ツンデレ幽霊少女と老人F。
紅紐
第一話 クレープの味は♪ ①
「なにこれあンま~いッ! はうううううッ!!」
まだ春には早いとは言え、突然の暖かな陽気に賑わう公園で。
リンはこれまで味わったことなどないというクレープを、心から堪能していた。
ベンチに腰掛けた私、古谷一行(ふるやかずゆき)、六十二歳の体に憑依して。
リンとは、二千年の時を超えて存在する幽霊の少女である。
一方、私は数回の転生を経た霊能力者の端くれ……。
そんな二人はかつて、この国土の存亡をかけて戦った間柄だ。
それが今こうして一緒にいるのは、なぜか私が彼女に慕われているため……というよりは、私自身が彼女を捨て置けぬからなのだ。
一度世界を消し去ろうと企んだ彼女の償いの旅を、今は二人で続けている。
そのリンの姿を一度でも目にした者は、まるで呪われたように決して忘れることはできないであろう。
紺のセーラー服姿、細く伸びた指。そして膝がしらが見える丈のスカートからすらりと伸びる脚。
サラリと揺れる前髪を耳元まで上げた時、闇の深淵に引き込まれそうな漆黒の瞳が覗く……。
その姿は、繰り返す転生において最後の前世で死んだ十七歳の時のままということだが……その変わらぬ美しさ故に、彼女は悲劇を無数に繰り返した。
そしてそれが彼女が世界を呪うことにもなったのだが。
そのためかリンはこれまでの前世で、およそ同世代の普通の女子が経験する娯楽に興じたことなど、一切なかったらしい。
各地を転々と私と過ごすようになって数か月。
そんなリンに、小さな変化が見られるようになっていた。
すれ違う女子高生のバックにぶら下がるマスコットに、口へと運ぶ菓子類に、目を向けるようになっていた(だが、それを尋ねると「見てなんかなかったわよ!」と、すぐに否定する)。
それで私も、今日はふと目にした若い人垣が囲むクレープ屋を訪れ、リンに渋々憑依させ「味覚を使わせた」のだ。
最初、無関心を装っていたリンではあったが、一口食べるや私の顔面を崩し……この叫びである。
「あ~ん、初めて! こんなに美味しいの~ッ!!」
やはり、リンも十七の娘なのだな。久しぶりに心が和んだ。
が、すぐ隣のベンチに座っていた髪が……ほぼ金色の女子高生らがひきつった笑い声を上げた。
「なにこの爺さん。うけるっ!」
「やだ、きもいよ~ッ!! 行こう行こう!!」
『なんですって?!』
リンの声が私の脳内に最大音量で響く。
ゲラゲラ笑って去っていく彼女らに、リンはいきなり「霊波」を撃った。
私の知りうる限り、史上最凶の幽霊であるリンの放つ「霊波」など喰らえば、人間の体など一たまりもない。
咄嗟に私はそれを四散させる「念」を発し……いや、四散はまずかったか?
リンの怒りはかろうじて春一番の突風程度には収まったが、ただでさえ短い彼女らのスカートは大きく翻り……結果、公園を行き交う者たちの視線を、その丸く並んで揺れる柔らかな肉塊に集めてしまったようだ。
いつの間にかリンは私への憑依を解き、目の前に立っていた。そしてまだ大きくはためくスカートを抑え、逃げていく彼女らを睨み、毒づく。
『何よあの紐みたいな下着、あばずれがッ!
どうせ散々男咥えこんでるんでしょうよ!
おまえら小便臭いガキにはわからないでしょうけど、
髪は真っ白でも古谷はすごく恰好いいんだからねッ!!』
最後の言葉はともかくですね……なんと口汚い言葉を。
私は冷や汗を拭いながら地面に落としてしまったクレープを拾い上げ、仕方なく近くの屑籠に捨てた。そしてリンを促しベンチに並んで腰を下ろす。
「リン、お願いですから人前では感情を抑えて下さい。」
なだめる私に、リンは眉間に皺を寄せ顔をずいっと近づけた。
『だってバカにしたのよ?! 古谷のことをッ!!』
いえ、味わって叫んでいたのはあなたですから。まあ、声は私の声でしたが。
「落ち着いて下さい。
私はあなたに甘味を楽しんでいただければ、それだけで良いのです……。」
え?
いや、ちょっと、その。
水底に引きずり込まんとするような漆黒の瞳を、急にゆらゆらと揺らしながら、私の手を取り見つめられても。
『かずゆん……。』
「そっ、その、『かずゆん』とは、なんなのですか?」
これもごく最近のリンの変化の一つだ。
リンは極たまにそんな風に小さな声を漏らすことがある。恐らく私の名を呼んでいるのであろうが「かずゆき」の「き」が、何故「ん」になるのか。こそばゆいというかどうにも……。
つい恥ずかしくなりうつむいた私に気づき、リンもすぐに普段どおりに口を尖らせ声を張り上げる。
『い、言ってないわよ、そんなことッ!
それより古谷。
あなたのこと、まだじっと見ている子がいるんだけど?』
「え?」
その相手を射殺さんというリンの視線の先へと振り向く。するとそこには……。
先ほどは彼女たちに隠れて見えなかったか。
同じベンチの端に、同じ制服の女子高生が一人、じっと私を見つめていた。
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