(13)




 組織内の病室に、一人の少女が眠っていた。


 その部屋から少し離れた、物置きとなっている小部屋に、二人の男がいた。部屋に電気はついているが、薄暗い。

 二名の男の内、片方は頬に手当ての白いテープが貼られた男。服の下にも、手当てがなされているだろう。

 そして、もう片方は黒いスーツを着た男だった。

 レイジとリュウイチだ。


「犯人は捕まったのか」


 互いに反対の壁にもたれ、リュウイチの方が斜め向かいにいるレイジに問いかけた。

 吸血鬼は捕まったのか、と。


「回収された」

「組織にか」

「親父だ」


 回収された先を聞いたリュウイチは「身内は身内で、か」と呟いた。


「それで、ハルは噛まれていなかったのか?」

「ああ、だが、手が抉られて貫通してた」

「わざわざ手を?」


 リュウイチが怪訝そうにした。

 無防備な箇所なら、首がある。実際、これまでも噛み痕が首にあることからして、血を吸っていたようなのに、と彼は思ったのだ。

 レイジはそれを分かった上で、会話を流した。


「それより、聞きたいことがある」

「俺が答えられることなら、何でも」

「ハルの特殊能力は、現場でろくに使えないような代物だったよな」


 ハルカが聞いたら地味に落ち込みそうなことを、レイジは真剣な顔で確認した。


「それがどうかしたか?」

「二年それが変わらなかったものが、強くなることなんてあるのか」


 最初の確認事項を否定しなかったリュウイチは、二つ目に少し考え込む。


 他の種族がそうであるように、人間もまた手の内――特殊能力の詳細を、極力伏せるようにしている。関係者はその限りではないが。

 自らも特殊能力保持者であり、その関係者の中に含まれるリュウイチは、しばらくして口を開いた。


「ハルのお祖父さんは、とても強い能力保持者だったと聞いた。

 特殊能力はまだまだ未知だ。発生歳時や、遺伝の可能性であったりと、未だ分かっていない部分が多すぎる。しかし、ハルの能力が彼女のお祖父さんからの遺伝だとすれば、伸びしろがまだあると考えられる。……実際仮説としては、立てられているものだそうだ」


 簡潔に答え、それがどうかしたかと、リュウイチはドアに近い方の壁にもたれかかっている男を窺う。


 レイジは無言で、数十秒経ったくらいに、言う。


「吸血鬼を退けたらしい」

「それは……ハルが、特殊能力で、という解釈で合っているか」

「俺は見てない」


 彼の父親である吸血鬼が言ったことだ。

 おそらく、あの様子ではずっと見物をしていたに違いない。動くならとっとと動けばいいものを、とレイジは苛立ちを覚え、眉根を寄せる。


「それが本当であれば、少しややこしいことになるかもしれないな。ハルが」

「ややこしい?」

「さっき言っただろう。人間の特殊能力は、未だに分からないことが多い。遺伝の例は少なくとも今現在ない。ということは、その初の例に彼女がなったとすれば……どうだ?」


 今はそれほど強い能力ではないことから組織からの拘束力は弱いものだが、たちどころに変わってしまうかもしれない。

 研究対象として。


「とにかく今は黙っておくことにしよう。組織にも、ハルには自覚があるかどうか彼女が目覚めてから確かめてみよう」

「ああ」



 *







 違和感あって持ち上げた手には、包帯がぐるぐる巻かれていた。指は動く。

 横たわっている部屋は暗い。

 目を覚ましてから手を見ていた私は、身を起こす。よく寝た気がする。

 何気なく触れた首にも、手当てがされていた。絞められた覚えがあるから、痕でもついていたのだろうか。


 部屋には、他には誰もいない。電気がついていなくて暗いので、感覚的にはでしかないけれど。

 ベッドから降りて窓から見た外も、真っ暗だった。


 今、何時だろう。

 壁伝いに歩いて部屋から出ると、廊下も暗かった。

 これは、どうすればいいのか。黙って帰るのは良くないとは思うから、誰かに起きたことを知らせなければならないだろう。

 しかし、どの方向へいけば……。


 右左見て進む方向を悩んでいると、左側から、微かに靴音がした。

 誰か来た。看護師さんだろうか。

 ……そういえば、見た記憶のあるレイジさんは、と思っていると、


「レイジさん」


 他に遮る音のない廊下に、私の声は結構響いた。

 目を凝らして待っていたひとは、何とレイジさんだったのである。


 レイジさんだと見るや、私は小走りで近づいて、ついでにぶつかる。レイジさんはよろめきもしなかった。


「お前、靴は」

「え、あー……見えなかったんで忘れました」

「何言ってんだ」


 そういえば、靴下のままだ。冷たいわけだ。

 笑いながら引っ付いたままになっていたら、レイジさんが私を見下ろして言う。


「一応確認しとくけどな、お前、噛まれなかっただろうな」

「噛まれ……?」


 口に出して反芻しながら、意味を考える。

 何があったのか。


 危機的状況が甦る。

 ぎらつく赤い目、迫る牙、恐怖。


 思わず、黙りこくる。


「おい」

「……噛まれたっていうか、」

「噛まれたのか」


 表情が、一気に厳しくなった。

 私は急いで首をぶんぶん横に振る。顔を上げさせられたことによると、たぶん勘違いさせてしまった。


「手をちょっとだけ」


 付け加えると、顔の険しさがちょっと和らいだ。


「そうかよ」


 頭を撫でられ、ついでみたいに手当てのされた首を撫でられて、くすぐったかった。


 ああ、やっぱり、この人は吸血鬼でも違うんだ。

 吸血鬼といっても、私はあの吸血鬼と、一回だけ会ったフェイさんとレイジさんくらいしか知らないんだけど、やっぱり、違うんだ。


「お前はすぐに怪我するな」

「レイジさんこそ、怪我してるんじゃないんですか?」

「俺はすぐ治るんだよ」

「えぇー」


 貼られているテープを指摘すると、軽くあしらわれた。


「事件、解決したんですか?」

「……ああ」


 吸血鬼といた私がレイジさんに運ばれていて、レイジさんが怪我をしている。吸血鬼と戦った可能性を考えて、聞いてみた。

 すると、肯定が返ってきた。

 

「じゃあ、戻って来るんですよね」


 特別編成の班が作られた所以の事件が解決したとなれば、L班に戻ってくるということではないか。


「たぶんな」

「たぶんって何ですか」

「そんなことより、送ってってやるから靴履いて荷物取ってこい」

「え、ほんとですか」

「一人で帰りてぇなら別だ」


 それは、今日の体験をした後すぐでは無理だと思うんだ。


 私はレイジさんの気持ちが変わらない内に、出てきたばかりの病室に向かって走り出した。


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