04 超一流のパーティ


『もぅ。うるさくて寝れないじゃん!』


 短髪の赤髪を振り乱し、ふくれっ面で飛び起きたアンナ。その猫目が俺たちを捉えた。


『リューにいもシルねえも静かにして。睡眠を邪魔した罰に、次の街でアンナに甘い物をご馳走すること』


『あら、怖~い。フェリクスとエドモンを見てみなさいよ……こんな時でも爆睡してるわ』


 シルヴィさんの視線の先には、外套をはだけて眠るリーダーのフェリクスさんと、大きな腹に手を当てて眠るエドモンの姿があった。


 他のパーティから見れば、野宿で無防備な姿を晒すのは珍しいだろう。でもそれは、見張り番へ絶対の信頼を置いている証だ。


 するとシルヴィさんは四つん這いになって、不機嫌なアンナの顔を覗いた。俺にお尻を向けていたのも計算だったはずだ。


『お子様は眠って。今は大人の時間だから』


『バカなこと言ってないで、寝て』


 ふたりは十代からの付き合いらしいが、他愛ないやり取りはいつものことだ。自由の象徴だという青い宝石の付いたピアスをひとつずつ身に着け、本当の姉妹のように仲が良い。


 こんな適当そうに見える人たちだが、実は有名な冒険者なのだから侮れない。共に旅をしたお陰で冒険者としてめざましい功績を挙げ、名誉ある二つ名まで授かることができた。


『がう、がうっ!』


『何か来るよ』


 感慨に浸っていると、ラグが吠えた。それと同時にアンナが動き、枕元のクロスボウを取る。シルヴィさんも焚き火の向こうから深紅の斧槍ハルバードを手にしていた。


『何かって、何だよ!?』


 うろたえていると、前方の森から大きな影が飛び出してきた。熊型魔獣のウルスだ。


『俺の安眠をジャマするとは、いい度胸だ』


 気付くと、大剣を構えたフェリクスさんが、シルヴィさんと共に走り出していた。


「あぁいう所は、やっぱり一流なんだよな」


 熟睡していると思いきや、いつの間にか臨戦態勢。もうすぐ四十歳という話だが、剣士としての腕前はまだまだ衰えを感じさせない。


『えへへ。足は封じちゃうんだから』


 パーティの斥候せっこう役を務めるアンナ。クロスボウから連続で放たれた魔力の矢が、魔獣の太ももへ次々と突き刺さってゆく。


『夜食は熊鍋といくかぁ!』


 フェリクスさんの豪快な一閃が魔獣の右手を斬り飛ばす。それを援護するように、杖を構えたエドモンが魔法の詠唱に入っていた。


躍動やくどうあかしたけるは炎。この身へ宿りて焼き尽くせ。煌熱創造ラクレア・フラム!』


 杖の先端から顕現けんげんされたのは一抱えもある火球。それを受けた魔獣の顔が、燃え盛る炎に包まれた。


 苦しみに大きく体を仰け反らせる魔獣。その懐へ潜り込んだのはシルヴィさんだ。


『すぐにかせてあげる』


 勢いよく振るった斧槍ハルバードが、魔獣の胸板へ深々と食い込んでいた。


「結局、俺の出番はなかったからな。それにしたって、あっという間の一年半だったよな 」


 ラグも舌を出して笑っているが、フェリクスさんと約束した期間は瞬く間に過ぎ去った。そうしてヴァルネットの街の入口に着くなり、フェリクスさんに肩を叩かれた。


『一年後だ。おまえさんに会いに来る。それまでに全部片付けておけよ。絶対、俺の野望に協力してもらうからなぁ』


 俺の顔を見たエドモンが苦笑を漏らした。


『旦那。フェリクスの大将からは逃げられないっスよ。オイラも随分しつこく勧誘されたっスから。最後は根負けっスよ』


 エドモンは他のパーティへ所属していたという。仲間たちが依頼中に命を落とし、助けられた後に声を掛け続けられたらしい。それを考えると、俺も逃げ切れそうにない。


『おいおい。そんなに迷惑だったかぁ。その結果、金の力になびいたのはどこの誰だ?』


『ごめんなさい。ほんの冗談っス……』


 フェリクスさんに肩を抱かれ、硬直するエドモン。ボサボサの金髪が揺れ、小太りな体が一回り萎んだような錯覚がする。


『わかりました。一年後ですね。それまでに必ず、兄貴を見つけ出しますから』


『あぁ。それから、もっとランクを上げて有名になってくれよ。碧色の閃光様』


『リュシー。寂しくなったらいつでも呼んでね。絶対に駆けつけるから』


『ごふっ!』


 力一杯に抱きしめてくるシルヴィさん。大きく突き出した深紅の胸当てに、肋骨を激しく圧迫されるのはいつもの流れだ。


『ちょっと、シルねえ。リューにいが違う所に旅立ちそうだから!』


 アンナに一命を救われた俺は、一抹の寂しさを抱え四人を見送った。あの一年半は、俺にとって本当に大切な時間だった。


「おっと……急に開けてきたぞ」


