第11話 不穏な輩と謎の先輩

 帰りのホームルームを済ませると、今日は夕方のシフトが入っていたので、バイト先に直行だった。今週は同僚たちの都合上、やたらと出勤日が多い。

 シフトを相談した当時、まだ美桜と付き合うなんて予定は当然無く、気にせず他の人のダメな日を自分の出勤日にしたところ、こうなってしまったのだ。正直、少し後悔はしている。

 帰り際、今日はバイトがあると美桜に伝えた所、彼女も同じく出勤する日だったらしい。

 終わりがお互い二十二時だったので、頑張ろうね、終わったらLINEするから、と言ってくれた。

 美桜の言葉には不思議な力が宿っているらしく、頑張ろう、と言われただけで、普段の五割増し位でバイトの気合いが入っていた。

 どうやら実際、目に見えて頑張っていたらしく、一緒に入っていた大学生の先輩に、なんかいい事あったのか、とからかわれた程だ。

 退勤を済ませ、ロッカーで着替えをしている時だ、右のポケットでスマホが震え、メッセージの着信を告げた。

 即座に取り出して確認すると、もちろん相手は美桜だった。

『お疲れ様〜 今日はわたし、いつもより頑張った気がする!』

 メッセージの読む限り、向こうも僕と同じ気持ちがあったのかもしれない。

 僕自身、終わったら美桜とLINEが出来ると思うと、楽しみを待ち焦がれるというのか、仕事の時間が短く感じられていた。

 美桜のやる気に繋がったのであれば、彼女のためになれた気がして、僕も少し嬉しかった。

『お疲れ! 僕も今日は頑張ったよ! 美桜のおかげでね!』

 少し臭いし、恥ずかしいセリフだが、付き合っているんだし良いかな、とばかりに送信。返信はかなり早かった。

『さすがにそれは恥ずい!』

 いつものネコのキャラが赤面するスタンプ付きだった。

 思わずぷっと吹き出してしまい、ニヤケながら、なんて返すか悩んでいたところ……先輩に早く帰れと急かされてしまった。曰く、高校生は帰りが遅くなって、もし補導されたら店に迷惑との事だった。

『一旦家に戻るね、美桜も帰り道気を付けて』

 先輩は大学生だからいざ知らず、補導されようものなら厄介なのは事実だ。

 僕は仕方なしにそれだけを送信して店を出た。


 家に着いてすぐに、カラスの行水を経て自室へと戻った。

 そのままベッドに転がって、美桜とLINEのやりとりをして過ごす。そうこうするうちに気付けば時間もかなり遅くなっていた。

 これだけ話していていまさらだが、あまり長く話していると、もしかしたら、美桜の負担になってしまうのではないかと思い、最後に僕は前から思っていた事を聞いてみる。

『もう十二時過ぎたね……そういえば、美桜って普段はあまりLINEとかしないタイプなんじゃないかと思ってた』

 相変わらず美桜の返信は早い。

『ほんとだ! 春樹君はそろそろ寝る感じ?』

『で、なんでそう思ったの?』

 ふたつ続けて送られてきたメッセージに、僕はベッドの上で初めてデートした日の会話を思い出しながら返信をした。

『電車を待ちながら話してたからさ……』

『それかー!』

 即座に真っ青な顔をした猫のスタンプが追加される。

『春樹君が彼氏になってくれてから、分かった事があるんだよね!』

『なに?』

『春樹君が相手だと即レスしちゃうね!』

 そのメッセージに僕は一安心だった。なにせ、自分が即レスタイプの人間なので、それを嫌がられていないか少し不安だったのだ。

『なんか安心した』

『むしろ来ない方が不安になるよ(笑) もしかして気にしてた感じ?』

『してた感じ』

『うわー、なんか損したー』

『これからはいっぱい送ります(笑)そして安心した所で、明日は早朝バイト行くから寝るー!』

『そんな時間もやるんだ?』

『そそ、登校前に六時~八時でね』

『頑張れー! じゃ、また明日ね。おやすみ〜』

 美桜に『おやすみ』のスタンプを送信してから、僕は丸めた布団をぎゅっと抱き締めた。

 彼女と初めて交わした寝る前の挨拶。それが例えスマホごしであれ胸がキュンとなった。

 今頃、美桜も部屋の電気を消して布団に入っただろうか?

