碧色閃光の冒険譚 ～竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない～

11 必殺、熊殺し

「うおぉっ！　すげぇ……」

　ルノーさんの手当てを終え、断崖に掘られたアレニエの巣穴を探索。すると奥に広がっていたのは宝の山。硬貨の他に、剣や鎧、日用品など、とにかく光るものが山積みだ。

　そして、その頂へ無造作に置かれた真新しい糸の塊。ルノーさんはそれを手に取り、中からブレスレットを引きずり出した。

「捜し物はそれだったんですか？」

「おぉ。まぁな……」

　ルノーさんは素っ気ない返答だ。というより、焦っているような、照れているような。

「随分と使い込まれた愛用品なのですね」

　水晶のあしらわれた銀のブレスレット。それを見て、セリーヌは朗らかに微笑んだ。

「わかるか、ドンブリ娘」

　セリーヌのアダ名がドンブリ娘で定着している。そして、ナルシスの服装を見たルノーさんは即座にヒラヒラと命名した。

「かれこれ二十年以上になるか。女房の奴が、お守り代わりに持ち歩けとうるさくてな」

「仲がよろしいのですね。羨ましいです」

　セリーヌの言葉にそっぽを向いてしまう。

「ルノーさんも、ブレスレットを探してたなら、そう言ってくれれば良かったんですよ」

「馬鹿かおまえは！？　そんな物を探してるなんて、恥ずかしくて口にできるか！」

　男としてのプライドだろうか。愛妻ぶりを知られるのが恥ずかしかったのだろう。

　視界の端で、ナルシスが戦利品を物色している。その手には一本の細身剣（レイピア）。

「おまえ、まさかそれって……」

　鞘から抜き放たれた刃は、淡い白光を放っている。間違いなく魔力を秘めた一品だ。

「見たか。これこそ僕にふさわしい剣だ！」

「待て！」

　興奮するナルシスを制したのはシモンだ。

「持ち主不明の品々は全て国のもの。よって王国騎士団へ引き渡す。無闇に触るな！」

　こいつの言葉が信じられない。

「そりゃないんじゃねぇの？　俺たちの戦利品だぜ。仲良く山分けでいいだろ」

「ダメだ！」

　堅物男に正攻法は通じない。宝を諦めきれず、隣に立つセリーヌへ耳打ちしてみた。

「なぜ、私（わたくし）がそんなことを？」

「頼む。やってくれ！　みんなのためなんだ。おまえにしかできない！　それに、イザベルさんもお金がないって困ってたし……頼むよ」

　ぽっちゃり女神、ごめんなさい。あなたの名前を勝手に使わせてもらいました。

「失敗しても怒らないでくださいよ……」

　渋々といった顔で、セリーヌはシモンへ近付く。自ら身体を抱き、胸の谷間を強調。上目遣いで熊男へ迫る作戦だ。名付けて熊殺し。

　近くで騒がしい音がしたと思ったら、細身剣を取り落としたナルシスが、セリーヌの胸へ釘付けになっている。

　なんて羨ましい奴。悔しいが、俺の位置からではセリーヌの後ろ姿しか見えない。

「シモンさん、お願いします。少しで良いですから、ご褒美を分けてください……」

　直後、両手を突き出したシモンが、真っ赤な顔で後ずさってゆく。

「待て、こっちへ来るな。絶対にダメだ！」

　拒絶されるなり、身体を抱きすくめたセリーヌが、唇を尖らせ振り向いた。

「リュシアンさん、やっぱり無理ですよ」

「諦めが早いな。頑張れよ！」

　突っ込みながらも、セリーヌの胸の谷間へ釘付けになってしまった。本当に凄い。

　しかし、肝心のセリーヌがこれではダメだ。でも、元々はルノーさんの救助が目的。ここは大人しく引き下がるしかない。

「がう、がうっ！」

　すると、俺の左肩へ乗っていたラグが洞窟の奥へ吠えた。何事かと見れば、そこには腰まであろうかという薄汚れた岩の塊。大人が膝を抱えて座った程もある大きさだ。

「これか？　でも、持てるのか？」

　抱えてみると、意外とあっさり持ち上がる。

「これだったら貰ってもいいかな？」

「そんな石が欲しいのか？　構わんぞ」

　俺だって必要ない。大体、こんな石を持ち帰ってどうする。奇抜なオブジェか。ラグは舌を出して笑っているが、明らかに不要品だ。

　そして、頑（かたく）なに抵抗するナルシスから細身剣を取り上げ、衛兵たちが乗ってきた馬車でヴァルネットへ帰還することになった。

　びゅんびゅん丸に乗ってきたナルシスだけが別行動というオチも、これはこれで面白い。

　結局、今回もあの男は見付からなかったが、ルノーさんを助けることはできた。後はヴァルネットへ戻り、セリーヌから真相を聞き出すだけだと思っていたのに。

