わたしのお父さんは呪いの魔剣なんです

神代かかお

第01話 ~お腹がへると猛獣さんが暴れます~

 唐突ですけど、わたしとてもピンチだったりします。


 ――ぐぅぅぅぅぅぅぅぅ。


 お腹がへりました。


 きゅるきゅると。ぐるぐると。わたしのお腹は鳴き続けます。


 もちろんお腹の中に猛獣なんて飼ってないよ。


 どうしようもないくらいお腹がへったんです。


「うぇっ、にがい……」


 かみかみ。


 よく分からない野草の茎をちぎって噛み締める。


 けれど、苦くてすぐに吐いた。


 お腹の足しになるどころか気持ち悪くなっただけでした。


 ――ぐぉぉぉぉぉぉぉぉ。


 ごめんなさい。


 わたしのお腹の中にはやっぱり猛獣さんがいたみたいです。



 とぼとぼと。


 どこへ続くか分からない森の中を歩き続けます。


 薄暗い森の中。


 つめたい。


 湿った土の感触がとても気持ち悪いです。


「ううっ……」


 泣きたい。


 つかれた。


 お腹がへった。


 何処かも分からない場所を彷徨い続けて早5日。


 既に心身ともに限界を通り越しています。


 弱音を吐いてもどうしようもないって分かってるのに。


 どうしてこんなことになったんだろう……。



 ……誰でもいいんです。わたしの身の上話を聞いてくれませんか。


 ダメダメなわたしの転落人生ですけど。


 えへへ。誰も聞いてくれる人がいないのは分かっています。


 でも、こうして何かを考えていないときっとわたしは倒れて二度と動かなくなってしまうと思うから。


 だからわたしは最後まで誰でもない虚空に向かって話し続けます。


 声は掠れて出ないけどね。



 まずは自己紹介から。


 わたしの名前はクーリア。10歳の女の子です。


 そう。10歳なんだよ?


 わたし6日前にとうとう10歳になったんだ。


 えっへん、と胸を張る元気もないけれど。そもそも張る胸なんてどこにもないけれど。


 ぐすっ……。


 自分で言いたくないけれどわたしはとても小さいです。


 10歳とはとても思えない程に痩せこけた身体にちっとも成長しない背丈。


 それでもわたしにとって9歳から10歳になることは何か大きな転機になるかもしれないとワクワクしていたんだ。


 尤も逆の意味で大きな転機になったのは事実なんだけれどね。


 その結果が薄暗い森の中を独り彷徨い続けるって言うんだから笑えないよねぇ。



「あうっ」


 何かに躓いて顔面から地面へとダイブ。


 柔らかい土だから怪我はしていないけれど鼻がジンジンするよ。


 前方不注意。


 考え事をしながら歩いていたから樹の根が飛び出していることにすら気づかなかった。


 うぅ。口の中がじゃりじゃりする。


 それに何か変な石みたいなのを飲み込んじゃった。


 とてもお腹がへってるけど。


 石はさすがに食べられないよ。


 うん。もう起き上がる元気すらない。


 近くで何かが流れる音が聞こえるけど見上げる力もないかな。


 だんだんと頭もぼーっとしてきたよ。


 ねぇ、もう諦めていいかなぁ……。


 わたし、これでも一生懸命頑張ったんだよ?





 …………。


 あれ?


