第13話 他己防衛
「どうしよこの状況……」
困ったように腕組をしながら、倒れている護衛たちを回り見る倫太郎。
幸い死に直結するような状態ではないが、致命傷であることには変わらないので妙に責任を感じている現状である。
「うーん……ひとまず」
ズルズルズル
ズルズルズル
ズルズルズル
ズルズルズル
ズルズルズル
「よし」
手に付いた土をパンパンと払いながら小さく頷く。
なぜかやり切った感を出しているが、護衛を一人ずつ引きずって小脇の草むらに押し込んだだけである。
「仕方ない。うん。仕方ない」
見事な現実逃避で気持ちに蓋をした。
それでも、待ち望んだ人との交流がまさか戦闘になると思ってもみなかった倫太郎の落ち込みは著しい。
ラビ太という姿だけ見れば、100人中100人が「人じゃないだろ」と答えるであろう現実。異世界において
この幸先の悪さは倫太郎の不安と心配をバッチリ促進させた。
「ん?」
項垂れるそんなウサギの耳が音を拾う。その音は荷馬車からであった。
気のせいとも取れる些細な音であったが、倫太郎はなんとなく今の気持ちを逸らすように音の方へ意識を向ける。
音の聞こえたであろう荷馬車に近づき、何気なく中を覗く。
荷馬車の中には大きめの木箱や樽なんかが積まれており、倫太郎には見慣れない武器やら道具なんかもある。
この世界では特に珍しくもないオーソドックスな物資運搬用の荷馬車。倫太郎にとっては少し物珍しさはあったが、これといって興味を引くようなものはなかった。
(あんま長居しない方がいいか)
『くちゅん』
「え?」
倫太郎がその場から離れようとしたその時、小さめであるが荷馬車の中からクシャミのようなものが聞こえた。
もう一度中を覗く倫太郎。薄暗い荷馬車の中を凝視するが細部はハッキリとは見えない。
おもむろに荷馬車の縁(へり)に足を掛けようとしたその瞬間、黒い物影が木箱の中から飛び出して倫太郎の脇を高速で掻い潜った。
「!?」
その不意の出来事に、びっくり箱を食らったかのようにビクッと驚く倫太郎。
振り返ると、そこにはシスターのような出で立ちの女性と、その後ろに隠れるようにして顔を覗かせる少女が立っていた。
シスター姿の女性はウィンプル(頭巾)はしておらず、亜麻色の髪で少し雑に編み込まれた三つ編みが目を引く。だが、それ以上に後ろに隠れる少女の髪がボサボサかつ服も薄汚れていることに倫太郎は意識が取られる。
見て明らかにやんごとない事情がありそうな二人の様子に倫太郎は自然と声をかけようとするが、ほんの数分前に引き起った不運がフラッシュバックして言葉が一瞬引っ掛かってしまう。
「ふー……」
その刹那。シスター姿の女性が整えるように息を吐き、右手を引いて左手を顔の前で構える。
「え?」
パンピーの倫太郎でも分かるシスターから漂う気迫。それは聖職という職域であるシスターが持ち得るはずのない闘気。
そして。張り詰めた空気を引き裂くように、シスターが一瞬で倫太郎との間合いを詰め恐ろしく鋭い突きを放つ。
「!!!」
シスターの立ち姿や気迫に気取られた倫太郎は反応が遅れるもののその突きを躱す。
「シッ!」
躱された突きの勢いを使ってそのまま体を回転させ蹴りを放つシスター。
それも倫太郎は躱すがシスターの連撃は止まない。
「シッ!」
「!」
「シッ!」
「!!」
「シッ!」
「!?」
シスターの動きには一切の無駄がなく、細かく変化をつける攻撃はどれも洗練されている。
その身のこなしは最早シスターとは呼べない。
明らかにさっきの護衛たちとは強さのレベルが違う。
それでも倫太郎はその攻撃を躱さなければならない。なぜならミラージュが発動してしまうから。
彼女の攻撃は洗練されているに加え十分過ぎるほどの威力が込められている。
ゆえに、〈ミラージュ〉で痛み分けるダメージは護衛たち以上に致命傷になる確率が高いのである。
人に危害を加える気など無いし、ましてや相手は女性。倫太郎としては洒落にもならない。
しかし。そんな倫太郎の気負いをすり抜けるかのように、スリット状になっていた服の中からダガーを取り出すシスター。
それを両手に持って攻撃のリズムをもう一段上げる。
(それはアカンだろ!?)
