第57話 サイド盗賊 パズン その3 逃走
バトス団長の斧が男の右腕を切断した。
血が吹き出ている。
異世界人特有の赤い血だ。
「団長っ」
思わず叫ぶ。
バトス団長は男のことを神と呼んでいた。
確かにオイラが調べた神の物語と酷似している。
この世界を作った神は孤独で、すべての者を拒絶する。
触れる者は存在を否定され、世界から消える。
ここにあり、ここにない。
神が現れたというのか、そしてバトス団長はその神の腕を切り落としたというのか。
「すげぇ、団長っ。オイラ、オイラっ」
バトス傭兵団は再び復活する。
神を殺し、運命を変えられる。
たまらず団長に駆け寄る。
だが、その瞬間。
バトス団長の背中から剣が突き出ていた。
右腕を斬られた男は、残った左腕を動かしてはなかった。
剣を抜く仕草すら見せていなかった。
だが、気がついた時にはバトス団長の腹に剣を突き刺していた。
男の顔を見る。黒目が大きくなり、まるで二つの深い穴があるように見える。
「あ゛ぁ゛ああ゛ぁ゛」
男が叫びながら剣を横に振る。
バトス団長の腹が裂けて、緑の血が飛び散った。
「ロイさんっ、ペッジさんっ、団長をっ」
ロイが瞬間移動で団長のそばに移動する。
団長の肩に手を触れながら、そのまま団長と共にペッジの位置まで、再び瞬間移動した。
「ふぅ、はぁ」
片腕を切り落とされたばかりなのに、連続で瞬間移動したロイが崩れ落ちる。
これ以上は移動できないだろう。
ペッジが団長の腹に自分の包帯をほどいて、巻いていく。
団長は無事だろうか。
だが確認をする暇がない。
今は近づいてくる男を止めなければならない。
時間稼ぎ。
オイラの命をかける時がきたのだ。
「ここは、どこだ? アイは? この世界は......」
男が何かを言っている。
瞳はただ暗く、深い闇の穴がオイラを覗いている。
右腕がないことなど、まるで気にしていないようだ。
いつのまにか、血も止まっている。
こちらの攻撃はすり抜けるうえに、溶かされる。
さらに見えない攻撃を仕掛けてくる。
団長はどのようにして腕を切り落としたのか。
オイラには不可能だ。
ただ団長達が逃げる時間を稼ぐ。
「お前は一体、何がしたいんだ?」
男に問う。
しかし、それには答えず、男はオイラの身体に腕を伸ばす。
ああ、終る。
後はどうか。どうか、団長、またあの栄光の時を。
目を瞑って覚悟する。
「バカっ、諦めてるんじゃねーよ、パズンっ」
レラが叫んでいた。
いつの間にか、オイラの背後に立っていた。
「一緒に逃げるぞっ、来いっ」
ダメだ。誰かが犠牲にならなければ、時間を稼がないと全滅する。
「レラさん、行ってくださいっ、ここはオイラがっ、あっ!?」
思わず叫ぶ。
男はオイラを無視して、レラの方に向かう。
「くるんじゃねぇ」
レラが中指を上に突き立てた。
魅力のスキルを使う時の仕草だ。
駄目だ。この男にはスキルは通用しない。
はず、だった。
「......アイ?」
男が止まった。
止まってレラを見ている。
負の感情しか、この男からは感じなかった。
だが、なんだ、これは、これはまるで。
「レラっ」
叫んでレラの手を引っ張る。
バトス団長の元まで走る。
「団長っ」
団長はペッジの肩に捕まり、どうにか立ち上がっている。
今なら隠し通路から逃走できる。
「なんだ、これ?」
手を引いて走っているレラの頬から涙がこぼれていた。
男はレラの方を見たまま、一歩も動かない。
「なあ、パズン、これ」
「うん、オイラも感じた」
レラが魅力のスキルを使った時、男の感情が溢れ出た。
いままでの負の感情ではなかった。
暖かく、包み込むような、その感情。
「愛だ」
男はずっとアイと呟いている。
アイは愛なのか?
それをあの男は探していているのか?
「バトス団長、傷は?」
「鉄鋼のスキルで血は止まった。一旦、引く」
身体を鉄に変化させるスキル、しかし長時間はもたないはずだ。治療をしなければならない。
「奴は、動かない。団長、やるなら今じゃないのか?」
ペッジが言うがバトス団長は首を振った。
「今の状態では斬れん。感情を爆発させるのは、想像以上に気力を消耗する」
バトス団長はぐっ、と唇を噛みしめる。
「体勢を立て直し、迎え撃つ。隠し通路から山を降り、麓の第二アジトへ行くぞ」
十人いた盗賊団は、すでに半数になっている。
終われない。
こんなところで終わらすわけにはいかない。
大広間の壁のくぼみのスイッチを押す。
岩がずれて、そこに人一人が入れる程の大きさの穴が現れる。
前に住んでいたゴブリンが使っていたと思われる隠し通路を半年かけて広げたものだ。
ペッジ、ロイ、バトス団長、レラ、オイラの順に通路を歩く。
男が追ってくる気配はない。
あれは団長が言うように本当に神なのか。
最後、レラに向けて放たれた感情は、神というよりも......
「団長、出口にでます。このまま......」
洞窟の出口、木々が見え、光が差し込む。
その先、ペッジの前に人影が見えた。
異常な格好の女が立っていた。
ピンク色のヒラヒラした服に猫の耳、背中に羽がついて、杖を装備している。
「ファイアーボール」
女がそう呟くと、手から炎の塊が出現した。
魔法使いかっ。
「ペッジさんっ」
金縛りのスキルを使おうと両手を前に出すペッジ。
だが、その前にペッジの身体に火の玉がぶち当たる。
「い、ぎゃあああああっ」
肉の焼ける匂い、転げ回るペッジ。
「いくぞ、盗賊どもっ」
魔法使いの女が杖を掲げ上げ、足まであげる。
訳のわからない大袈裟なポーズで笑いながら決め台詞のようなことを叫ぶ。
「太陽にかわってお仕置きだっ」
吟遊詩人の言葉を思い出す。
『果てしない暗闇の中を抜けたら、そこはまた暗闇だった』
オイラ達の悪夢はまだ終わらない。
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