 気づけばわたしはよく分からない場所に立っていました。


 見渡す限り一面真っ白な場所。


 周囲にはシャボン玉みたいなふわふわ揺れる何かが漂っていて……。


 その一つ一つがキラキラと輝いているとても綺麗な世界。どう見ても現実ではない光景でした。


 あ、ここ夢の中だ。


 それとも死後の世界? もしかしてわたし死んじゃったのかな。


 ただまぁ、どっちでもいいかな。


 夢の中だとしてもわたしの人生はきっともうすぐ終わる。


 この場所は神様がくれた最後の時間なのかな。


 だったら大切にしないとね。


 それにしても綺麗だなぁ。


 目の前を漂っているシャボン玉の一つを指でそっと触れてみる。


 パチン。と割れたシャボン玉。


 とても呆気なく。触れただけで弾けるシャボン玉。


 うん。何となく分かっていたよ。


 割れたシャボン玉から溢れるソレはわたしの記憶。


 ――走馬灯。


 これはわたしの精一杯生きてきた証でした。





 わたしの人生の中で転機となった出来事は4回あったりします。


 ――4回。


 それを多いと思うのか。少ないと思うのか。わたしには分からないことだけれど。


 少なくともその全てがわたしの人生を左右する出来事だったのは確かなのかな。



 最初はわたしが覚えているはずがない生まれてすぐの頃。


 赤ちゃんだったわたしは親に捨てられたそうです。


 記憶にすら残っていない出来事だったから、後からそのことを教えてもらったときも「へぇ、そうなんだ」くらいにしか思わなかったな。


 そもそもの話。


 育った環境含めて、わたしの知る世界観ではわたしと同じ境遇の子供はそう珍しくない訳で。


 わたし自身、顔も名前も知らない親への興味はそうなかったりします。


 それでも、やっぱり時々思い馳せることもあったりするんだよね。


 小さな町で育ったわたしだけど。


 そんな町にも当然幸せな家庭を築く家族はいるんだよね。


 わたしとそう変わらない女の子がお父さん、お母さんと楽しそうに手を繋いで歩く姿を見たり。


 お使いで大きな荷物を抱えて一人歩いているわたしのすぐ傍の家の中から聞こえてくる賑やかな一家団欒の声だったり。


 そんな光景を見る度に思ってしまうんだ。


 わたしのお父さんはどんな人だったんだろうな。お母さんは? 実は姉妹もいたりしないかな。えへへ。可愛い妹からお姉ちゃんって呼ばれたりして。


 考えても仕方のないことだけれど、ふと時々思うことがあってその度に胸がきゅっと締め付けられたりしたかな。



 2回目の転機は親に捨てられたすぐ後に孤児院に拾われたこと。


 拾ってくれた人は孤児院を営むお婆ちゃん。


 とても厳しい人で何度も怒られたし、よく罰としてご飯を食べられないことがあったり、外にある納屋の中に閉じ込められることもあったけれど、わたしにとっては大事な人だったよ。


 孤児院にはわたしの他に子供たちが全部で5人いました。


 わたし含めて常に6人。


 時々里親希望の人がその中の誰かを引き取っていくみたいだけど、減った分すぐに新しい子供が増えていたの。


 だから常に6人。


 今考えるとそれが何処か歪で不自然なことだとはその時は全く気づかなかったのだけれど。


 気づいたときには全てが遅かった訳で。


 それでもわたしは感謝しているんだ。


 10歳になるまで生きることが出来たから。


 孤児院の中でも馴染めずに異質な存在だったわたしを育ててくれたお婆ちゃんには本当に感謝してもしきれない。


 ちなみにわたしの何が異質なのかはまた別のお話とさせてね。


 そんな機会があるのかは分からないけれど。



 そして3回目の転機。


 今まで生きてきた人生の全てを否定された思いをした出来事。


 わたしのいた孤児院では10歳になる節目だけ心ばかりかのお祝いが行われるの。


 ほんの6日前の出来事。


 わたしの10歳の誕生日。


 生まれて初めてのお誕生日祝い。


 そして祝われる人だけが食べられるご褒美。


 とても小さかったけれど、今まで食べた中で一番美味しかった甘いケーキ。


 他の子供たちにも振舞われる香辛料がふんだんに使われた兎や鳥のお肉。


 思えばこの時に食べた料理がまともに食べた最後の食事なのかな。


 うぅ……夢の中なのに思い出したらまたお腹がぐるぐる鳴き始めちゃったよ。猛獣さんお願いだから鳴き止んでくれると嬉しいな。


 でも、そんなわたしにとって一番幸せだと感じた時間は。


 その日の夜に粉々に砕け散ってしまいました。


 初めてのお誕生日祝いに興奮したわたしはその夜中々寝付けずにいて。


 だからなのかな。


 何となく。そう何となくわたしは寝床から起き上がってふらりふらりとまだ明かりがついているお婆ちゃんがいる場所に向かったのだけれど……。


 うん。分かっているよ。


 あの時起きずに寝たままでいれば。


 未来は変わらずとも少しは信じたままでいることが出来たかもしれないね。



 ――お前みたいな気持ち悪い化け物を今まで育ててやっただけ有難く思うんだね!!



