4.(わたし) 待ち合わせ / 友達とLINE / おじさんの家

 その日、わたしが、お気に入りのちょうちんそでのワンピースを着て行ったのは、何か予感があったからかもしれない。


 わたしは、CO-OPコープこうべ熊見坂くまみざか店の中にある休憩きゅうけいコーナーの椅子に掛けて、清治きよはるおじさんと待ち合わせしていた。

 わたしは時々、清治おじさんのご機嫌きげんうかがいに行く。おじさんは、わたしを迎えに来る。料理の材料をコープで買いそろえてから、おじさんの家に向かうのだ。

 おじさんは、可愛いめいっ子を放っておけないから、家の外に出て、コープまで迎えに来なければならない。買い物したら、レジで店員さんとやり取りしなければならない。女の子に重い荷物を持たせられないから、自分が持って歩かなければならない。運動になるし、新陳代謝しんちんたいしゃが活発になるし、日光浴にもなる。全てはおじさんを家の外に出させるため。ひとつながりのくさりのように連環れんかんした、望美姫の計略なのである。


 手提てさかばんの中で、MADOSMAがピロンと小さく鳴った。わたしはMADOSMAを鞄から取り出し、通知のアイコンにさわった。美優みゆちゃんからの、LINEのトークだった。

 みゆ「おじちゃんとデート?」10:20

 美優ちゃんは、わたしが清治おじさんと仲良しなことまでは知っている。美優ちゃんが、今日のわたしの予定を知っているのは、週末、遊びの誘いをわたしが断ったからだ。

 のぞみ「今コープで待ってる」10:21

 みゆ「私チロとデートするわ」10:21

 美優ちゃんの愛犬、チロが喜んで飛びねている写真が添えられていた。散歩に行くつもりだろう。

 のぞみ「チロかわいい。行っといでー」10:21

 みゆ「うん」10:22

 通信終わり、だろう。わたしと美優ちゃんのトークは、だいたい美優ちゃんが「うん」と書いて終わる。LINEはたまに、め時が分からなくなるのが困りものだけど、それ以外では手間がかからず、便利なものだった。


 清治おじさんは、10時25分にやって来た。いつでもどこでも、誰に会う時でも、きっかり5分前というのがおじさん流だ。

 「待った?」

 「ううん、少しも」

 「今日はおしゃれだね」

 「ふふふ……そう? 普通だよ?」

 ちょっといい気分だった。わたしはその場でくるりと回った。髪の毛とワンピースのすそが、少しおくれてついてくる。おじさんは笑って、わたしの鼻を指でちょこんと突ついた。わたしはすっかり気分が良くなってしまった。

 わたしたちは買い物を始めた。上下二段じょうげにだんにかごを乗せたカートを、おじさんが押す。わたしはおじさんの健康とお財布事情さいふじじょうとを考え合わせて、品物を選んではかごに入れていく。有名メーカーのトマトピューレ、150グラム130円……こんなものを買っていたら破産はさんする。イタリア産の、400グラム98円のホールトマト缶で十分。イタリアのお百姓ひゃくしょうさんだって、日本のお客さんにどくるつもりなんかないだろうから、大丈夫。

 おじさんが注文を出した。

 「今日は少し多めに買ってくれ」

 「はーい」

 「作りきが、多めに欲しいんだ」

 「どうして?」

 「おじさんの作り立てより、望美の作り置きのほうが、美味うまいからね」

 ちょっと気になったけど、言われた通りにした。

 コープを出て、バス停に向かった。わたしは先頭に立ったり、おじさんの後をついて行ったり、ふたり並んだり、気まぐれに歩いた。梅雨つゆのさわやかな青空。小さい袋をふたつ持ったわたしの小さな影と、大きい袋をふたつ持ったおじさんの大きな影が、伸びたり縮んだりしながら後を追っかけてくる。アゲハチョウの影とすれ違いながら。

 バスを4駅乗ってから、少し歩いたらおじさんの家だ。


 清治おじさんの家は、うっそうとしげった庭木のかげかくれるように、ひっそりと建っていた。

 おじさんは「植物を切るのはかわいそうだ」と言って、庭木の剪定せんていをしたがらない。もちろん、そんなことでは駄目だ。いずれはおじさんを説得せっとくして、ばっさり切らなければならないだろう。

 おじさんが本当に植物を大事に思っているなら、季節の折々おりおりに肥料をやるはずだが、そんなことしてるの、見たことない。骨折ほねおり仕事を、面倒めんどうくさがっているだけなのである。わたしは、ごまかされないぞ!

 まあ、それはさておき……。

 家に上がったわたしは、仏間ぶつまへ行ってお線香をあげ、手を合わせてお祈りした。

 「おじいさま、おばあさま、清治おじさんのことは、お母さんとわたしで、ちゃんとさせます。でも、力不足かもしれません。その時は、お力添ちからぞえください」

 他に祈ることがあるだろうか。何も無い。わたしは仏壇ぶつだんに、御仏前ごぶつぜんの袋をそっと置いた。袋の中には二万円が入っている。お母さんがパートでかせめたお金だ。お父さんは、清治おじさんのために、一円も出さない。

 おじさんは、重い荷物を運んで汗をかいたので、シャワーを浴びている。

 仏壇には、当たり前だが、御仏飯ごぶっぱんがお供えされている。わたしはふと気が付いた。台所へ行って、炊飯器すいはんきを開けてみる。ご飯は、三合さんごうかれていた。

 ?

 作り置きが、多めに欲しい?

 わたしは部屋を見渡みわたした。なんと、きれいに掃除そうじされている。いつもだったら、わたしがやいのやいのせっついて、ようやくやる事なのに。おじさんは、自分から掃除した。これは、一体……?

 はっ、まさか、およめさん候補こうほの人とわたしを、引き合わせる? ――いやいや、流石にそんな、虫のいい話は無いでしょう。結婚けっこんには先立さきだつものが……仕事と財産が必要なはず。

 では一体、誰が……。

 考えても仕方のないことだと、わたしは気が付いた。おじさんにたずねるのも野暮やぼだし。待っていれば、自然に分かることだ。

 それよりお昼ご飯、作らなきゃ!

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