サッド ナイト ガール。

後藤りせ

第1話 レイラ。

15cmのピンヒールで、アスファルトに作られた水溜りを容赦なく踏みつける。


ギラギラと眩いネオンがシャットダウンされていく風俗街にばら撒かれたいくつもの欲望を清めるかのように包むのは、とても激しい雨だった。

風営法という硬いガードの塊によって、この街は静かに息を潜めて夜を越える。


濡れていくフォックスファーのコートはこの上なく無様で仕方がない。


深夜0:30の暗闇は、風俗嬢である「レイラ」を脱いだ本名のあたしに、凄まじい攻撃を仕掛けて、あたしは何故か心がヒリヒリと痛むのをただ堪えていた。


ああ。 身体に、脳裏に、臓器に、ひどい火傷を負ったみたい。


自ら手枷足枷をつけたあたしは、戦う自由さえも奪われている。

この濡れたアスファルトに倒れ込めば、本当に息も絶えてしまうんだろう。


店の中で「レイラ」として生きている数時間、指名ランキングを塗り潰す極彩色の価値だなんてリアルを生きる本名のあたしには通用しない。


一歩ずつ歩む度にひらりひらりとコートの裾から見える太腿の菊の花束の刺青が、雨の雫を浴びて誇らしく咲き乱れている。


絶え間なく、速度を上げて、おぞましいほどに、濡れる。


たっぷりとグロスを乗せたぽってりとしたピンク色の唇に、生暖かく苦い涙がポロポロと垂れ流れていくのを感じていた。


あたしは、今、なんで泣いているのだろう?


真っ白な息を吐く。

この瞬間すぐに冷たい冬の空気に混ざってしまうのはわかっていたけれど。


眩くも嫌味のように輝いていたネオン街は、そっと沈黙に包まれていく。


ピンヒールの鋭い音を鳴らし、決して振り返ることも立ち止まることもなく、あたしは歩いている。


誰でもいい。 理由なんて必要ない。お金なんていらない。


このぽつんと虚しく開いた膣と、同じような大きさで開いている心の淋しさを買ってくれる存在がある限り、あたしは暗闇と共に、息をして生きていく。

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