第28話 サイドG ヒロシ


 金八先生やGTOに憧れて教師となった。

 ドラマのような、そんな熱い展開を期待していたのだ。

 青く、ただ青い未熟な愚か者であった。

 一年も経たないうちに、理想と現実の差に打ちのめされることになる。

 生徒も、その親も、同僚の教師も、教頭も、校長も、クズばかりだった。

 腐ったミカンが一つあれば周りも腐っていく。

 私も同じように腐っていくのを感じていた。

 流されるように情熱は無くなっていく。

 いつしか、子供の頃に見たもっとも嫌いな教師に、自分はなっていた。



「踊れ」


 悪夢のような世界で、トカゲの化け物が剣を飛ばしてくる。

 知識のスキルで攻撃してくる場所が光る。

 その光った箇所を避けるように動く。

 そこに剣が飛んできて、地面に刺さる。

 それが何度も繰り返される。

 体力はない方だ。

 そう長くは持たないことがわかる。


「よいぞ、なかなかよい暇つぶしだ」


 攻撃の来る場所がわかっていても、だんだんとかわせなくなってきた。

 剣が右肩をかすめ、血が噴き出る。

 さらに動きが鈍くなる。

 剣の速度は更に加速する。

 左足首に剣が当たる。切り裂かれつまづく。


「早く立て。次が来るぞ」


 ああ、ここで終わるのか。

 生き残る手段が思い浮かばない。

 どうせ死んでしまうなら、あの時、熱血教師らしいことをしていれば良かったか。



 その生徒は明らかにイジメを受けていた。

 相談を受けたわけでも、現場を目撃したわけでもない。

 だが、教室に漂う雰囲気と、その生徒の目を見ただけでわかった。

 自らが過去に味わったことがあったからだ。

 不良に目をつけられイジメられ続けた学生時代。

 そんな生徒を一人でも減らそうと教師になったはずなのに、私はイジメを受けている生徒を見て見ぬフリをした。


「おい、こいつ、気持ち悪いもの書いてるぜ」


 不良がイジメられている生徒のノートを奪っていた。


「なんだ、これ、デスゲームの設定か。マジ気持ち悪いな、お前が死ねよ」


 ノートを破る不良を睨む生徒が殴られていた。

 私は振り向かず、黒板に文字を書き授業を続けていた。


「我が校にイジメはありません」


 校長からは、何があってもそう答えるように言われていた。

 もし、そのような事態にあっても気がつかないフリをしているように命じられていた。

 私が憧れていたドラマの教師なら反発しただろう。

 だが、私は校長のいいなりになり、すべて事に目を閉じた。

 所詮は私も自分が嫌悪した人間と同じ存在だということを自覚した。



 左腕に鋭い痛みが走る。

 地面に何かが落下し、それが自分の左腕だと気がつく。

 肘から先がなくなっていた。


「おい、まだ早いぞ」 「もう少し楽しませろ」 「つまらん、終わらせよう」


 三つの首がそれぞれ話す。

 左腕から噴き出る血を止めようとは思わない。

 どうせ、もうすぐ終わる。

 最後にできることはないだろうか。

 無数の剣を受け止めて死にかけいる女騎士。

 その後ろでただ泣いている女狩人。

 彼女達を助けることは出来ない。

 ただ少しでも彼女達が生き残る可能性を増やせないだろうか。


 剣が三本同時に飛んで来る。

 半身になりギリギリかわすが、右耳に当たって引きちぎられる。

 今まで一本ずつだった剣が三本になった。

 終わらせる気だ。


 なにか、なにか考えろ。


「せ、先生はっ」


 叫んだ。なにか意図があったわけではない。

 ただの時間稼ぎ。

 なにも出来なかったイジメの現場、あの時叫んでいれば何かが変わっていただろうか。


「先生は、踊りが得意です」


 嘘だ。

 踊ったことなどほとんどない。

 学校行事でマイムマイムを何回かしたくらいだ。

 それでも、それでも少しでも時間を稼ぐ。


 剣が飛んでくる中、マイムマイムを踊る。


「なんだ」 「狂ったか?」 「笑止」


 三首リザードマンは呆れているが、飛んでくる剣はまた一本に戻った。

 右足をかすめて血が噴き出る。

 それでも変わらず踊り続ける。


「どうかな、先生の踊りはっ」


 死のダンス。

 くるくると廻る。

 不意にイジメられていた生徒の顔を思い出す。

 どうしていままで忘れていたのだろう。

 ノートに何かを書いていた生徒。

 まったく同じ顔をこの世界に来てから、見ているではないか。

 ああ、そうか。

 これが因果というものか。

 大量の血が身体から流れる。

 あの時、彼を助けていれば、この世界は存在しなかったのだろうか。


 生き残る可能性はほとんどない。

 だが生き残ったら、謝らなければならない。

 あの時、何もしなかったことを。


 扉の向こうから犬の声が聞こえた。

 同時に私の左足が千切れて飛ぶ。


「来たか」 「よい暇潰しだった」 「では、これにて」


 三首リザードマンが私に向かってお辞儀をする。


「「「おさらばだ」」」


 終わる。何も出来ぬまま、何もせぬまま。


 部屋にあるすべての剣が宙に舞う。

 手と足を片方ずつ失った私は、地面に這いつくばり、最後に何か叫ぼうとする。

 うずくまり、泣く彼女になにかを伝えたい。

 私がドラマの言葉で教師を目指したように、彼女が生きる希望を持つ言葉を叫ぼうとした。


 だが無数の剣が眼前に迫り、私の頭は真っ白になる。


「助けて」


 それが、最後の言葉になった。

 ミキサーの中に入れられた果物のように、身体のすべてが刃に切り刻まれる。

 顔面の肉が小削こそぎ落とされたと思った瞬間、意識はぶつりと遮断しゃだんされた。



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