 美桜の事を考えれば考えるほど、愛おしさが込み上げてきて、布団を抱く腕にも力が入る。

 もはやおはようからおやすみまで、毎日がこんなに側に美桜を感じていては自分の身が持つのか心配になってしまう。

 もし布団の中の美桜が同じ気持ちでいてくれたらいいな、と思いながら、僕は瞼を閉じた。


 火曜日、早朝シフトがある日は何が良いって、バイクで通学出来てしまうことだ。コンビニの駐車場の端にバイクを置いておき、高校までは歩いて登校すればいい。

 こういった日は夕方もシフトを入れてあるので帰りもバイクで帰れて楽チンなのだ。

 まさに高校のそばにバイト先を選んだ特権だった。

 きっちりと二時間を働き、八時になって退勤登録を済ませた所で美桜から、おはようのメッセージが飛んできた。

 こういった細かい気遣いの出来る美桜だから、きっとタイミングを読んでくれたに違いない。

 事務所で廃棄になったちぎりパン(いちごマーガリン)を食べていた僕はそれを咥えたまま、おはようと返す。ただ、その後美桜から飛んできたメッセージは全く予想しなかったものだった。

『ねぇ、一緒に登校しない?』

 ん!? となった僕が、理解するより早く次のメッセージが飛んできた。

『実はもうそばまで来てるんだけどねー』

 確かにバイト先は教えたし、美桜の家からなら、通学路を少し大回りするだけで来れてしまう。自転車で来るのだから大した苦労では無いだろう。

 もちろん自分だってやぶさかでは無いので、少し驚いたが『了解! 待ってる』とすぐに返信を送った。


 美桜がコンビニにやって来たのはそれから数分経った後だった。発注のために早めに出勤して来た店長に、店の外でふたりでいる所を見られてしまったので、今日の夕方辺りはなにか言われてしまいそうだ。

