第3話 手荒い歓迎
「うぅぅぅぅぅぅぅおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
木々の間を掻い潜りながら、全力疾走で山を駆ける二足歩行のウサギ。
その姿には微塵も愛嬌はなく、腕を振り腿を上げ、必死で決死のスプリントを雄叫びと共に続けている。
「なんだアイツ……!なんだアイツ……!!なんだアイツ……!!!」
困惑と恐怖が言葉となって漏れ続ける中、それを切り裂くように風切り音が倫太郎の横を通り抜ける。
その刹那、進行方向の木々がまるでボウリングのピンかのように薙ぎ倒れていく。
それに驚き倫太郎は足を止め、すぐさま後ろを振り返る。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
そこに佇むは一つ眼のゴリラ。
その一つ眼のゴリラは手に真っ黒い鉄球のような物を持って、ギョロリと倫太郎を威圧する。
そして、間髪入れずに手に持つそれを腕力に物を言わせて倫太郎目がけ投げ放つ。
ゴリラのパワーで放られたそれは、豪速球という言葉しか当てはまらない威力とスピードで再び木々を薙ぎ倒していく。
ゴリラが動いた瞬間に身を屈めた倫太郎はギリギリで難を逃れていた。
「おぉ……おぉ……」
ゴリラの動きを見て恐れおののく倫太郎。
それを見てゴリラはケツに手を当て一瞬気張る。すると、さっきと同じような真っ黒い鉄球がゴリラの手に収まっている。
そう。真っ黒い鉄球の正体はゴリラの糞。
なぜか鉄球並みの強度と重量であるその糞で倫太郎を襲撃している。
倫太郎は命の危険と、向かって来るのが糞だという現実に恐れおののく。
一つ眼のゴリラは出したてのそれを狙いすまして投擲する。
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
一目散に走り出す倫太郎。それをまた追う一つ眼ゴリラ。
気張っては投げ。気張っては投げ。気張っては投げ。
ピッチングマシンのようなテンポの良いリズムで次々と糞が飛来する。
ドンッ!!
バキッ!!
メキメキ!!
10mが5mに。5mが3mに。徐々に近づく破壊音。
着実に精度の上がる投擲に、倫太郎の緊迫感も嫌が応にもその値が上がっていく。
「あっ」
蔦のようなものに足を引っ掛け体勢を崩す倫太郎。
どうにか踏ん張るも体がくるりと反転し、図らずも一つ眼ゴリラの方に体を向けてしまう。
ドゴォォォ!!!
「ぐふぅ……!!!」
鈍い衝突音と共にラビ太の腹に減り込む鉄球糞。
その勢いのまま、体をくの字に曲げた格好で数十メートル後方まで吹き飛ばされる。
アクセル全開の大型トラックに突っ込まれたようなそんな衝撃に、倫太郎は為す術なく地に伏してピクリとも動かなくなった。
ゆっくりと闊歩するように倒れる倫太郎へ近付く一つ眼ゴリラ。
拾い上げるようにしてラビ太の片腕を掴んで自分の顔に近付ける。
品定めするようにジッとその一つ眼で宙ぶらりんのラビ太を見つめ、汚らしく口からよだれを垂れ流した。
「かかったな!!!」
ゴリラが捕食の行動に移ろうとしたその時、力なく宙ぶらりんになっていたラビ太が動き出す。
手が届く距離になったその一つ眼に、勢い任せの右ストレートをお見舞いする。
「グオォォォォ……!!!」
両手で目を押さえ悶絶する一つ眼ゴリラ。
その拍子で手が離されるも、頭の重いラビ太ではそのまま重心が前に傾いてくるりと反転し、そのまま地面に顔面を減り込ませた。
「……ぷはっ!」
むくりと起き上がり、首を振って土を払う倫太郎。
自分の顔型がついた地面を見つめ、イメージしていた華麗な着地との違いに若干の羞恥心が込み上がる。
間近で悶えて暴れる一つ眼ゴリラから少し距離を取って、羞恥心を掻き消すかのように一つ声を張り上げる。
「どうだ!死んだフリからのサプライズパンチは!面食らった、いや眼食らっただろ!?」
倫太郎はそれっぽいセリフをぶつけて顔面ダイブを無かったことにする。
その声に反応し、手の隙間からギョロリと充血した眼を覗かせるゴリラが怒りのドラミングを鳴らして飛び掛かって来る。
距離は十分にあったと油断していた倫太郎は、一跳びで自分の頭上付近まで来たゴリラにそのまま拳を振り下ろされる。
一つ眼ゴリラは怒りで顔を歪ませ、何度も何度もその場を打ち叩く。
それは野生の狂気を感じるような乱撃であった。
肉塊からミンチへするかのような圧倒的な暴力が、たった一体の着ぐるみウサギに注がれる。
常識ではひとたまりもない。しかし―――
カチンッ
時計の針のような音が発せられたその瞬間だった。
聞き心地の悪い破裂音と共に一つ眼ゴリラの動きが止まる。
緑色の体液が噴水のように吹き出したかと思うと、抉り取られたように半身が無くなった一つ眼ゴリラがそのまま無残に体を崩して倒れ去った。
「うわぁ~マジか~……」
さっきまで拳の雨が降り注いだその場所で五体満足のまま動く土まみれのウサギ。
貼り付いたとぼけた顔でも、目の前のえぐいゴリラの死体を見て気持ちは引くに引いている。
「……すげぇなー。俺、生きてるよ」
改めて自分の体に異常が無いか確認する倫太郎。
土や草で体は汚れているものの、鉄球を食らった腹部にも、叩き付けられた背中にも、剛腕が降り注いだ体のどこにもダメージらしきダメージは存在していなかった。
それもそのはず。
