マスコット・ロールプレイ ―人外珍道中なんて聞いてない―

結城あずる

プロローグ

「わー!風船ちょーだーい!ありがとうー!」

「わたしもー!」


全力で抱き付いて来たり、その場でぴょんぴょん跳ねたり。


何の変哲もないゴム風船を目当てに純真さを爆発させる子ども達は漏れなく天使の領域にいる。


今日は今年一番の真夏日。


そんな中、屋外で着ぐるみのバイトなんて地獄としか言えないんだけれども、穢れた大人の邪まさを浄化してくれるこんな子ども達と触れ合えるのだから苦行でも何でもない。


時たま、軽いノリの学生っぽい奴らに写真撮影をお願いされる事以外は基本天国だここは。


最初、とぼけた顔した3.5等身のこのウサギのマスコットに計り知れないやるせなさを感じていたけど、知名度も特にないにも関わらず、子ども達がコイツの姿を見かけた途端にフルスマイルで駆け寄って来てくれるのだから、とぼけたウサギ通称『ラビ太』に今や感謝の念を送りたい。


ありがとう『ラビ太』。


「柳くーん。そろそろ休憩いいよー」


イベント広報の人が着ぐるみで聞き取り辛いの考慮して、声を張り気味にして伝えてくれる。


「いや、もうちょっと大丈夫です」


暑いは暑いし、着ぐるみの動きにくさで普段の数倍は疲労が蓄積してはいるが、今はまだ頑張れる。


だって、そこに子ども達がいるのだから。


「そうー?あんま無理しないで折り合い見て休んでね」


バイトへの声かけも広報の仕事なのかは知らないけど、ご苦労な事だなと思う。


それに心配はご無用。俺は日給以上にこのバイトでプライスレスを得るつもりでいるから無理とかしてるつもりはない。


普通に考えて、生身の27歳男性の姿で何の理由もなしに子どもに近付こうものなら、下手したら国家公務員のお世話になってしまう。


だから今、子ども達の方からこっちに来てくれるこの状況はまたとない大チャンス!


もしかしたら、着ぐるみの仕事は俺の天職なのかもしれない。


そんなんで時間の許す限り子ども達と触れ合って帰る……じゃなかった、働こうと思う。


ふふ。頼むぜ『ラビ太相棒』。


「あ!風船ある!」

「ねぇママ~。一緒に写真とって」

「でっかいウサギだ!えい!や!」


容赦なく俺を蹴って来る子もいるけど、それくらいわんぱくなのも子ども特権ですよ。今なら悪者役でもモンスター役でもなんだってやってあげますとも。


ひとしきり子ども達と絡み、人波が流れてまた次のお子さん連れが来る。


さすがは大型ショッピングモール。天国というか桃源郷だったのかもしれない。


「柳くーん!もう休んでいいよー!」


広報の人がまた様子を見に来た。


「いや……まだいけます」


次にいつこのバイトがあるか分からない。このまたとないチャンスを1分1秒も逃す訳にはいかない。


そう。俺はバイトの人間じゃない。今は『ラビ太』という生命体だから子ども達の期待に応えなければいけない義務があるのだ。


そういう心づもりでやる所存です。


「まだいけるって、結構ぶっ通しでやってるでしょ?仕事熱心なのはいいんだけど熱中症にでもなったら大変だから!」

「大丈夫です。今の俺なら熱中症を相殺する熱を心に秘めています!」

「どうゆう事!?いいからとりあえず休んで!ね?」

「ラビ太に休息などありませんよ」

「や、柳くーーーん!!」


広報の人の手を振り解き正面玄関前へ。心行くまで俺は子ども達と戯れるんだ!


さぁまだまだこれから……って、あれ……?


「あ!言わんこっちゃない!ふらついてるじゃないか!柳くん熱中症だよ!!」

「い、いや……なんのこれしき……」

「ほら!こっち来て一旦休も、って危ない!!」


慌てた声と同時にぼやけた視界に入り込む光景。


そこには、風船を持って駐車スペースに駆け出た女の子に向かって猛スピードで走って来る運搬車。


あれはさっき俺が風船をあげた子?


微かに聞こえる悲鳴と絶叫。


駐車場で猛スピードって……それは朦朧とした俺の幻覚だったのかもしれない。


それでも体は勝手に動いて、俺はその車の前に立ちはだかった……。

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