碧色閃光の冒険譚 ～竜の力を宿した俺が、美人魔導師に敵わない～

02 神眼の狩人

「なんでおまえが！？」

　再会の喜び以上に、驚きで言葉が出ない。

「それはこっちのセリフだよ。まさか、リュー兄（にい）がこんな所にいるなんてさ」

　アンナはその猫目に不満を滲ませ、頬を大きく膨らませている。

　南方出身者特有の赤髪と、浅黒い肌をした快活女。背の低さを気にしているが、それを補って余りある、ランクAの実力は侮れない。

　神眼（しんがん）の狩人（かりうど）という二つ名を持ち、待ち伏せや奇襲が得意な斥候役。それを象徴するように、右手には魔導弓（まどうきゅう）のクロスボウ。魔力の矢が自動装填される高位の魔導武具（マジック・ウエポン）、夢幻翼（レーヴ・エール）だ。

　そこへ、シモンの咳払いが聞こえた。

「こんな薄暗い森で生活費稼ぎか？　冒険者というのは根暗なのだな」

　嫌みくさい男だ。確か三十歳という話だが、こんな奴の下で働くのは気が滅入るだろう。

「森は根暗？　発想力が貧困だな。そのお陰で、あんたの大事な部下は助かったんだろ」

「ぐっ……」

　顔をしかめて押し黙る。筋肉質の大きな身体も、小さく萎んでゆくような錯覚がする。

「ぷっ！　アンナ、もうダメかも……」

　アンナは腹部を押さえ、笑いを堪えている。

「用がないなら行くぜ。その様子じゃ、ルノーさんは見つかってねぇんだろ？」

「貴様、どうしてそれを？」

　体の割に小さな目が、驚きで大きく見開かれている。その様子に笑みで応えてやった。

「街の人に頼まれたんだよ。あんたたち衛兵じゃ不安だ、ってな」

「なんだと！？」

　怒りに震えるのも無理はない。正式に依頼されているのは彼等だ。そこに俺が割り込んだとあっては面目丸潰れだろう。

「ならば、下がってもらって結構。ここからは引き続き、我々が捜索を担当する」

「ひとりやられてるだろ。本当に大丈夫か？　兵長のあんたが出て来るほど危険な場所だろ」

「問題ない」

　戦槌（ウォーハンマー）を抱きかかえるように腕組みをして、不遜な態度で言い放ってきた。そんな風に言われてしまえば、こちらとしても深入りする意味も義理もない。

「そうですか。だったら退散しますよ」

　そうしてアンナを見ると、興味津々といった顔で俺を見上げ、ほくそ笑んでいる。

「なるほどねぇ。手伝ってあげよっか？」

「とりあえず向こうで話そうぜ」

　アンナの協力があれば、思っていたより簡単に見付かるかもしれない。

「だから、待てと言っている！」

　背を向けた途端に呼び止められた。

「は？　まだ何か用事でも？」

　振り返ると、シモンは不意に視線を逸らし、頭上を眺めてアゴを擦っている。

「その……なんだ……部下が世話になった」

　思わず吹き出してしまった。礼を言うために引き留めていたとは意外と律儀な人だ。

「困った時はお互い様ってね」

「がうっ！」

　ラグの警告に前方を見ると、突然、剣を握った右腕を強く引かれる感覚があった。

　気付いた時には既に手遅れ。手首から剣先へかけて、粘着質の糸が絡み付いていた。

「やべぇっ！」

　続け様、糸を伝って青白い閃光が迫っていた。右腕に激痛を感じながらも糸を引き千切り、慌ててその場を飛び退く。

　舌打ちと共に、腕の痛みに顔をしかめた。痺れた上に力が入らない。

「電撃か……」

　頭上を睨むと、枝葉に隠れるように見え隠れする巨大なアレニエの姿。胴体だけでも、俺が両腕を広げた以上の大きさだ。

「木が邪魔で、急所を狙えないじゃん！」

　アンナは隣でクロスボウを構えたものの、生い茂る枝葉に苦慮している。

「子供がやられて、親が出しゃばってきたか」

　腹部へぶら下がる巨大な白い袋も見える。恐らく卵を抱えた雌アレニエだが、あいつは討伐依頼のリストにも乗っていたはずだ。

「大丈夫か！？」

「アレニエ・エンセ。討伐ランクBの難敵だ」

　背後からのシモンの声に答える。彼等の腕前をきちんと見ていないが、まともに太刀打ちできるのはあいつくらいだろう。

「袋が破れて、子どもが出てきたら面倒だぞ」

　竜の力と風の能力で、微塵切りが妥当か。

　すると、アレニエ・エンセは先程吐き出した粘着糸（ねんちゃくし）を素早く巻き上げた。その先端にはなぜか、見覚えのある細長い物まで見える。

「まさか……」

　感覚を失った右手へ恐る恐る視線を向けて愕然とした。愛用の神竜剣（しんりゅうけん）がない。