「おはよう、そして朝からお疲れ様!」

「おはよう。ちょっと不意打ちだったからびっくりしたよ」

 得意げに笑っている美桜を見る限り、最初からサプライズのつもりだったのだろう。

「実は、今朝はそのつもりで早めに家出てたんだよねー」

 そんな事を語った美桜と、ふたり肩を並べて学校までの道のりを歩きはじめる。

 美桜は僕がここまでバイクで来ていて、コンビニから学校までは歩きと知ってびっくりしたようだが、自転車を押して一緒に歩いてくれていた。

 周りでは自転車で来ている生徒が次々と僕たちを追い越していく。

「これも憧れだったんだよね、彼氏と一緒に登校するのって」

「うん、それは分かるかも。正直、今すぐ美桜とふたり乗りしたいくらい」

 そっちなの!? と吹き出した美桜は口元に手をやってケラケラと笑っていた。

 そんな話をしながら、目の前の赤信号に足を止める。

 ここまで来ると、駅から歩きで通学している同じ制服の生徒達もかなり多くなってくる。

「けど確かに、もう少し前の世代だったら二人乗り出来たのかもしれないよね……ほら、ちょうどそこに坂もあるから、耳をすませばごっこも出来るよ?」

 目の前の坂を指差していう美桜に、今度吹き出すのは僕の番だった。

「例えが秀逸過ぎるよ!」

「ゆずの夏色みたいに、ブレーキ握りしめて下る方がよかった?」

 また変な例えを出した美桜とひとしきり笑い合う。

「僕的にはバイクで後に乗ってもらえたのがすごく嬉しかったから、それで満足だよ」

 信号が青になって周りと一緒にまた歩みを進める。

「この間、バイク初めて乗ったけど、凄い気持ちよかったもんねー」

「そう言ってもらえると嬉しい。今度海岸せ……」

「よっ、おふたりさん!」

 僕の話に割り込んで、オマケに肩をバシッと叩いて来たのは自転車に跨った浩介だった。

「あ、おはよう、神田君」

「コウ、今のは痛いよ、流石に」

 浩介は自転車から降りると、僕らと並んで歩き始める。

「朝からふたりで歩いてくるなんてラブラブだねぇー」

「そう見えるなら先に行っていいのに……」

 僕の言葉に浩介は、わかっちゃいねーなぁ、と言ってから、その先を続けた。

「おふたりさん、周り見えてねぇんじゃね?」

 言われて僕らが周りを見渡すと、慌てて目を反らす輩がチラホラと見受けられる。

「もしかして、目立ってた?」

 浩介はコクコクと頷いた。

「昨日の一件はもうかなり広まってるからなぁ、俺にまで事情聴取みたいなLINE着てたんだぜ?」

「マジか……」

 美桜見ると、恥ずかしいそうにうつむいて自転車を押しているし、僕も同じ思いだ。

「ふたりとも自覚した方がいいよ? 特に春樹は。みんななんでアイツが!? って言ってたもん」

「そこはそっとしといてくれよ……」

「いや、けっこうマジで。うちのクラスは平気だけど、ほかのクラスの奴には気を付けてな、優しい俺からのアドバイスだお」

 最後は茶化していたが、浩介の話はきっとふざけて言っている訳ではなさそうだ。

 そんな事を言われてしまうと、堂々とふたりで歩ける日は来るのかな、と朝から僕は不安になってしまった。

 

 浩介の話を実感したのは数時間たった後だった。

 朝の一限、二限をバイト後の睡魔に打ち勝ち、中休みになってトイレの個室に入った時だ。

 用を済ませ、ズボンを上げてベルトを閉めているタイミングで、外から話し声が聞こえてきた。

「なぁ、そう言えば隣のクラスの夢咲って彼氏出来たらしいじゃん」

「あー、聞いた聞いた! あのむっちゃ可愛い娘だろ、タケがフラれたっていう」

 二人の話に、舌打ちをする音が聞こえたのでおそらく三人組だろう。

「しかも今までほぼキンパだったのに、なんかめっちゃ清楚って感じに変わっちゃってさ。何アレ、彼氏の好みに合わせちゃいましたー的なやつ?」

「そう言えば、相手のほう、東雲ったっけ? あいつもなんか髪型いじってたよな。まぁ所詮は冴えねぇ奴が何した所で変わりゃしねぇよ? 身の程知らずってな。なぁ、タケ?」

