『おじいちゃん』
(1)
突然だが、実は私がレイジさんと本当にはじめて会ったのは、おじいちゃんの葬儀があった、今から言うと六年前なんかじゃなかったのだ。
*
――――そもそもの話、彼らが引き合わされたのは十二年前
「サコン」
巨大な建物の中で、男は名前を呼ばれた。
男の名前は、呼ばれた通りサコン。白髪の頭、白い口髭、どこからどう見てもおじいさんという風貌をしており、実際、彼の重ねてきた歳はもう八十も後半だった。
「おお、お前さんか」
サコンは振り向き、立っていた知り合いに声を上げた。
サコンに声をかけた男は、細い縦縞の入ったスーツを着た、まだ二十代と言っても通じるであろう風貌の男だった。と言うのも、この男は、人間に比べると外見の歳を取るのが極端に遅く、時が止まっているようでさえある種族だった。
見かけだけで言うと、彼ら二人が並ぶと、親子以上の差があるように見えた。背は、若く見える方が高かったが。
「お前のところに孫がいるそうだな」
「よう知っておるな」
サコンは意外そうな顔をする。自分の孫について知っているとは思わなかったのだ。
同時にちらりと眉を寄せたが、他人が全く気がつかない程度だ。
「ところで俺にも子どもが生まれた」
「知っとるぞ? だが確かお前さんとこは」
聞きようによれば自然な流れだが、ある理由から、サコンは首を捻った。が、その言葉を最後まで言う前に、男が言葉を重ねる。
「随分と人嫌いでな。最近それもどうかと思っているんだ。一つ頼めないか」
「だが」
「頼んだ」
「おい、だが……」
肩を叩いて一方的に何かを頼んで、男はあっという間に去っていった。文字通り、風のごとく。
「お前さんの子どもは……」
覚えとる限り二十は超えとるだろ……というサコンの言葉は、とうとう出ることはなかった。
男の背中を見送り、ぽつり、と一人サコンは通路に残された。
――数日後
「断り切れなかったじいちゃんを許してくれい、ハルカ」
「おじーちゃん泣いてるの?」
「泣いてないわ」
サコンは男の家に来ていた。彼はその家の主の男とはもう長い付き合いだった。無論、付き合いは、世界が交わった後からではある。
「おおサコン来たな、ちょうどだ」
家の中へと繋がる扉が開くと、エントランスホールが広がる。
高い天井に、場に灯りを提供する、銀色の豪華なシャンデリアが釣り下がっている。その下で、今日も縦縞スーツの男は待っていた。
その口元には笑みがあり、サコンが連れてきた小さな子どもに目を向けて、次にその目をどこかにやる。
「レイジ、ちょっと待て」
彼が呼び掛けた先には、今まさに階段を上り、奥に消えようとしていた若い男がいた。
その、レイジ、と呼び掛けられた若者は、足を止めて一応というように振り向いた。彼は、とても不機嫌そうな顔をしていた。
「……あ?」
その声さえも。
「この子のことをしばらく見ておいてくれ。怪我をさせるなよ」
「はあ? 何で俺が……おい、親父!」
男は、サコンの手から抱き取った子どもを、素早く近づくなり息子にしっかり押し付け、さっさと離れる。
その間まさに十秒足らず。
それから息子(外見においては兄弟のようだが)の非難の声を無視して、幼い子どもを振り返るサコンの肩を問答無用で押し、奥の部屋へと消えて行った。
その場に、一人の若者と一人の幼き子どものみが残された。
沈黙のあと、どちらからともなく目を向けて目が合った。
子どもは、いきなり祖父と離ればなれになり、不安そうに大きな瞳を揺らしていた。
レイジは舌打ちをした。
その日、渋々子どもを自分の部屋に持ち帰った彼は、それが今日で終わりではなかったことを知らなかった。
「……お前さんの息子、別に人嫌いではないだろう」
孫を連れての訪問が、両手で数えるのには足らなくなってきた頃、サコンは呟いた。
その手には酒の入ったグラスがある。
最初は孫が心配で酒に手をつけることが出来なかったサコンも、今ではこの通りだった。
「そう思うか。まあお前とは会ったことはあるが、それ以外はあまり人間に触れ合って来なかっただけだからな。――だが道に迷っておるんだよ、あれは」
対してこちらは最初から、普段にないおろおろさを見せていたサコンを横目に、酒をかっ食らっていた男。
何着持っているのか、その日も色違いで少しデザインが異なるが縦縞模様のスーツだ。
「迷う?」
サコンは、窓の外に向けていた目を室内に戻した。
ちなみに、ここにはガラスのはめられた窓があるが、そこから太陽の光がさすことはありえない。ここは太陽の光の届かぬところに建てられた屋敷だからだ。
「自分が進むべき方向が見えていない。どちらを歩むべきか――いや、片方を捨てるべきか」
男の息子には、二つの血が流れていた。
一つ、吸血鬼。
一つ、人間。
割合は、吸血鬼の方が多い。
息子は、仕事をするでもなくふらふらとしていた。それは別にスーツの男としては構わなかったが、迷っていることには多少の責任を感じていた。彼が人間の女性との間にもうけた子の血は――当然ではあるが――どっち付かずのものだったからだ。
混血は、そのときすでに珍しいものではなかったが、吸血鬼に限って言えば珍しい部類であった。
「人間と触れ合うことなしには決まらんだろうと思ってな」
あれの母親は死んでいるし。
男は、グラスの中の酒を口に流し込む。
「まあ相手が子どもだから心を開いているのかもしれないな」と言ったのは彼の方だったか。
――一方窓の外
一言で表すと立派な庭に、子供と若者、二人はいた。
庭といえど、その場にある色鮮やな植物は、九割方偽物だ。陽の光なしに、これほど見事に育つ植物は限りなく少ない。
「レージ」
「なんだよ」
最初は外にも出たがらずにじっとしていた子どもは、レイジを外に連れ出していた。子どもの方が、だ。
子どもは順応するのが早い。決して一人で見知らぬ場所を歩き回り出ようとはしなかったが、代わりに、見知った存在となったレイジを引っ張り、あちらこちらを探検して回っていた。
「遊ぼ」
「餓鬼は黙って寝てろ」
何度目になるかのやり取りに、レイジは庭に直接座ったまま頑として動こうとはしなかった。言われたから仕方がなく子どもを見ているだけであって、ついてきたのもその限りだと言うように。
最終的に子どもがぐずりそうになって、ため息をつきながらも腰を上げることになるのだが、十五分ほど先の話だ。
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