ダガーと言えどリーチも足された攻撃に四苦八苦する倫太郎。するとシスターがここぞとばかりに手数を増やす。
ただ単に武器を振り回す訳ではなく、キレの増していく体術と同化するかのようにダガーを振るっていく。
攻撃は全て急所狙い。躊躇など一切ない一撃必殺が繰り出されるが、それでもどうにかそれらを躱していく倫太郎。
息詰まる攻防戦が繰り広げられる中、ここでシスターが均衡を破らんと勝負に出る。
「フッ!!」
ダガーの1本をラビ太フェイス目掛けて投擲する。
「!!!」
それをどうにか紙一重で躱す倫太郎。しかし。それで終わりではなかった。
「〈
シスターが突如としてが消え、代わりに倫太郎の目掛けて投げられたはずのダガーが出現する。
スキル〈
シスターはそれによって、投げたダガーと自分の位置を入れ替えて倫太郎の背後を取った。
「ちょっ、待っ――――」
まさに体を裂くような斬撃一閃。
片手のダガーで一太刀を食らってしまう倫太郎。
しかし。
「ふー……。?。っ!!」
一太刀を入れたあとにヒット&アウェイで距離を取ったシスターの顔が苦悶に歪む。そして、そのまま横腹を押さえながら崩れるように片膝をつく。
「だ、大丈―――」
「くっ……!!」
倫太郎の声を遮るように駆け出し、そのまま少女を抱えて林の中へ走り去っていくシスター。その姿には決死の様相が表れていた。
「やっちまった!」
落胆する倫太郎。シスターが片膝をついていた場所にはしっかりと血の跡がある。
その血の跡は、倫太郎の健闘空しくミラージュが発動した事を物語っていた。
「~~~~~!あのままにはしておけんって!」
責任感と罪悪感がせめぎ合う倫太郎。すぐにシスター達を追いかけようとする。
だが。
「いたぞ!」
「囲め!」
「逃がすな!」
砂煙を上げて向かって来る騎馬隊。数にして10ほどの小隊である。
騎馬隊が二足歩行のピンクのウサギをその目で捕捉すると、組んでいた隊列を散開させて取り囲むように円陣を作る。
「はい!?」
出会い頭での臨戦態勢。状況を飲み込めず驚く倫太郎であるが、彼らはたまたまエンカウントした者たちではない。
敵意全開の彼らは、小脇の草むらに押し込まれた護衛の一人が呼んだ救援である。
倒されてしまい、振り絞るように最後空に放ったあの光球はこの救援に向けた救難サインであったのである。
「魔物め!よくも仲間を!討伐する!!」
一斉に武器を構える救援者たち。普段は町や村の守衛を生業とする彼らもまた熟練者ぞろいである。
(この流れは嫌な予感しかしない!!!)
早くシスターらを追いかけたい倫太郎。望まぬ負の連鎖をひしひしと感じながら思わぬ時間を食うのであった。
その一方で林の中へ逃げ込んだ二人は―――
「ハァ……!ハァ……!ハァ……!」
林道から外れ、道なき道を一心不乱に駆けるシスター。
障害物に気を回していられないほどに決死の彼女であるが、枝木などで傷つかないよう少女はしっかりと抱き締めている。
代わりに彼女の体の至る所はもうすでに傷だらけになっている。
(弱い……!なんて弱いんだ私は……!恨めしすぎるほどに身も心も弱い……!でも……この子は、この子だけは守り通します……何としてでも!!)
彼女は、体に走る痛みと締め付けられる胸の痛みを堪えるために歯を食いしばる。
慈愛ではなく自責の念をその胸に
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