「オマエらうっせんだよ。その東雲ってヤツとまとめてぶっ飛ばされてぇか?」

 もう一人のドスの効いた低い声だった。

「ンな、イキらなくてもあんなん持たねーって。どうせすぐ別れんべ」

「タケが本気出したら彼氏くん、ビビって一週間持つかな?」

「やべぇ、こっわ。一週間で破局とかWR-Xも真っ青な速さじゃね?」

「スバルブルーだけに、ってか?」

「てめぇら本当に潰されてぇかオラァ!」

 突然出された大声に僕までがビクリと震えてしまう。

「じょ、冗談だって、んな怒るなよ」

「そうそう……」

 見えないドア越しでも、彼の仲間たちが慌てて取り繕う様子が伝わってきた。

「ぜってぇに許さねぇ……コケにしやがったあの女も、その彼氏とやらもだ」

 便器の水が流れる音がして、足音がひとつ遠ざかる。

「ヤバくね、マジでタケのやつ怒ってるぞ」

「だな。しばらくは触らぬ神になんとやらだ……」

 さらに水が流れる音がして二人分の足音が遠ざかっていった。

 気の抜けた僕は、そのまま便座に座り込んでしまい、しばらく立ち上がる事もままならなかった。


 三限、四限はさっきの故意では無いにしろ、盗み聞きしてしまった話が脳裏に過ぎり、ろくに授業を聞かないまま、時間だけが過ぎていった。

 朝の浩介が言っていた事ではないが、どうしたら自覚を持っている事になるのか、それがわからない。

 周囲の妬みを買わないよう、一緒にいる所を見られないようにしたら……

 お忍びで密会する関係なんて、そんなのを美桜が望んでいるわけがない。

 それこそ僕の考える自覚は彼女の傍に居る事だ。けれど周りから見たらそれは面白くないに決まっている。

 釣り合いうんぬんは一旦棚上げするにして、平々凡々な僕にとって、美桜が出来すぎた子なのは間違いない。

 ただ、それでも僕は美桜の側で彼氏として彼女を支えてあげることができる存在でありたいし、もっと頼りにして貰えたら嬉しい。

 美桜のためになるならば、引き立て役だって踏み台にされたって何でも一向に構わないのだ。

 もちろん他の男子が美桜をどういった風に見ているかの察しはつく。嫌でも目を引く容姿なのだから、街中でスカウトくらいされていてもおかしくは無い。

 けれど、それは彼女が努力して高校デビューに成功したからであり、彼女自身が強くあろうとしたからだ。

 一緒にいて感じた本当の美桜は、負けん気はあっても、そんなに強いメンタルなど持ち合わせていない。それなら中学の時に、吹奏楽部を辞めては居なかっただろう。

 特に今は美桜が女子の間で孤立してしまっている。他人に何を言われようと、僕だけでも美桜の味方になって、彼女が辛いと感じるならば一緒に受け止めてあげなきゃいけない。だけどそれを周りが許さない。なら一体、僕は何をしたら……

 気付けば四限の古文は終わっていて、昼休みに入っていた。教科書やノートをしまい、いつも通りに浩介と買い出しジャンケンをしようとしていると、お弁当を片手に美桜がやって来た。