☆☆☆

　街の入口で衛兵と別れ、シモン自らルノーさんを自宅へ送ることに。まんまと手柄を持って行かれたが、結果にこだわっていたわけじゃない。あの人が無事だっただけで充分だ。

　勇（いさ）ましき牡鹿亭（おじかてい）へ石を運び、セリーヌとナルシスを連れて冒険者ギルドへやってきた。

「リュシアンさん。お帰りなさい！　お怪我はありませんでしたか？」

「怪我はないけど、言いたいことはある」

　シャルロット。どうして顔を赤らめる。

「愛の告白ですか？　心の準備が……」

　頬へ両手を添え、腰をしならせている。

「とりあえず、恋する乙女の豆知識か？　あれはダメだ。改題しておけ。今日は疲れたから、それだけ言っておく」

「え～。そんなことを言いに来たんですかぁ……そうだ！　疲れたのなら、私がマッサージしてあげますから」

「いつからそんなサービスが付いた？」

　勘弁して欲しい。それでなくともカウンターの最奥から、父親のルイゾンさんが物凄い威圧感を放っている。『俺の娘に近付くんじゃねぇ』という無言の圧力が凄い。

　三人で受付カウンターへ進み、中年女性へ討伐報告を済ませた。アレニエのつがいは各八千ブラン。合計一万六千ブランの報酬だ。

「ナルシス、今度こそ減額だからな。散々、引っかき回しやがって」

「何を言うんだ。今回も僕に助けられたことを忘れたのかい？」

　ゴチャゴチャうるさいので、三千ブランを渡して黙らせた。俺とセリーヌで残りを分け、六千五百ブランずつの収入だ。

　だが、ここへ来るまでのナルシスとの会話に不可解なことがあった。こいつは記憶の一部が抜け落ち、竜術（りゅうじゅつ）に関する出来事が別の攻撃魔法に置き換えられているのだ。

　疑問を抱える俺を置き去りに、ふたりは更に討伐申請を進めた。討伐ランクCに指定されていた、大蛇型魔獣グラン・セルパンだ。

　三千五百ブランが三体。セリーヌの報酬が六千。ナルシスが四千五百。セリーヌは一日で一万ブラン越えの報酬獲得だ。

　だが、思い詰めたような顔をしている。帰りの馬車の中からずっとこんな調子だ。

「セリーヌさん、大活躍ですね！　強いし、綺麗だし、羨ましいですぅ」

　彼女の隣へピタリと寄り添うシャルロット。話をしながら、胸の谷間を覗くのは止めろ。

「美容の秘訣ってあるんですか？　肌のお手入れに特別な物を使っているとか？」

「特に気にしたことはありませんが」

「またまたぁ。少しくらい教えてくれてもいいじゃないですかぁ」

　そう言って、自分の胸元へ視線を落とすシャルロット。やはり、一番はそこか。

「強いて言うなら、ボンゴ虫でしょうか」

「ボンゴ虫、ですか？」

「はい。滋養強壮、命の源と言われています」

　ちょっと待て。変なモノを勧めるな。

「あははは……」

　シャルロットの顔が引きつっている。

「本日、良い物がたくさん取れたのです！　お裾分けしましょうか？」

　今日一番の、会心の笑みが出ました。

「おいおい。シャルロットも困ってるだろうが。それはまた今度にしておけ」

「そうですか……」

　しょんぼりしたセリーヌを連れ、冒険者ギルドを出た。表は既に夕暮れが迫っている。

「じゃあ、お疲れさん。ナルシス、今度こそおまえと絡むのは最後だからな」

　喚いているナルシスを無視して牡鹿亭へ向かう。解散する振りをして、あいつを引き離すのが先だ。セリーヌは後から追えばいい。

「リュシアンさん。待ってください！」

　雑踏の中でも通る心地よい声。振り向くと、走り寄ってくるセリーヌの姿があった。

「は？　なんで？」

　柔らかそうに揺れる胸へ釘付けになりながら、高鳴る動悸を押さえきれない。

「どうした？」

「ひとまず、こちらへ」

「は！？　ちょ……」

　徐（おもむろ）に腕を掴まれた。人混みをかいくぐり、脇道へ引きずり込まれてゆく。

「ナルシスさんは……いませんね」

　セリーヌは建物の壁に背を預け、そっと通りを覗き見て。俺はと言えば、至近距離へ晒された深い胸の谷間を覗き見て。

「リュシアンさ……どこを見ていらっしゃるのですか！？」

　真っ赤な顔をしたセリーヌは、羽織った純白のローブを引き寄せ、慌てて胸元を覆い隠した。険しい顔で睨まれ、言葉に詰まる。

「悪い。つい、目が」

「どうしてそう、いつも、いつも。ルノーさんを助けに奔走されて、お優しい方だと改めて見直したばかりだというのに」

「仕方ねぇだろ。目の前にこんな魅力的な物を晒されて、見るなっていう方が無理だ」

　こうなったら、開き直るしかない。