幕間 時代の被害者で加害者

 工場が倒産したのは、二人目の子供が生まれる直前だった。

 確かに規模こそ町工場レベルだが、俺や同僚の職人達の技術には自信があった。人間の手でしか生み出せない物だと。

 ましてや機械やコンピュータ等には真似できないものだと。しかしそれは、ただの驕りでしかなかった事を思い知らされる。

 ある日、新型のサーボモータに使う歯車の製作依頼が、うちの工場に舞い込んできた。

 開発自体は順調であったし、クライアントからの評価も上々だった。

 だが、それから暫くして発注依頼がパッタリと止んでしまったのだ。

 それも、そのクライアントからだけでなく、今まで贔屓にしていた会社からも。

 調べてみると、ある企業がうちと同じ製品を半額以下の値段で市場に出し始めた事が原因だった。

 だが、俺達はどうせ粗悪品だの、ボロが出るだろうと高を括ってそれ以上はろくな確認もせず、贔屓にしていた顧客もすぐに戻ってくるだろうと、何の対策もしなかったのだ。

 そして気が付いた時には後の祭りだった。

 今にして思えば、何故確かめなかったのか?後悔だけが残る。いや、後悔しかなかった。

 顧客が戻ってくる事は無く、工場はそのままあっけなく倒産した。

 家庭がある俺は、僅かばかりの退職金が尽きる前に、何とかして再就職先を見つけなければならない。血眼になって求人を探し回ったが、職業安定所は自分と同じ様に職を求める者達でごった返していた。

 何かがおかしい。何故、みんなして仕事が無くなっている?

 一体、何が世界に起きているというのだ?

 そして俺は、ある日のニュースの特集を見て、ようやく何が起きているのかを知った。

 ウェイン&シンオウズ社の台頭である。彼らの開発したAIソフト「ブシドーサーヴァント」によって産業の全自動化が急速に加速させられたのだ。

 風の噂で知ったのだが、俺が以前作ったサーボモータの歯車もロボットアームの部品として組み込まれ、現在は俺達が作っていた歯車も含めた様々な部品を大量生産しているらしい。

 それは俺達の会社が何十年と培ってきた技術の価値がほんの数ヶ月で奪われた事を意味していた。

 しかしそれは最初から対策や企業努力を怠った会社や俺達が悪いのだ。それはいい。

 だが、俺には家族がいる。生活があるのだ。どんな仕事でもいいから、どんな手段でもいいから金がいる。

 娘が生まれる前日。頼れる親戚がいなかった俺は始めて消費者金融を利用した。もちろん返済の当てなどない。

 次に眼が付いたのはギャンブルだった。一発当てれば何とかなる。一発当てれば。当たれば・・・・・・。当たるわけがない。

 ただの現実逃避だった。すがるべき藁を間違えた私に神が救いを与えるわけが無い。

 それどころか、死神は私以外の命を代価に奪っていった。

 最初に刈り取られたのは最も弱かった娘だった。一歳の誕生日を迎える事も無く風邪で吹き消えたその命の火は、俺達家族にとって最後の篝火にも等しいかった。

 妻や息子に手を上げるようになったのも、その頃からだ。

 仕事を見つけてこない妻と鬱陶しい息子に苛立ち、ギャンブルに負けた腹いせに何度も何度も暴力を振るった。

 国民生活保障制度が制定されたのは、それから数年後の事だ。働かなくとも良くなった世の中で私はただただ惰性に生きていた。二人の生活費も借金返済と酒代につぎ込み、だらけた生活を謳歌していた。

 だから気づかなかった。あれほど愛していたはずの彼女の心が壊れていった事に。

 その日は珍しくパチンコが大当たりして土産も両手一杯に抱えていた。

 するとアパートの中から息子の笑い声が聞こえてきた。ここまで上機嫌なのは互いにどれだけ久しぶりだろう。

 意気揚々と玄関を開けた私は、元気良く「ただいまー!」と言おうとして、言葉を失った。

 そこにあったのは妻だった首吊り死体と、壊れた玩具のように笑い狂う息子だった。

 ああ、神よ。あなたは何処まで無常なのか?

 どうして俺ではなく、俺の大切な者ばかり奪う。娘にも妻にも息子にも何の罪も無いのに。

 俺は心の壊れた息子と、どう接すればいいのか分からなくなった。

 何時しか親として会話する事も殆ど無くなっていた。

 最後に話したのは三者面談、いや息子が進学の為に家を出た時か?

 幸いだったのは、息子は勉強が得意だった事か。高卒だった私とは雲泥の差だ。

 このまま、どこか良い会社に就職して、俺の事を捨てたら、どうしようか?

 いや、いっそ捨てられてしまおう。その方が何倍も気が楽だ。

 息子が家を出てからは一切連絡を入れていない。こんな駄目な親父といるよりも、その方が何倍も幸せだろう。

 一人で暮らすようになってから四年、酒も煙草も医者に止められてから、やらなくなった。

 いや、違うか。一人になってから何の味も臭いも分からなくなってしまったのだ。ただただひたすらに空虚な味。でも、それでよかったのかもしれない。

 何も感じなくなった分、昔ほど胸が苦しくなる事は無くなった。

 何もかも失った代わりに、全てから逃げ切り、心の平穏を取り戻せたのだ。

 そう、逃げ切れたと思った。だが、現実は何も変わっていなかった。

 四年ぶりに聞いた息子の声に、私は嗚咽を漏らした。

 遂に私にも罰が、死神の鎌が振り下ろされる時が来たのだ。

「ああ、そうだ。俺を罰してくれ!」

 だが返ってきた言葉は、不器用ながらも、とても力強いものだった。

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