「今日はわたしも参戦しよっかな」

「おっ、いいねー! 負けないからな!」

 浩介はそう言うと、例の謎のポーズで出す手を考える。

 先程の話もあって、僕は美桜の事を無意識に見つめていたらしい。それに気づいた美桜が微笑み返してくれたのだが、バツの悪さから視線を反らせてしまった。

 首を傾げて何か聞きたそうな雰囲気を遮ったのは、また浩介だった。

「春樹もいいか、やるぞ!」

 あぁ、と頷いた僕は、ジャンケン、ポン! という二人の掛け声に、半自動的にグーを出していた。

「春樹、弱っわ!」

 浩介の言葉通り、二人がパーを出していたので、一発で僕の負けだった。

「気もそぞろって感じだったからな、グーだと思ったぜ!」

 毎回恒例である浩介のよく分からない講釈を、はいはい、と聞き流しつつ、百円玉を二人から受け取る。

「今日はCCレモンだな」

「うーん、アイスココアでヨロシクね」

「わかった」

 二人からの注文を聞いて僕は教室を出た。

 一番近い自販機やパンの購買は二、三年の昇降口にある。四階から階段を一番下まで降りて、購入したら、また登って。

 この二年の教室からすると、なかなかにめんどくさい配置である。

 自販機で三人分を揃え、ジュースの缶を抱えて戻ろうとした所で、後から声を掛けられた。

「なんだ、今日はハルが負けたのか?」

 振り向くと、声の主である隆哉がコロッケパンと揚げパンを持ってやって来た。

「そう言うタカこそ、早弁で足りなくなったのか?」

「そーゆーこと」

 ニシシとばかりに隆哉は笑うと、僕の横に並んで歩く。

「今朝はふたりで登校して来たらしいじゃん」

「なんで知ってるのさ?」

「噂話が聞こえてこないのは、たいがい本人くらいなもんさ」

 階段を前に立ち止まりかけた僕に、隆哉は、どうした、と言ったが、何でもないと言って登り始める。

「やっぱり釣り合い、取れてないのかな?」

「…………」

 僕の呟きに、隆哉はしばらく無言で階段を登っていた。そして二階と三階の間の踊り場まで来た時、隆哉が足を止めた。

「ハルはさ、みゆちゃんと俺の事見ててどう思う?」

「えっ…………」

 言葉に詰まったのは姉ちゃんからあの話を聞いていたからだ。それを知らない隆哉はもしかしたら今の僕の反応を違う風に捉えたのかもしれなかった。

「やっぱり、ふたつも歳下が相手じゃ、周りには言えないよな……」

 普段の隆哉らしからぬ、憂いを帯びた表情に僕は何も言えない。姉ちゃんの想いも分かるし、隆哉が年の差を気にすることも分かる。

 両方の想いを知りつつも、それは僕が伝えていい事じゃない。姉ちゃんと隆哉が彼らなりに悩んで答えを出すしかないのだ。

「わりぃ、ちょっと同い年のふたりが羨ましかっただけだ。気にすんな……」

 隆哉はそう言うとまた歩き始めた。

「俺はハルたちの事応援するからさ、あんまりお前も考え過ぎんなよ!」

「それ、今のタカが言うか?」

「ちげーねぇ」

 いつもの調子に戻った僕達がクラスの前に戻ると、見知らぬ女子から話しかけられた。

「あなた達、ちょっと悪いんだけど、藤堂って子、クラスにいない?」

 少し前の美桜のように金髪をゆるふわパーマにしていて、やや高圧的な態度で話しかけてきた彼女の校章は青だった。つまり三年の先輩らしい。

「いますけど、何か用ですか?」

 隆哉が尋ねると、まぁちょっと色々とね、と複雑な表情をした。

 どう考えても、めんどくさそうな何かがあるといった感じだ。

「呼んでもらえると助かるんだけど?」

 言葉と裏腹に、呼べと強制しているのは間違いない。

「ハルが行くとそれこそだろ、俺が行くよ……」

「悪い、頼むわ……」

 藤堂の所へ向かう隆哉を見送り、美桜と浩介が待つ机へと戻ると、ジュースの缶を机上に置く。

 ありがとうと言った二人も、いまのやり取りの様子を伺っていたらしい。

「あれ、三年の先輩よね?」

「部活の先輩、って訳じゃ無いよな。藤堂も確か帰宅部だし……」

 視線の先で隆哉とやり取りした藤堂が先輩の所に向かうと、彼女らは一言、二言話してから、教室から出ていった。

「なんか、いい話って雰囲気でも無かったし、僕はあまり関わりたくないって正直思ったよ。特に藤堂さん関連だとさ。隆哉がいてくれて助かったよ……」

 カバンから、朝コンビニで買ったパンやおにぎりを取り出す。

「あはは、わたしもいまの百合香と春樹くんは引き合わせたくないかな。何言われるかわかったもんじゃないよ」

「さてさて、俺たちも飯にしようぜ」

 気にしてもしょうがないとばかりに、浩介は弁当箱を出すと蓋を開けた。

「「「いただきます」」」

 食前の挨拶を三人そろってしてから、僕は焼きそばパンのビニールを開ける。

「そう言えば、今日は春樹くん、お弁当じゃないんだね?」

 美桜はプチトマトのヘタを摘みながら言った。

「ん? あぁ、バイトで朝早く家出る時は、母さんに早起きさせるのも悪いしね」

「なるほどね」

「春樹の場合、暇な週と忙しい週が極端すぎねぇか? 普通バイトのシフトって、出る曜日とか決まってるんじゃないの?」

「うーん、うちは自分達で調整しろって方針だからなぁー。LINEのグループで翌週の予定を金曜日までに決めて、店長に報告するスタイルなんだよね」

「なにそれ、ちょっと羨ましい!」

「正確にはその日に出れる人の名前書いといて、店長が組み合わせチョイスしてるんだけどさ」

 ふーん、と言った美桜は、口に含んでいたものを飲み込んでから言った。

「ちなみに次に早朝入るのっていつなの?」

「えっ、金曜日かな。今日みたいに夕方とセットだよ」

 もう一度、ふーん、と言った美桜が僕の顔を見つめる。

「わたしが作ってあげるって言ったらどうする?」

「えっ?」

 美桜は朝の不意打ちが成功した時みたいな顔で笑った。

「だって、今食べてる焼きそばパンに、そのお好み焼きパンとツナマヨのおにぎりって、春樹君のチョイス、炭水化物ばっかじゃない。栄養偏りすぎだよ!」

「それはなんと言うか……本当に良いの?」

「あまり過度な期待されても困るんだけどね、わたしだってお弁当くらいなら作れるもの」

「いや、すっごく嬉しい!」

 思わず美桜の手を取って立ち上がらんばかりだった。先程まで、なんだかんだと考え込んでいたにも関わらず、食べ物に釣られるなど、我ながら単純なものだ。

「提案しといてなんだけど、ちょっと春樹くんの反応が大袈裟すぎて照れる」

「ごめん、嬉しすぎた!」

 浩介は、冷静になった僕を呆れた視線で眺めていた。

「お前らさ、俺の前で……って無駄だな」

 にやけ顔が止まらない僕に浩介が肩をすくめる。

「あーあ、明日から炭酸やめてブラックにしよ」

 浩介は、やれやれ見てらんねーよ、と言ってから、ウインナーをカリッと音を立てて食いちぎっていた。

 浩介の恨み節がこの程度で済んでいるのは、彼にも彼女がいるお陰だろう。

 僕はこっそりと例の男装レイヤーさんに感謝の念を送っておく事にした。

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