第7話転生したら異世界でした06


「ではわしのために生きろ」


 オリジンはそんな提案をした。


「?」


 唐突すぎて言葉の意味を斟酌できないクロウ。


「きさんが家族のために居なくなる理由は分かった」


 それも確かだ。


「かと言って死なれてはわしの心象に宜しくない」


「あまり気に掛けて貰わなくとも……」


 そうクロウは言うが、クロウの曇り無い心に触れて愛しく思わない知性があるならソレこそ嘘だろう。


「偏にきさんがヴィスコンティと絶縁すれば済む話じゃ」


「そうですけど……」


「なら戸籍の上で死ね」


「と仰いますと?」


「この山で暮らせ。丁度山の管理を任せる手足が欲しかった所じゃ」


 ヴィスコンティのしがらみから逸脱する。


 オリジンの御心を騒がせない。


 その折衷案……落とし処としては悪くないオリジンの提案だった。


 クロウはその偉大さに深々と頭を下げる。


「ご寛恕有り難く。オリジン様のお世話になります。如何様にもお使い潰しくださいませ」


 クロウはオリジンに忠義を尽くすことになる。


 が、オリジンの表情は少し硬い。


「様は要らぬ。呼び捨てろ」


「なりませぬ。忠義を尽くすに礼を以てせねば理屈が通りません故」


「わしはそれほど偉くもないじゃ。様付けされると逆に慇懃無礼に聞こえる」


「むう」


 頭を上げたクロウもまた困った。


 正座したまま腕を組み、色々と沈思黙考。


 結果、


「先生?」


 そんな形に落ち着いた。


「では付いてきやれ」


 とオリジンは火を消して立ち上がると先導してクロウを導いた。


 洞窟……洞穴の出口は鬼ヶ山の側面に通じる。


 そこから少し歩き、天然の風呂があった。


「温泉ですか」


 クロウが言う。


「汚れを払うには最適じゃろう」


 オリジンはボロ布を脱ぎ捨てて風呂に入る。


 豊かな女性の裸体が目に毒だ。


 クロウも続いた。


 少年故に未発達の体。


 その意味をクロウはよく知っていた。


 スッとオリジンにすり寄る。


「何じゃ?」


 困惑するオリジン。


 オリジンの持つ美女の顔が怪訝を含むが、気にせず距離を詰めるクロウ。


 黒い瞳に乗っているのは陶酔にも似た光。


「――――」


 クロウはオリジンの唇に自身の唇を重ねた。


 クチャ――と粘液が音を立てる。


 唾液のソレだ。


 クロウはオリジンとフレンチキスを交わした。


 唾液の交換が終わると、スッと顔を離すクロウ。


 頬が湯の温度のせいではなく赤く染まっている。


 性的に興奮しているとも言う。


 要するにそういうことだ。


「何のつもりか?」


 とはオリジンは問わなかった。


 クロウが如何な理由でそうしたかを把握していたからだ。


 つまり、


「身も心も先生に捧げます」


 という宣誓。


 完全なる服従の証。


 尤もオリジンとしては困惑の種に相違なかったが。


「クロウは恩義を感じた人間全てに体を許すのかや?」


「けれど小生にはこの身一つしかありません故」


 それはその通り。


「山の主となれば先生は大層お偉い御方です。少年趣味も教養の一つと存じますが」


 オリジンにしてみれば不名誉な評価だったが通念としては間違っていない。


 なおクロウが先述したようにクロウには自身の体しか捧げられる物が無いのだ。


「相わかった」


 嘆息と共にオリジンは観念する。


 美女と美少年。


 二人はギュッと抱き合う。


 温泉に浸かり互いの裸体を絡ませて。


「クロウ。きさんはわしに操を誓え」


「はい。先生に貞操を捧げます」


「では如何に大きな恩義であろうとわしを裏切って操を売り渡すな」


「誓います」


「宜しい」


 そう言ってオリジンは介抱を解いた。


「抱かれないので?」


「もう少しきさんが成長してからじゃな」


「むぅ」


 困った。


 クロウはそう表情で語るのだった。


「きさんは前世でも色恋に……だったのかや?」


「いえ。妻子は持っていました」


 結論は語ったはずですが、と付け加える。


 衣川の館の自刃と並行した道連れ。


 それ故に悟れたというのもおかしな話ではあるが。


「そうか」


 オリジンはクロウの頭を撫でる。


 産まれてから鋏を入れていない艶やかな濡れ羽色の長髪。


 股間の男性器を見なければクロウは黒いロングヘアーの美少女とも取れたろう。


「辛かったの」


 たったそれだけの言葉。


 が、あまりに慈愛を含んだオリジンの言葉にクロウは溜め込んでいた鬱屈の全てを吐き出した。


 前世の罪と現世の罪。


 七十二煩悩の悉くが涙と嘆きの形を取り鬼ヶ山の風にさらわれる。


 受け止めるオリジンこそ人が良かっただろう。

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