新歌集より 色々台無しからの立て直し

 猫の勇者を頭に乗せて、踊り子のリベカは軽快な足取りで盲目の元貴族、リチャードと、妹のセトカの手を引いて街道の上を歩いておりました。

 中性的な歌声で楽しげに歌いながら歩く様は、誰もが手を止めて顔を向ける程度には人の心を動かすものでした。

--素晴らしい歌だ。ところで、今はどんなところを歩いているのだい?

 歌が途切れるのを待ってからリチャードは尋ねました。リベカの妹、セトカはリベカ越しに答えを返します。

--ここはアッシュールの近くかな。左が畑。右は森の外れ。

--なるほど。エジプトからはだいぶ離れているね。バビロンの北、あたりかな。ああ、古代のバビロン、是非行ってみたいものだ。

--バビロンってバベルのこと?

 セトカの疑問にリチャードは頷きました。

--聖書ではそうだね。

--聖書が何かは知らないけど、そんないいところじゃないよ。神殿や像はいっぱいあるけど。そもそも目が見えないのに行ってどうするの?

 リチャードは見えぬまま優しく笑いました。

--目に見えるものが全部ではないさ。それに気づいたのはついさっきだが。まあ、なんというか視力を無くして絶望していたら他のいろんなものを無くしてね。人もいなくなり、ついには全財産無くして、地位も関係ないところについて、それでようやく、それ以外もあるなと気づいた次第だ。具体的に言えば歌の上手いお嬢さんに手を出して引かれて歩くんだから、私の人生はそんなに悪くない。そう思わないか。

 リチャードに言われてリベカは顔を赤らめました。男に口説かれていると思ったのです。

--キザって知ってる?

--我が大英帝国にはない言葉だが、フランス語にあるのは知っている。フランス人の軽薄な態度と振る舞いのことだ。

--自分がキザだと思う事は?

--心からそう思っている事をキザとは言わない。

--ふーん。あーそう。

--リベカお兄姉ちゃん照れているよ。

 セトカが解説すると、リチャードは少し困った顔をしました。

--素直な事は美徳だが、素直すぎて心配にはなるね。ところで遠くで剣を抜く音がするんだが。

--そう? 俺には聞こえないけど、あ。囲まれてる。

 セトカが周囲を見ると畑仕事をしていた連中が臨時の盗賊に転職したようでした。

 リベカはため息。頭の上の猫が二本足で立ち上がると剣を抜きました。

リベカも同時に剣を抜いていました。

--どうするセトカ、犯されてから殺す? それとも殺してから生き残り同士で性行為させて尊厳踏みにじってから止めをさす?

--面倒くさいからただ殺すでいいと思うけど。

--そうか、そうだね。

 リベカは腰を落として走ると剣を振るって一度に三人の盗賊の首を刎ねました。猫の勇者コンラッドは人間では反応できない肉食獣の速度で五人の喉仏を肉球で突き、セトカは短剣を投げて二人の目を貫きました。いずれも踊るような仕草でした。

 農民たちはリベカの艶かしさに臨時の盗賊に転職したのですが、脅しの言葉一つさえずることもなく何もしないまま全滅しました。はなから勝てるわけもなかったのです。リベカたちは人を殺すのに慣れてなんの躊躇もなく、コンラッドは小型とはいえ、生きるため、食べるために日常的に生き物を襲う存在でした。

 リチャードは戦いの様相を音で把握して顔をしかめました。かつて従軍した第二次ボーア戦争、それも自分たちでやった残忍なやり方を思い出したからでした。

 こういう時、イギリス人はまず相手に理解を示し、自分も同じだと伝えた上で異を唱えます。リチャードもそうでした。

--あー。一ついいだろうか。私はかつてとても残忍な作戦をやらされた事がある。民間人を収容所に送っては家や家財を焼くのだ。武器を持った少年を止むを得ず射殺したこともある。その上での話だが、我々はもう少し自分たちの良心や美意識を喜ばせる行為をすべきではないだろうか。

--殺されるよ。そんなこと言ってると。

 吐息を顔に感じつつ、至近距離のリベカの声にリチャードは困った顔をしました。

--殺されない程度でやりたいんだ。敵のためではなく、私の言葉に照れていた可憐な人の心を守るために。

--キザって知ってる? 偽善者さん。

--もう一度言うが、心からそう思っている事をキザとは言わない。それと偽善ではない。美意識の問題だ。

 リチャードは頰をつつかれました。面白くなさそうに何度も。

--私は美人なんだよ。兄が狂うくらいに。それで殺したの。私をものにしようとしたから。それぐらいの美。だから、これ以上美意識はいらないと思うけど。

--ああ、君、そこが違うんだ。君の死んだ兄の趣味ではなく、私の趣味の話だ。

 リチャードは両手で頰を引っ張られました。イギリス貴族は傲慢だと誰もが言いますが、その一端はこの言い方にありました。誰かの事を思いやっていても、お前のためだとかは決して言わない人々なのでした。

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