着々と






 翌日から再度邪神信仰者探しが始まり、三日目に、三名の邪神信仰者が見つかった。まだいるかもしれない。捕まった者たちは、他の邪神信仰者の有無について何も言わなかった。


「シルビア、久しぶりのような気がするな」

「はい、イオ、お久しぶりです」


 邪神信仰者捜索の間は、ほぼ一日それのみだった。魔物のようなものの出現も収まったため、一旦は捜索は打ち止め。

 シルビアは一週間弱振りに神剣の訓練にやって来ていた。


「鈍っていないだろうな」

「問題ありません。稽古は家でも出来ます」


 神剣を背から抜くと、結局シルビア自身は魔物のようなものに遭遇せず使う機会がなかったが、手はしっかり馴染む。家で振っていたからだ。

 抜いてすぐに鞘に収めるつもりだったのだが、白い刀身をじっと見つめる。


「……イオ、私は、自分で騎士団に入ると決めました」

「ああ」

「強くなりたかったのです。アルバートさんのように、強くなりたかったのです」

「ジルベルスタイン隊長は強いからな」

「はい。私はアルバートさんに憧れています。アルバートさんのような強さが欲しいのです」


 彼に憧れた。騎士団に入ってから、ますます憧れるばかりだった。何を前にしても動じず、揺るがないから。その強さが欲しかった。そうなるのだと、決心したばかりだった。


「だから、少し、残念です」


 あとどれほど、自分はここにいることが許されるだろう。イオとどれほど訓練を遠し、剣を交わすことが出来るのだろう。

 シルビアは剣を背の鞘に戻した。




 ──養母が、言わなくてごめんなさい、とシルビアに謝った。

 シルビアは首を振った。彼女が謝ることはない。彼女の責任ではなく、養父の責任でも、アルバートの責任でもない。そもそもこの件で責任を問う人物がいるのだろうか。

 話を聞いた当日は、シルビア自身話を整理しきれておらず、何も言うことが出来なかった。つい先日のことだ。


「お母様」


 養母に尋ねた。

 養父はまた忙しいようで、アルバートには、シルビアは何となく尋ねられそうにない。


「私は、騎士団にはいられなくなるのですか?」


 養母が眉を下げた。

 答えは、それだけで分かった。


「ごめんなさい、あなたが唯一言い出した道なのに」


 王太子と結婚する先に、どんな環境の変化が待っているのか分からなかった。

 そうか。もしかして、と思って聞いてみたら、そうなのか。


「……いいえ、お母様。許してくださって、ありがとうございました」


 この世で生きるための教養だけでなく、騎士団で必要な技能──剣術、馬術、体術など多くのことを余計に教えてもらった。

 学院には通えないから、ジルベルスタイン家の中で全てを。


「シルビア……」

「先日のお話のことなのですが、私がそうするべきであるのなら、私はそうします」


 先日聞いた話について、気にしている様子の養母に言っておかなければ。

 考えて、考えて、自分なりに見つけた着地点。


「『意味』は理解しています。この国を守ることに繋がると理解したいと思います。私は、お母様やお父様、アルバートさんに出会えたことに感謝しています。『この世界』をくれたことに、感謝しています。だから、私はそれを失わないようにと考えて役目を担いたいと思います」

「──シルビア、私達は──」


 養母は何かを言おうとして……結局「そうなのね。あなたなりに、考えてくれたのね」と言った。


「シルビア、あなたはとてもいい子ね」


 彼女の綺麗な手が、シルビアの頭を撫でた。

 養父とも、アルバートとも異なる撫で方。そういえば、頭を撫でられたのは久しぶりではないだろうか。

 養父はそもそも会えていないから。では、アルバートは──


「お母様、どうしたの、ですか?」


 養母は仄かに微笑んでいた。その微笑みに、違和感のようなものを感じた。

 この感覚を、いつかも。

 それほど前ではない。テレスティアの使者が首都に到着する寸前の日だ。

 養母の様子に違和感を覚えて、アルバートが「十年に一度あるかどうか分からない痴話喧嘩だ」と称していた。


「シルビア、私達は、あなたのことを家族だと思っているのよ」

「はい」

「本当に。……アルバートが言っていたと聞いたことを、私も考えてしまうわ」

「アルバートさん?」

「ええ。ねえ、シルビア、私達があなたに祈ることはただ一つ」


 養母は、微笑む。それはそれは、慈愛深い微笑みだった。


「この先のあなたの人生が、ずっと、ずっと、平坦で平和で幸せでありますように」


 イントラス神に祈らぬ祈りだった。

 養母の指が、髪を撫で、頬を撫で、離れていく。


「シルビア、結婚自体については、どう思っているのかしら」

「結婚自体、ですか?」

「ええ。グレイル殿下のことが少し苦手なようだから、そこに不安はないかしら」

「殿下のことが本当に苦手で避けたいのではないと、分かっています。今殿下には失礼なことをしているのでしょう。……私より、殿下は、良いのでしょうか」

「……そうね、殿下はそういった話をしない方だからどうかしら。私にも分からないわ。でも、心配しなくてもいいのよ」

「そう、ですか?」

「他に何か、心配なところとか気になることはない?」


 いいえ、と迷わず答えようとした。けれど、そう問われて、口は止まった。

 なぜだろう。シルビアは、自分でも考えて、納得したのに。

 ……何に、引っかかっていると言うのだろう。


「…………いいえ」


 養母は少し目を細めて、「そう」と頷いた。

 それから、しばらく静かな時が挟まったのち、そっと改めて名前を呼ばれた。


「今度、夜会があるの」


 テレスティアとの話がまとまったらしい。テレスティアの使者があちらに戻る前に、ささやかながら宴を催すことになったのだとか。


「王妃様がシルビアの姿を見たいと仰っているの。それでね、ルーカスも私もジルベルスタイン家の者として参加するし、アルバートも参加するのだけれど、シルビアも一緒にということになるのよ」


 夜会に出る、ということ。

 言外にどうする?と雰囲気が漂わせられたが、口には出されなかった。


「分かりました」


 シルビアは一つ、返事をした。







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