　絶望、恐怖、怒り、焦り、悲しみ。あらゆる負の感情が込み上げ、胸の中で複雑に混ざり合い爆発する。あれだけは、あの剣だけは。

「くそっ、返しやがれ！」

　直後、木々の上からアレニエが続々と降下してきた。それらと入れ替わるように、アレニエ・エンセは森の奥へ消えてゆく。

「逃がすか！」

　アレニエ・エンセの後ろ姿へ叫んだ直後、俺を追い越し、アンナが飛び出していた。

「先行するから付いて来て」

　手にしていたクロスボウを、胸当ての背中部分に付けた留め金へ収納。手近な大木へ掴まると、あれよという間に登ってしまう。相変わらず関心するほどの身のこなしだ。

「おまえの追跡能力が頼りだ」

　すると、アンナは肩までの赤髪を揺らして振り向き、微笑んできた。

　彼女から視線を外し、目の前のアレニエどもへ注意を戻した時だ。

「おい、これを使え！」

　シモンの声に続き、何かが飛んできた。慌てて受け取ると、鞘（さや）に収まった長剣（ロングソード）だ。

「助けて貰った礼だ。後できちんと返せ」

「ありがとうございます」

　剣を抜いて駆け出すと、円運動に乗った一体のアレニエが迫っていた。

「どけ！」

　牙を避け、素早く一閃を繰り出す。

　腹部を裂かれ、体液を散らした魔獣は絶命。腕の痺れもあるとはいえ、切れ味に雲泥の差がある。しかも一番の問題は、魔法剣でなければ竜の力に耐えられないということだ。

「絶対に逃がさねぇ」

　アレニエ・エンセを追いながら、シャルロットの話を思い出した。

『とにかく、光る物に反応するそうです。糸に絡め取って、巣穴へ持ち帰ってしまうんです。以前には、巣穴から大量のお宝が見つかったなんて話もあったみたいですから。私も、リュシアンさんにお持ち帰りされた～い！』

　最後の部分はどうでもいいが、その情報をすっかり忘れていた。碧色に輝く剣など、奴等の興味を引く格好の餌だ。

「なんとしても取り返す」

　だが、頭上にばかり気を取られ、足下が疎（おろそ）かになっていた。大地を踏みしめていたはずが突然に足場を失い、妙な浮遊感に包まれる。

　斜面を転げ落ち、意識は闇へ吸い込まれた。

＊　＊　＊

　真っ暗な空間。遙か先へほのかに明かりが見える。これはあの世の入口だろうか。

「気が付いたか、若いの。随分うなされていたが大丈夫か？」

「なんだか、妙な夢を見て……」

　薄目を開け、その声へ導かれるように、ぼんやりとした記憶を辿ってゆく。

「兄貴がどうとか、竜がどうとか、なにやら複雑な事情があるみてぇだな」

「ここは？　どうなってんだ……」

　上半身を起こすと、後頭部や腕や足など、あちこちへ鈍い痛みが走った。思わず呻いてしまったが、大きな怪我はないようだ。

　俺が起きるのを待っていたのか、ラグがすかさず左肩の上へ乗ってきた。

「おまえさんが上から転げ落ちてきたんだ。ここまで引っ張るのは骨が折れたんだぜぇ」

　暗闇に目が慣れず姿形を捉えることはできないが、相手は老人。しかも男性だ。

「すみません。ありがとうございました」

　斜面から滑落したことを思い出し、急に恥ずかしくなってきた。剣を奪われた怒りと焦りで、冷静な判断力を失ってしまうとは。

「魔獣でも来たかとびっくりしたぜぇ。そっと覗いたら人が倒れてやがる。男だったから、放っておこうかとも思ったんだがな」

「いやいや。そこは助けましょうよ」

「おまえさんアレだろ？　牡鹿亭（おじかてい）の若いのだろ？　あそこの酒とつまみは最高だ。そういや女将（おかみ）が、冒険者をやってる若いのが住み込みで働いてるって言ってやがったな」

「え？」

　頭上へ設置されているのは魔力灯（まりょくとう）だ。握り拳サイズの魔力石だが、日光に晒すことで力を蓄え、二十四時間は明かりを放出することができるという道具だ。その淡い光が、近付く老人の姿を浮かび上がらせた。

　肩まで伸びるボサボサの白髪と、手入れのされていない無精髭。体にまとうのは、俺と同じく厚手の冒険服とブーツ。側には大きなリュックも置かれている。

「もしかして、ルノーさん！？」

　辺りを見れば、ここは洞窟のようだ。俺たちの他には誰もいない。頭上からもたらされる魔力灯の光だけが心許ない光源だ。

「どうしてこの森に？」

「魔獣退治だ。死ぬ前に、世のためになることをしようと思ってな。女子供でも扱える、護身道具を試作してんだ。わかるか？」

「ええ。道具作りは街でも有名ですから」

　とはいえ、勇ましき牡鹿亭で酒を飲む姿しか見たことがない。