ラビ太が転送前に選んでおいたスキルの一つが〈ダメージ無効〉であったから。
〈ダメージ無効〉はその名の通り自身へのダメージを無効にする異常スキル。この世界においても滅多にお目にかかれないそんなスキルを、倫太郎は安全性というフィーリングだけでインストールしていた。
そのお陰で九死に一生。
あの剛腕ラッシュで九死どころか何十死も実際であればしている訳であるが、〈ダメージ無効〉は例え大陸を滅ぼす大魔法であってもその者にダメージを負わす事は出来ない。
ある意味世界を揺るがすスキルというのを当の本人は知る由もない。
「あんだけやられてピンピンしてるって凄いけど、いやー……めっちゃ怖かった~。巨大ハンマーがアホみたいに降って来るようなあの感覚……生きてるけど生きた心地しないって。それに。腹にあの殺人糞食らっちゃったし……あ”あ”あ”あ”あ”」
その場にへたり込む糞付きウサギ。
体へのダメージは無効に出来ても、メンタルへのダメージは思いの外倫太郎には効いていた。
「死ななかったのは良かったけどな~。でもまさか相手をこんなにしてしまうとは。この〈カウンターブレイク〉ってひょっとして危ないのか……?」
倫太郎が〈ダメージ無効〉と一緒にインストールしたスキルが〈カウンターブレイク〉。
当の本人は自分からそんなに手を出さなくて済みそうだという理由で選んだスキル。
しかしこれ。基本は捨てスキルである。
その理由は発動条件が割に合わないから。
ある一定値までダメージ認定をされないと発動しない。そしてその一定値に達した時だけ、許容したダメージを倍加して使用者の攻撃に付与するというのがこの〈カウンターブレイク〉というスキル。
この必要な一定値というのが人間レベルだと常に致死。耐えられる者が稀に最終手段・最後の切り札的に使うスキルであるために、大抵の者には捨てスキルの筆頭株として扱われいる。
本来なら自殺行為に近いスキル選考。しかし。全くの狙いなく倫太郎は〈カウンターブレイク〉と共に〈ダメージ無効〉をセットにした。
〈ダメージ無効〉であらゆるダメージが無効となっていたが、ダメージを受けているという認定だけは通り、結果としてノーリスクで〈カウンターブレイク〉を発動した結果を辿ったのだった。
最凶の防衛システムの誕生である。
「さて。これからどうしよ―――」
重い腰と気持ちを起き上がらせた倫太郎の前に衝撃の光景が広がる。
「ウッホ」
「ウッウッウ」
「ウホホウホホ」
取り囲むように倫太郎にギョロ眼を向けるゴリラの集団。
仲間の死に反応してか、はたまたそこがナワバリだったのか。何十体もの一つ眼をしたゴリラが立ち尽くすとぼけ顔のウサギを狙って襲って来た。
「マジかよ……!?」
気付けば日が暮れていた。
倫太郎は日が暮れる前と全く同じ場所で、体育座りをしながら空を見上げていた。
空には月が二つ浮いている。元いた世界と天文も違うのだなと物思いに更けつつ、その月からの明かりが縮こまるウサギの周りの惨状を照らし出す。
そこかしこに、漏れなく体の一部を欠損した一つ眼ゴリラの死体の山が散らばっている。
まさしく死屍累累。
結果だけを見るならば、倫太郎は何もしていない。その場で突っ立っていただけである。
もちろん狙いはない。ただただビビって足がすくんでいたというのも事実。それでも、ピンチらしいピンチは一つも起きなかった。
一つ眼ゴリラ集団が本能のままに攻撃を繰り返して〈カウンターブレイク〉で返り討ち。これを延々と最後の一体になるまで繰り返した。
勘違いしてはいけないのが、決して一つ眼ゴリラもとい【サイクロプス・マウンテン】は弱くはないということ。
本来であれば、一体に対して大規模な討伐隊を組まねばまず話にならないSランクの凶獣である。
それでも、人を容易く捻り潰せるそのパワーは〈ダメージ無効〉の前では意味を成さず、どれだけ数で攻め切ろうともあっけなく〈カウンターブレイク〉の格好の餌食となっていった。
全部で21体のサイクロプス・マウンテンが倫太郎の周りに肉塊となって転がっている。
それは極めて異質で異例な光景。
21体ものSランクモンスターを一気に片付けてしまった倫太郎は、しばらくレベルアップ音のラッシュに苛まれ続けていた。
五月蠅過ぎてまともに歩く事も出来ずに、不本意ながらゴリラの死体に囲まれながら体育座りをしていたのである。
そしてそれがようやく終わりを告げた。
「……ノイローゼになるわ」
虚ろに空を眺めながら、やるせなく不満をこぼすローテンションのウサギ。そこに愛らしさは微塵もない。
レベルアップを終え、体育座りしてどんよりとするこのウサギの着ぐるみはランクをCにまで上げていた。
通常ランクを一つ上げるのに熟練の冒険者で最低でも10年はかかる。余程の天才でもない限りランクはそう簡単に上がらない。
これは女神すら予期せぬ事態。いや。予期できない事態へと着実に指針を向けている事はこの世界の誰も知らない。
本人の意志とも相反するそれを言葉にするならば『運命のイタズラ』。もしくは『運命の悪ふざけ』かもしれない。
このとぼけたウサギの着ぐるみに課せられた運命は、誰も知る由もなく動き始めていた。
「あー……子どもに癒されたい」
何も知らない当の本人は、独り心の声をぼやいていたのだった。
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