るとは思っていなかったので」


「言い出したら聞かない所があるからな」


「そうなんですよ」


 顔を見合わせ吹き出してしまった。やはり思うところは同じらしい。


「長老たちも必死に止めましたが、姉さんは譲りませんでした。試験と称して戦士との果たし合いが組まれましたが、姉さんはその相手すらはねのけてしまったんです。長老は渋々納得して、神器である神竜杖しんりゅうじょうを持たせたというわけなんです」


「災厄の魔獣にこだわってるのは知ってる。そこまで強い信念があるんだな」


「ですが、島を出てから姉は変わりました。前回戻ってきた時に、それを強く感じました」


「前回っていうと……杖を失った報告に戻るって、俺たちと別行動になった時か」


「はい。報告を聞いた長老は激昂し、服装も批判されましたが、姉さんは引き下がりませんでした。一緒にいたコームさんが、姉さんを庇ってくれたんです」


「コームさんが? そうか……」


「長はコームさんに、水竜女王を訪ねるよう言いつけました。ところがそこでも、姉さんが同行すると譲らなかったんです」


「セリーヌが言い出したのか? 俺はてっきり、長老からの命令だと思ってたんだ」


「とんでもない。姉さんは、護衛とお目付け役を兼ねてロランさんとオラースさんを連れて行くことを条件に、長からの許可を取り付けたんです。そして再び島を出る日が来ました。あの日の姉の姿は決して忘れません」


「何かあったのか」


「コームさん、ロランさん、オラースさんと円陣を組んだと思ったら、姉さんは声高に告げたんです。再び全員でこの場所へ戻るため、何があっても生きてください、と」


 ユリスは俺の目を覗き込んできた。


「皆から頼られはしますが、一歩後ろで献身的に支える姿をずっと見てきました。そんな姉さんの考え方や心構えに影響を与えたのは、間違いなくあなたですよね」


「俺にそこまでの影響力があるのか?」


 自分でも信じられない。

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