1-03 同郷人からの逃亡を決意


「長い夢を見ていた気がする」


 二度寝から目覚めて最初に感じたのは強烈な違和感だった。

 俺あんな荒んだ奴だった? いや、記憶の限りじゃだいぶひどい経験をしてきたから荒んでいて当然だけど、やっぱり違和感しかない。


「ロガーの言っていたを回復したからか?」


 多分そうなんだろう。過去の自分をのように感じてしまう。そのうちなくなるんだろうか?

 過去の自分が苦しんでいた事は記憶している。でもその記憶で今の自分が苦しんだら意味がない。じゃあ何をすれば楽しいのか? 何を目標にすればいい?


「うーん……うん、わからん」


 過去の記憶を探っても途中から生きるのに必死で、何がしたいのかわからなくなってたみたいだしなぁ。第一、やりたかったから、と過去の自分に目標を丸投げするのも違う気がする。

 今の自分がすべきは、今の自分がしたいことで、未来の自分の糧になればなお良い、ような気がする。


「わからんけど、このまま何もしないでいたら俺は殺されるな」


 昨日ロガーからサーティサバイバー云々の話を聞いたとき、高い確率で同郷者殺しに出会うだろうと予想した。

 地球からこの世界に転移する際に大きな白い部屋にいた外来者は相当多かった。

 その七割が削れたとしてもかなり多くの外来者が恩寵のアップデートを受けたことになる。


 この世界はエルフや獣人がいるファンタジー世界だけど、人間は意外と白人系だけじゃなくあらゆる人種がそろっている。白い部屋でもいたみたいだから何か関係があるのかもしれない。

 ロガーは言わなかったけど、一度目の恩寵があるなら二度目、三度目のアップデートがあるのではないか、そしてそれは積極的に同郷人を殺せば起こせるのではないか? と考える奴がいてもおかしくない。すくなくとも真っ先に思い浮かべた奴がここにいる。

 神が生き残ったものに恩寵を与えるこの世界は、外来者にとってはデスゲームといえるかもしれない。


 もちろん自分からはやらない。相手が自分より強ければ返り討ちにあうからだ。

 じゃあ回避するならどこに行けばいい?

 ここの城壁は強固で、魔獣などからは人間を守ってくれるだろうけど、外来者の生存競争からは守ってくれない。相手は個人で強いかもしれないし、地球の知識で無双していれば権力者として他人を使って殺しに来るかも知れない。

 帝国皇宮や省庁とか、大きな権力の下にいれば? いや、難関な上にコネも必要だった。

 軍隊は? 今工兵科にいるが、工兵とは名ばかりの日雇い労働者だ。出世できないし、士官学校に入り直すのも不可能。大手商会、中央魔術学院も年齢制限がある。


「うん、帝都じゃ無理だな。辺境へ行こう」


 権力に守られないなら自衛しなければならない。でも帝都で個人が武力を蓄え続けるのは軍人以外法律で不可能だ。

 権力も武力もない今、人が集まる帝都にいるのはむしろ危険だ。 

 辺境は瘴気のせいで人の住めない廃墟が点在し、魔物魔獣も多くいて危険だけど、それなりの恩寵があれば食い扶持くらいは稼げる。そこで隠れながら位階というレベル上げをしたり、技能の練度をあげるなりしてすごそう。


 とりあえずの目標を決めたのでさっさと身繕いをしてから出立の準備をする。といっても自分の全財産はテーブル代わりの大箱にしかない。本当に最低限の荷物だけで、変わったものといえば日誌くらいだ。改めてみるとこれだけで人間生きていけるんだな。

 妙な感心をしてしまったけど、とりあえず箱から出した荷物を大袋にまとめて背負う。それだけで準備は終わってしまった。

 結構長くいた部屋を改めて見た。これから客を迎えられるほど綺麗なたたずまいだ。

 階段を降りると宿屋のおやじが一瞬目を見開いた後、またむっつりとして帳面を見始めた。


「今日限りで部屋を引き払うよ」


「……みりゃわかる。まってな」


 そりゃわかるか。大袋にマント、あきらかにここに来たときと同じ旅装だ。

 奥の部屋からおやじが戻ってきた。


「前払いの預かり金だ。もってけ」


 ん? 大銀貨六枚って預かり金全額じゃないか。キャンセルの時は半額しか帰ってこないはずなんだけど。


「おやじさん、数多くない? もらっちゃうよ?」


 カウンターの上の大金をみてつい戯けてしまう。


「おめぇは窓もドアもぶち破らなかったし、ワインもこぼさなかったからな。修理代が無えからそれでいいんだ」


「なら遠慮無く。それじゃ、世話になったよ」


 立ち去ろうとする俺の背中におやじの声がかかった。


「口調まで変わりやがって……死ぬんじゃねぇぞ」


~~~



    ――◆ ◇ ◆――


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