第46話 遭遇イベント カムイ その2 正体

 

 夢だろうか。

 起きているのか、寝ているのか。

 意識が混濁してはっきりしない。


 確か自分の部屋でアイと寝ていたはずだ。

 だが、ここは自分の部屋ではない。

 誰か別の人間の部屋で立っている。


 ぼやけていた景色が次第にハッキリとしていく。

 まるで霧が晴れていくような感覚。


「この部屋は」


 3LDK程の広い部屋。

 豪華な大きいベッドとソファー。

 木製の大きなテーブルがあり、その上には二つの教室模型が置かれている。


「カムイの部屋」


 間違いない。

 二日前に入った時とまったく同じだ。

 違うのは机の上の模型。

 前回は二つの教室に五十体あった人形が少なくなっている。

 Aと書かれた教室には九体。

 Aの人形に書かれた名前を見る。

 出席番号1番 カムイ

 出席番号2番 ラス

 出席番号4番 シズク

 出席番号5番 アキラ

 出席番号8番 カナ

 出席番号9番 リキマル

 出席番号11番 クリス

 出席番号12番 アリス

 出席番号18番 ルカ


 Bと書かれた教室には四体しかない。

 Bの人形に書かれた名前を見る。

 出席番号30番 アイ

 出席番号36番 リリン

 出席番号37番 ボブ

 そして、名前のない人形。


「これは今いるB組のメンバーか」


「そうだ」


 いきなりだった。

 椅子にカムイが座っていた。

 さっきまでは姿がなかった。

 スキルなのか、それとも今、現れたのか。


「ここは、いったい」


「ポイントによる通信だ。夢のようなものだと思っても構わない」


 なんだ。この男はなぜ、こんなことをするのだ。

 意味がわからない。

 カムイにとって俺はただの生贄ではないのか。


「座ったらどうだ?」


 カムイの言葉を無視する。

 座らずにカムイを見下す形で横に立つ。


「どうして、俺を呼び出した?」


「報告だ。思ったよりも早く今回のゲームは終わる」


 終わる? それは......。


「それはお前が俺を殺すということか」


 カムイは首を振った。


「違う。A組のラスがS級モンスターを次々と淘汰し進行が早まっている。最終ミッションがまもなく始まるだろう」


「最終ミッション? それでゲームが終わるのか?」


「そうだ」


 カムイがうなづく。


「俺かお前、どちらかが死ななければ誰もゲームをクリアしないでゲームが終了する」


 終了。全員助からないということだろうか。


「どちらか? お前が死んで俺が生き残る可能性などありえないだろう?」


 そうだ。1%の奇跡すらないように思える。


「自分を見縊(みくび)るな。お前を倒すのに楽だった事など一度もない」


 名前のない人形を掴む。


「神様が自分が作ったゲームに参加する。どう見ても主人公だ。どんなに弱い主人公でも補正がかかる」


 人形を握り潰すカムイ。


「お前が足掻いている間に俺が死ぬ可能性はある。このゲームの最強は俺ではない」


 それはこれから現れる敵のことを言っているのか。

 それともA組のリーダー、ラスのことなのか。

 まさか、俺のことを言っているのではないだろう。


「ひとつ、教えてやろう。大切な者とはパーティーを組んでおけ。クリアすれば共にクリア報酬を受け取れる」


「なぜ、お前は......」


 どうしてカムイは俺に助言を与える?

 フェアに戦うためなのか。

 命を賭けたデスゲームでそんなことをする意味がわからない。

 真意が掴めない。

 カムイは一体何をしようとしているのか。


 それは半分無意識のことだった。

 カムイの正体が知りたいと不意に思った。

 機械の仮面に隠されている顔を見てみたい。

 右腕に集中する。

 隠密のスキルをそこだけに凝縮する。

 右手が消失したように消えて無くなる。

 カムイからはこの右腕はどう見えているのか。

 消えたように見えるのか、自分だけが消えたように見えているのか。

 透明な腕を動かす。

 カムイに反応はない。

 それは驚くほど簡単に上手くいった。

 カムイの仮面を掴む右腕。

 カチリと音がしてあっさりと仮面が外れた。


 そして、カムイの顔を見た。


「ぁあ、ば、馬鹿なっ、それはっ!」


 あまりの衝撃に思考が歪む。

 カムイの正体に幾つか候補があった。

 もしかしたら......だと思って......だが、それとは......。

 ノイズが走る。

 記憶が飛んでいる。

 いま判明したカムイの正体がわからなくなる。

 仮面は持っている。

 もう一度、カムイの顔を見る。

 砂嵐が走るようにカムイの顔面にモザイクが走っていた。


「な、なんだ、これは」


「神の演出だ。順を追って謎が解明されるよう調整されている」


 右腕に持った仮面を奪われる。

 カムイがそれを装着して立ち上がる。


「夢の中で正体を知ることは反則らしいな。知りたければ早くA組に上がって来い」


「待て、どこに行く!」


 カムイが部屋のドアに向かう。

 振り向かずドアを開ける。


「強くなれ。終焉は近い」


 ドアが閉まりカムイが消える。

 同時に部屋の景色がぶれていく。

 夢から醒める感覚。

 カムイが俺に伝えたかったことはなんだ。

 この記憶は起きた後も覚えていられるのだろうか。

 カムイの正体は完全に忘れている。

 部屋が真っ暗になる。


 自分の部屋で目が覚める。

 横に寝ているアイの鼓動を感じる。

 覚えている。

 ゲームの終わりが近づいていること。

 クリアした時の報酬がパーティーを組んだ者にも貰えること。

 アイを救える可能性がある。

 夢の中でカムイの仮面を外したことを思い出す。

 あれが夢の中でなく、仮面を取らずに剣で斬りつけていたらどうなっていただろうか。


 ゼロではない。

 俺がクリアしてアイと二人で向かえるハッピーエンドは0%ではない。

 だがそれは、カムイが目指す全員生き残る完璧なハッピーエンドが消えて無くなるということだ。


 それでも、ああ、それでも。

 俺が目指すハッピーエンドはそれしかなかった。

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