『おじいちゃん』

(1)



 突然だが、実は私がレイジさんと本当にはじめて会ったのは、おじいちゃんの葬儀があった、今から言うと六年前なんかじゃなかったのだ。







 ――――そもそもの話、彼らが引き合わされたのは十二年前


「サコン」


 巨大な建物の中で、男は名前を呼ばれた。

 男の名前は、呼ばれた通りサコン。白髪の頭、白い口髭、どこからどう見てもおじいさんという風貌をしており、実際、彼の重ねてきた歳はもう八十も後半だった。


「おお、お前さんか」


 サコンは振り向き、立っていた知り合いに声を上げた。

 サコンに声をかけた男は、細い縦縞の入ったスーツを着た、まだ二十代と言っても通じるであろう風貌の男だった。と言うのも、この男は、人間に比べると外見の歳を取るのが極端に遅く、時が止まっているようでさえある種族だった。

 見かけだけで言うと、彼ら二人が並ぶと、親子以上の差があるように見えた。背は、若く見える方が高かったが。


「お前のところに孫がいるそうだな」

「よう知っておるな」


 サコンは意外そうな顔をする。自分の孫について知っているとは思わなかったのだ。

 同時にちらりと眉を寄せたが、他人が全く気がつかない程度だ。


「ところで俺にも子どもが生まれた」

「知っとるぞ? だが確かお前さんとこは」


 聞きようによれば自然な流れだが、ある理由から、サコンは首を捻った。が、その言葉を最後まで言う前に、男が言葉を重ねる。


「随分と人嫌いでな。最近それもどうかと思っているんだ。一つ頼めないか」

「だが」

「頼んだ」

「おい、だが……」


 肩を叩いて一方的に何かを頼んで、男はあっという間に去っていった。文字通り、風のごとく。


「お前さんの子どもは……」


 覚えとる限り二十は超えとるだろ……というサコンの言葉は、とうとう出ることはなかった。

 男の背中を見送り、ぽつり、と一人サコンは通路に残された。




――数日後


「断り切れなかったじいちゃんを許してくれい、ハルカ」

「おじーちゃん泣いてるの?」

「泣いてないわ」


 サコンは男の家に来ていた。彼はその家の主の男とはもう長い付き合いだった。無論、付き合いは、世界が交わった後からではある。


「おおサコン来たな、ちょうどだ」


 家の中へと繋がる扉が開くと、エントランスホールが広がる。

 高い天井に、場に灯りを提供する、銀色の豪華なシャンデリアが釣り下がっている。その下で、今日も縦縞スーツの男は待っていた。

 その口元には笑みがあり、サコンが連れてきた小さな子どもに目を向けて、次にその目をどこかにやる。


「レイジ、ちょっと待て」


 彼が呼び掛けた先には、今まさに階段を上り、奥に消えようとしていた若い男がいた。

 その、レイジ、と呼び掛けられた若者は、足を止めて一応というように振り向いた。彼は、とても不機嫌そうな顔をしていた。


「……あ?」


 その声さえも。


「この子のことをしばらく見ておいてくれ。怪我をさせるなよ」

「はあ? 何で俺が……おい、親父!」

 

 男は、サコンの手から抱き取った子どもを、素早く近づくなり息子にしっかり押し付け、さっさと離れる。

 その間まさに十秒足らず。

 それから息子(外見においては兄弟のようだが)の非難の声を無視して、幼い子どもを振り返るサコンの肩を問答無用で押し、奥の部屋へと消えて行った。


 その場に、一人の若者と一人の幼き子どものみが残された。

 沈黙のあと、どちらからともなく目を向けて目が合った。

 子どもは、いきなり祖父と離ればなれになり、不安そうに大きな瞳を揺らしていた。

 レイジは舌打ちをした。


 その日、渋々子どもを自分の部屋に持ち帰った彼は、それが今日で終わりではなかったことを知らなかった。







「……お前さんの息子、別に人嫌いではないだろう」


 孫を連れての訪問が、両手で数えるのには足らなくなってきた頃、サコンは呟いた。

 その手には酒の入ったグラスがある。

 最初は孫が心配で酒に手をつけることが出来なかったサコンも、今ではこの通りだった。


「そう思うか。まあお前とは会ったことはあるが、それ以外はあまり人間に触れ合って来なかっただけだからな。――だが道に迷っておるんだよ、あれは」


 対してこちらは最初から、普段にないおろおろさを見せていたサコンを横目に、酒をかっ食らっていた男。

 何着持っているのか、その日も色違いで少しデザインが異なるが縦縞模様のスーツだ。


「迷う?」


 サコンは、窓の外に向けていた目を室内に戻した。

 ちなみに、ここにはガラスのはめられた窓があるが、そこから太陽の光がさすことはありえない。ここは太陽の光の届かぬところに建てられた屋敷だからだ。


「自分が進むべき方向が見えていない。どちらを歩むべきか――いや、片方を捨てるべきか」


 男の息子には、二つの血が流れていた。

 一つ、吸血鬼。

 一つ、人間。

 割合は、吸血鬼の方が多い。

 息子は、仕事をするでもなくふらふらとしていた。それは別にスーツの男としては構わなかったが、迷っていることには多少の責任を感じていた。彼が人間の女性との間にもうけた子の血は――当然ではあるが――どっち付かずのものだったからだ。

 混血は、そのときすでに珍しいものではなかったが、吸血鬼に限って言えば珍しい部類であった。


「人間と触れ合うことなしには決まらんだろうと思ってな」


 あれの母親は死んでいるし。

 男は、グラスの中の酒を口に流し込む。

 「まあ相手が子どもだから心を開いているのかもしれないな」と言ったのは彼の方だったか。





 ――一方窓の外

 一言で表すと立派な庭に、子供と若者、二人はいた。

 庭といえど、その場にある色鮮やな植物は、九割方偽物だ。陽の光なしに、これほど見事に育つ植物は限りなく少ない。


「レージ」

「なんだよ」


 最初は外にも出たがらずにじっとしていた子どもは、レイジを外に連れ出していた。子どもの方が、だ。

 子どもは順応するのが早い。決して一人で見知らぬ場所を歩き回り出ようとはしなかったが、代わりに、見知った存在となったレイジを引っ張り、あちらこちらを探検して回っていた。


「遊ぼ」

「餓鬼は黙って寝てろ」


 何度目になるかのやり取りに、レイジは庭に直接座ったまま頑として動こうとはしなかった。言われたから仕方がなく子どもを見ているだけであって、ついてきたのもその限りだと言うように。


 最終的に子どもがぐずりそうになって、ため息をつきながらも腰を上げることになるのだが、十五分ほど先の話だ。



  








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