記憶

奴だ。

間違いない、奴だ。

15年前に姉さんを殺した、あの男に間違いない。

俺は奴の、あの顔を見て確信した。

15年という年月は確実にこの男を老けさせたが、それでも俺は確信している。

中学生の姉さんに乱暴し、殺した男に違いない。

奴はいつも俺が大学に通うために乗る電車に乗ってくる。

大学に通うにはもう少し後の電車でも間に合う。

たまたま、早くに目が覚めたので、この時間の電車に乗ることにした。

そうしたら、奴に出会った。

偶然なのか、運命なのか。

きっと神さまもわからないだろう。

俺は必然だと思った。

その日以来、俺はその時間の電車、その車両に乗ることにした。

確信をさらに深めるために。

俺とその男が乗る電車にはすでに女子高生が乗っている。

黒髪の美少女だ。

いつも文庫本を読んでいる。

続いて、会社員の女。こいつはいつも車内でメイクをしている。

マナー違反だという人がいるけど、俺はどうでもいいと思う。

人に迷惑をかけなければ、とくに何をしてもいいと思う。

会社員風の男がもう一人乗ってくるが、いたって普通の男であった。


俺はヘッドホンをつけ、奴を観察する。

奴はいつも背広姿で新聞を読むふりをして、あの美人の女子高生を見ていた。

まさか、奴はあの女子高生を狙っているのか。


15年前の記憶が甦る。

俺は中学生になったばかりの姉と留守番をしていた。

姉は幼い俺をあやしていた。

弟思いの優しい姉だった。

数少ない姉の記憶。


チャイムがなり、

「お客さんかな」

そう言い、姉は玄関の方に向かった。

気がつけばあの男が立っていた。

男は嫌がる姉を力ずくで押し倒し、乱暴した。

そして、首をしめ、殺してしまった。

次に、俺のまだちいさな首に手をかけ、しめつけた。

すぐに気を失った。

意識を失う瞬間、俺は奴の顔を見た。

唇の下のほくろが特徴的だった。

俺は奇跡的に生き残ったが、姉は死んでしまった。

唯一の目撃者であったが、まだ幼い俺はろくに証言できるわけもなく、事件は迷宮入りしてしまった。

だが、俺はあの男の顔を忘れない。

笑いながら、優しかった姉に乱暴したあの男の憎らしい顔を。


どうにかして復讐をしてやろうと思案しながら、毎日電車に乗り、奴を観察している。

しかし、良い方法は思いつかない。

今さら警察に言っても相手にはされないだろう。

そうこうしている間に最後は突然おとずれた。


いつも新聞越しに女子高生を見ていた背広姿の男は、彼女に近づき、鞄からナイフを取り出した。

こんな所でなにをするのだ。

男の狂気を感じとり、俺は駆け出した。


奴はナイフを首にあてた。


「こんなのはなしだ」

姉さんの復讐をはたせないまま、奴は突然、自分の人生を終わらせようとしている。

俺は止めるために奴の腕に手をかけた。

しかし、ものすごい力で吹き飛ばされた。

不様に床を転がる。


「やはりおれにはこのやり方しか思いつかない」

奴はよく分からないことを言い、ナイフを一気に引き抜いた。

血が滝のように吹き出し、女子高生を赤く染めた。


男は死んだ。

奴は何故か微笑んでいた。

俺は、奴の死に顔をまじまじと見た。

唇の下にはほくろがあった。

そう言えば、左右どっちだっただろうか……

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