 現実に立ち戻ると、冒険者ギルドがすっぽり収まるほどの広い空間に出た。壁全体が緑色の淡い光を放つ幻想的な光景に目を疑った。


 広間の奥には、半ば朽ちた石造りの神殿がそびえていた。巨大な柱が等間隔で並び立ち、三角型の屋根を支えている。


 建物が使われている形跡はなさそうだが、側の地面には火を焚いた跡がある。ここを利用している何者かが確かにいる。


 神殿へ近付くと、入口頭上の三角部分には装飾が施されていた。それは何かの紋章だ。


「あれって、まさか……」


 右手の甲と見比べる。装飾は一部が欠けて薄汚れているが、正しくこれと同じ物だ。


「ラグ。おまえは何か知ってるのか?」


「きゅうぅん……」


 しょんぼりとしたラグに苦笑を漏らした時だ。体にまとわりつくような奇妙な不快感に気付いた。まるで見えない力に捕らえられているような、うまく言葉にできない感覚。


 ラグもそれを感じたのか、牙を剥いて唸りを上げる。直後、足下へ振動が伝った。


「地震か?」


 すると、地面から現れた複数の影。赤褐色の体を持つミミズ型魔獣、ロンブリックだ。


「魔獣はいないんじゃねぇのかよ!?」


 騙された気分だ。周囲を三体に囲まれた。


 俺の腹囲の倍はある太い胴。伸び上がった体は頭が見えないほどの高さだ。目はなく、鼻に相当する吸気の穴が二つあるだけのつるりとした顔。しかし、大きな口へ並ぶ歯は鋭い。普段は土中へ潜み、余程のことがなければ人は襲わないはずなのだが。


「くそっ!」


 出口へ駆けながら、一体を斬りつけた。


「ルノーさん、魔獣です。外へ避難を!」


 足を痛めていたが、満足に動けるだろうか。最悪、魔獣どもをここで足止めするしかない。


 背後で殺気が膨らむ。慌てて右へ飛び退くと、左腕を大きな影が掠め過ぎた。


 俺を捕らえ損ねた魔獣。その鋭利な歯が噛み合わされ甲高い音を響かせた。あんな一撃を受ければ、一発で骨まで砕かれてしまう。


 対して、俺の武器は並の長剣ロングソード。腰へ提げた革袋には攻撃用の道具もあるが、こんな所で下手に使えば生き埋めになりかねない。


 壁に向かって疾走すると、背後では地面をこする移動音。俺を追い、一体が迫っている。


「ふっ!」


 即座に横へ飛び退くと、ロンブリックは豪快に岩壁へ激突した。鈍い音と共に壁の一部が崩れ、痛みに体を振るっている。


 その隙に、顎を狙って剣を突き立てた。貫通した剣先が壁へ刺さり、魔獣を固定。俺は、こいつの頭の下へ潜り込んだ格好だ。


「どうした魔獣ども。来やがれ!」


 痛みにもがく魔獣を逃がすまいと、剣を持つ手へ更に力を込める。体液が剣先を伝い、足下へ血だまりが広がってゆく。


 そうして俺の声を聞きつけた二体が、牙を剥いて間近へ迫っていた。


 剣を引き抜き、敵に背を向け全力逃走。すると、背後で魔獣の悲鳴響いた。逃げながらも口元が緩んでしまう。


 目を持たないロンブリックは、音と臭いを頼りに獲物を追うしかない。俺は顎を刺した一体を囮にしただけのこと。


 振り向くと、囮の一体は頭と胴を仲間に噛まれて即死している。これで残りは二体。


「若いの、こっちだ!」


 声のした方を見れば、先程の通路の先へ四つん這いになったルノーさんの姿があった。


 駆け出すと、背後で二体の殺気が膨らんだ。通路は立って歩けるだけの高さと幅がある。もう少し狭ければ、敵の足止めができるのに。


 薄暗い通路へ足から滑り込む。さすがに疲れたが、そうも言っていられない。背後には魔獣が迫っている。


 振り向き様に突こうと、剣を構えた直後。


「そりゃっ!」


 隣で身構えていたルノーさんが、地面に突き出した金属板へ乗る。そうして足下から天へ向かって付きだしたのは、槍の穂先を横一線に並べたような凶悪極まりない鉄柵だった。


 俺たちに迫っていた一体は頭部を貫かれ、通路の天井で即死。後を追う最後の一体も、絶命した一体に激突して右往左往している。


「どうだ。恐れ入ったか!」


 その威力を見て、呆気に取られてしまった。


「これって、いつ仕掛けたんですか?」


「ん? ここに逃げ込んですぐだ」


「俺がうっかり踏んでたら、どうするつもりだったんですか。立派な殺人ですよ!?」


「馬鹿野郎。男が戦場に出るってのは死を覚悟するってこった! 生半可な覚悟で冒険者なんかするんじゃねぇ!」


 見事な開き直りだ。こんな人を助けるために命を懸けていた自分が悲しくなってきた。

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