 それがわたしが覚えているお婆ちゃんからの最後の言葉。


 えへへ。わたしが信じた世界は。


 何もかも偽りで……信じるものなんてない場所だったんだ。


 あの時はさすがに動揺して取り乱してしまったわたしだけども。


 お婆ちゃんにとって、わたしは商品以外の何者でもなかった訳だった。


 成す術もなく無理やり木箱に閉じ込められたわたしは知らないオジサン――奴隷商に売られてしまいました。


 だけどね。


 さっきも思ったけど、お婆ちゃんには本当に感謝しているんだよ。


 でも、木箱の中から聞いたあの時のお婆ちゃんと奴隷商のオジサンとの会話はさすがに記憶の片隅に追いやりたいかな。


 劣等種だが人形みたいに美しい顔立ち。魔力はほとんど籠っていないが淡い水色の長い髪は高値で売れる。


 お婆ちゃんが奴隷商のオジサンに言ったわたしの形姿。


 無垢なわたしでも分かった。お婆ちゃんがわたしを少しでも高く売ろうとしていることを。


 そしてどうやらわたしは特定の人達の好みの容姿をしているみたいで。


 さすがのわたしでもお誕生日祝いで食べた料理を全て吐いてしまう程に気持ち悪いやり取りが木箱を挟んだすぐ隣で繰り広げられていました。


 孤児院でのわたしの記憶はそれが最後。


 そして、次にわたしが意識を取り戻したのは最後の転機となった4回目。



 ――血の臭い。


 鼻腔をくすぐる嫌な臭いが木箱の中にまで漂ってきてわたしは目が覚めました。


 何が起こったのか分からなかったけど、確かに異変と呼べる事態が起きているみたいで。


 そもそも異変じゃない状況が何処にもない訳でそこに更に異変ってどういうことなのかなということは置いておきます。


 不自然なほどに静かでした。


 回らない頭を必死に動かして状況確認。


 わたしの状況。お婆ちゃんに売られて奴隷商のオジサンに連れていかれている最中。もしくは既に目的の場所に着いている?


 外の状況。木箱に閉じ込められたままだから分からない。ただ、上蓋がずれて眩い光が入り込んできているみたい。


 わたしの現状。胃の中のものを全て戻したはずなのにさっきから漂ってくる血の臭い以外の異臭はしなかった。それに感触的に着ている服も違っているみたいで。手足は――うん。縛られていないから動けそう。


 結論。怖かったけれど、勇気を出して外の様子を見てみることにしました。


 その結果。


 そこは見知らぬ森の中で。わたしは林道を通っていた馬車の中に積み込まれていた木箱に入っていたみたいでした。


 わたしが入っていた木箱以外にも木箱が幾つもあったけれど。


 その全てが滅茶苦茶に壊されていて中身はどれも空っぽで。


 そして外に出たことでより濃密に漂ってくる血の臭いに嗚咽が込み上げてくるのを必死に我慢して。


 その原因もすぐに分かりました。


 奴隷商のオジサン。それに知らない大きな男の人が二人。その全員が血塗れで倒れていて、ピクリとも動く気配を見せません。


 怪我をして寝ているのかな? ううん。それは違う。


 駄目……。現実から目を逸らしちゃ駄目。


 この人たちはもう二度と起き上がらない。


 人の死を見るのはこれが初めてでした。


 濃密に漂う血の臭いが死の臭いだと分かった瞬間、わたしは四つん這いに倒れ込み涙と一緒にえずき続けたのだけれど。


 胃の中がからっぽだったわたしはどうすることも出来なくて必死に這ってその場から逃げたのでした。



 正直何が起こったのか知りたくなかった。


 盗賊のしわざ? それとも魔獣? だったら何でわたしは無事なの?


