第50話 大混戦

 

 山の中腹にかかった所で、二人の盗賊を発見した。

 痩せているのっぽと太ったチビ。

 どちらも汚い皮のような服と剣を装備している。

 なにか話しているようだが、距離があるため声は聞こえない。

 こちらには気がついてないが、なにかを捜しているようにも見える。

 偵察か、もしくは食料の調達か。

 どちらにしろこれはチャンスだ。


「一人をやって一人を捕らえようと思う。相手の情報を探りたい」


「......できるの?」


 少しの沈黙の後にアイが聞いてくる。

 人を殺せるのか、ということだろう。


「たぶん、大丈夫」


 根拠はない。ただゲームではモンスターも人も区別なく倒していた。

 ここはゲームの世界。

 そう思うことで、動けるはずだ。


「アイはここで待機していて」


 息を大きく吸った後に気配を消す。

 ゆっくりと二人の盗賊に近づいて行く。


「おい、気をつけろ」


「兄貴、どうしたんだ?」


 二人の声が聞こえる所まで接近する。


「生体反応が一つ消えた。気配を消すスキルを何者かがつかっている可能性があるぞ」


 背筋に冷たい汗が流れる。

 小さい方の盗賊は、どうやらスキル持ちのようだ。

 ルカの探索に似たスキルか、同じものだろうか。

 俺がスキルを使ったことがバレている。

 のっぽのほうもスキルを持っていたら捕らえるのは難しい。


「どうする兄貴? 親分に報告に行くか?」


「ああ、だがその前に、残っている生体反応の所に行くぞ」


 まずい、アイの位置がバレている。

 剣を抜く、最初にどちらに斬りかかるか決めなければならない。

 スキル持ちが確定しているチビのほうを狙うか、どんな能力を持っているかわからないのっぽを狙うか。

 考えている時間はほとんどなかった。

 アイが身を潜める場所までもうそれほど距離がない。

 チビをやる。

 そう思った瞬間。


「イサム、止まれっ、反応が二つ増えたっ」


 チビの声でイサムと言われたのっぽが止まる。

 二つの反応、このタイミングで現れたのか。

 目を凝らして見ると、100メートルほど先にピンクの服を着たリリンと、レッサーパンダがかろうじて見える。

 どうやら二人はこちらをゆっくり追跡していたようだ。


「兄貴、ここは戻ったほうが」


「まて、女だ。あと一匹も犬かなにかだ」


 チビがリリン達を目視したようだ。

 盗賊の二人はリリン達と戦うつもりか。


「やるぞ、生体反応が消えた奴が気になる。女を捕らえて喋らせるぞ」


 二人はリリンの方に敵意を向けた。

 これはチャンスだ。

 チビをやってイサムとかいう奴を捕らえる。

 リリンとの距離を縮めるチビに向かって剣を振ろうとした。

 が、その時。


「ファイアーボール」


 リリンがチビに向かってファイアーボールを放つ。

 真っ直ぐ向かってくる火の玉をチビが横っ飛びで躱した。


「うおっ」


 思わず声が出る。

 チビの背後にいたため、避けられたファイアーボールが肩をかすめる。

 右肩の服がやぶれ、皮膚に軽い火傷を負う。

 火の玉は後ろの木に当たり、炎をあげる。


「ファイアーボール」


 さらにリリンは避けたチビに向かってファイアーボールを放つ。

 しかし、チビは信じられないようなスピードでそれを避ける。

 太っているのに猿のような動きで木に飛び移りながらリリンに向かっていく。

 スキルを二つ持っているのか、想像以上に強敵だ。

 リリンはさらにファイアーボールを放つ。

 しかし、それより気になるのは、ファイアーボールを連発するリリンだ。

 外れたファイアーボールが木に燃え移っている。

 山火事になりかねない。


「イサム、背後だっ!」


 チビがファイアーボールを避けながら叫んだ。

 イサムがこちらを見る。

 不味い。先程ファイアーボールがかすった時に隠密の効果が切れたようだ。


「なんだぁ、てめえ」


 イサムが剣を抜き襲ってくる。

 不味い、単純な剣での戦いは素人だ。

 一旦、アイのところまで逃げるしかない。

 辺りは火の海に包まれつつある。

 アイは大丈夫か。

 魅了の援護がないところを見ると、炎で近づけないのかもしれない。


「うぁあああぁ」


 奇声を上げて滅茶苦茶に剣を振りながら逃げる。

 恥も外聞もない。

 イサムも周りに炎があるため、追ってくるのを躊躇っている。


 下方ではリリンがまだファイアーボールを連発しているようだ。

 爆発音が連続して聞こえてくる。

 山火事になるのをまったく気にしていない。

 コスプレしたリリンは、魔法少女というよりも狂気の少女だ。

 アイの言葉を思い出す。

 盗賊よりもリリンの方をなんとかしないといけない。


 イサムから逃れて、アイが待機していた木に辿り着く。

 そこはまだ火の手が来ていない。


「大丈夫か、アイ」


 木の陰に座っているアイに話しかける。

 返事がない。

 一瞬、頭が真っ白になる。


「アイ、アイっ」


 名前を叫ぶとアイはゆっくりとこちらを向いた。

 生きている。だが、顔が青く、声もだせないようだ。

 攻撃をくらったのか? 煙をすったのか?

 見るとアイの足に血がついている。

 上のほうから流れてきたような血の跡。

 アイの腹部を見る。

 そして、言葉を失う。


「アイ、それは......」


 ぷっくりと、アイの腹が盛り上がっていた。

 どう見てもこれは、あれではないか、まさか、そんな。


「あー、ハジメ」


 蚊の鳴くような小さな声でアイがようやく声を出す。

 炎はさらに広がり、木々が燃えている。

 イサムも近づいてきている。

 早くここから離れなくてはならない。

 だが、思考が付いて行かず、身体が動かない。


「豚の子供、生まれるみたい。こんな時に。最悪だ」


 アイの言葉でさらに思考が乱れる。


「......置いて行って」


 そう言って笑うアイの笑顔は、いままでで一番の笑顔だった。



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