 必死に逃げるわたしの頭の中をぐるぐると色々なことが思い浮かぶけれど答えなんて何処にもなかったよ。


 それから5日間。


 林道をそのまま進めば助かったかもしれないのにわたしは食べ物を求めて森の中に入ってそのまま彷徨い続けました。


 だってお腹がへったんだよ。


 唯一の救いだったのは森の中でわたしを害する魔獣や獣とは一度も出会わなかったこと。


 出会わなかった理由に心当たりはあったりするんだけどね。原因は分からないけど。


 けれど、そんなこと考える余裕なんてなくて。


 お腹がへったわたしは頑張ったよ。


 我慢できずに樹の根元に生えてる変なキノコを食べたり。


 もちろんお腹を痛めて全て吐いちゃったけど。


 他にも地面に落ちてる果物も食べたりしたかな。


 腐ってたみたいで一晩中うなされちゃったけどね。


 何度も食べて吐いての繰り返し。


 空を見上げるとどんなに頑張っても届かない場所に新鮮な果物が実っていたりもしたけれど。


 お腹がへって力が出ないわたしでは登ることも樹を叩いて落とすことも出来ませんでした。


 それでも何とか生きていられたのは綺麗なお水だけは定期的に飲めたから。


 水場なんて見つけてないよ。


 お婆ちゃんにも。町の人からも。色んな人から劣等種と呼ばれたわたしが唯一できる小さな魔法。


 その力で何とか生きながらえることが出来たんだけど、それももう限界なのかなぁ。





「あはは。ひどい結末だなぁ」


 今までそれが普通なのだと自分自身を偽って生き続けていたけど。


 こうして客観的に見るとよく分かるんだね。


 涙なんてとうに枯れ果てました。


 気づけば周囲に漂っていたシャボン玉は全て無くなっていて。


 他にはな~んにも残らない真っ白な世界だけ。


 わたしの思い出はこれで終わり。


 空っぽなわたしだけが残りました。


 だから分かるんだ。


 きっともうすぐわたしも消えるんだろうね。


 悲しみはあまりないよ。


 後悔も未練もあってないようなものだしね。


 あの時こうしておけばよかっただんて考えるだけ意味のないことなんだよ。


 だけど。


 そんなわたしでも思ってしまうことがあって。


 次は幸せな人生を歩みたいなぁ。


 優しいお父さんとお母さんに囲まれて。


 貧乏でもいいから。


 わたしを見てくれる家族さえいてくれれば。


 わたしはそれ以外なんにもいらないんだけどな。


 でも……。


 それでも最後に美味しいご飯が食べたかったよ。



『――――――――――』



 何だろう。


 胸の奥? が何だかポカポカする。


 でもソレに不快感は全くなくて。


 逆に心地の良い温かさを感じるよ。



『―――――――――ろ』



「ふぇ?」


 あ、変な声が出ちゃった。


 だって明らかに誰かの声が聞こえたんだよ。


 もしかして神様?


 わたしを迎えに来てくれたのかな。



『――――――――きろ』



 きょろきょろと。


 辺りを見回すも声の人はどこにもいなくて。


 あれ? 何だろう。


 わたしの胸が光ってるよ?


 なに。なにが起こってるの?



『はやく起きるのだ。美味いものを食べたいのだろう?』



 把握。


 声の人はわたしの中から聞こえていて。


 気づいたときにはわたしの意識が遠ざかるのも同時っていうね。


 もしかして。


 うん、もしかしてだけど。


 声の人はわたしのお腹の中にいる猛獣さんだったのかな?


 猛獣さん。ご飯食べさせてあげられなくてごめんね。


 微睡む意識の中。


 わたしが最後に思った感想でした。



『誰が腹の猛獣だ。まったく……今代の主は世話が焼ける娘なことだな』



 この時のわたしには知る由もなかったことだけど。


 ソレは最初からわたしの中に存在したもので。


 生まれた時からずっと一緒にいてくれて。


 繋がる切っ掛けがなかったからずっと眠っていた存在。


 ソレの名前は――。

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